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日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
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 10代後半からコンタクトレンズのお世話になってきた。
最近気になることがあったので、久々に眼科の門をくぐる。

 と、コンタクトはこれ以上しないほうがいいですよ。とピシャリと言われてしまった。30年が限界なんですって。

 どうしても必要なときは、使い捨てのソフトレンズを使い、それ以外はめがねで過ごすことになった。

 なのに、めがねを日常的的に着けていることに慣れそうもなく、つけずにぼんやりとした世界で過ごす時間が多くなっている。

 数日前に、偶然以前に観たことのある映画 ”めがね ”がテレビで放映された。特別感動したわけでもないのに、ハードディスクに録画したそれを 観た後消さずに置いといたのには理由がある。気持ちがせかせかしたりイライラしたときに観ようと思ったからだ。

 出てくる大人は、なぜかみんなめがねをかけている。美しい海と自然に囲まれた宿に集う人たちは、たそがれる のが得意な人たちだ。

 流れる時間が、私の知っているそれとははっきり違う。効率とか要領とかいう言葉は存在しない。んだろう。観光という言葉に対しても首をかしげたくらいだから。

 一連のこのシリーズは、食卓が大いに活躍し、食べ物がホントおいしそう。かもめ食堂に出てきたシナモンロールに私は思い切りやられてしまい、あの後何度自分でシナモンロールを作ったことか。

 めがねをかけなきゃならなくなったのは少し気が滅入るけど、もしも あのゆったりとした時間が流れる世界において、めがねが必要条件のひとつであるならば、むしろ喜ばしいことなのかもしれないね。
ここ2~3年、私にしてみれば良く続いたもので、毎日欠かさず英語に触れてきた。

 きっかけは、アメリカ在住の友達がネイティブのご主人と帰国し、そのまま住み続けるという嬉しい知らせだった。彼らが戻ってきたときの、スムーズなやりとりを思い描いたからだ。

 でもそれ以前から、この中途半端な英語をなんとかせねばというあせりや、勉強を先延ばしにしていることへの罪悪感は 常日頃感じていたんです。

 長年 中学生や高校生の家庭教師をしていることもそういう気持ちに拍車をかけたのか、その時点でやっとスタートを切ることができて今に至ってます。

 継続は力なり。とはよく言ったもんで、最近英語を通して見える景色が違ってきたのを自覚します。

 ひとつのステージでもがき苦しんだ後、何かの拍子に次のステージにポンと乗れたのかもしれません。

 どんなフィールドにおいても ものごとの上達の仕方は似ているのでは。と、英語やバレエを通して思う今日この頃です。

 つまり、けっしてなだらかな右上がりのスロープではないということです。

 何かを追求する過程で、階段の踊り場のような場所が随所にあって、そこに到達するとしばらくそこにとどまっていなければならない。

 でもいったんそこから抜け出て次の踊り場への階段を上がるのはさして困難ではない。

 まじめにやっていてもまったく上達しないと感じるときは、その踊り場に居るときなんだと。

 でも敢えて言いたいのは、方法が間違っていなければの話だということです。

 ひとつのフィールドについて自分なりの方法論が具体化するには、ひとつのことを10年位続けることが必要なんだと思う。 そこからのスタートなんじゃないかと。

 まだまだ長い道のりです。

 

 
 新年ネタもそろそろという感じなのですが、年末に衝動買いしてしまった木製の十二支があまりにも可愛いので、写真アップの練習がてらおおいに触れて行こうと思ったしだいです。(ホームページもブログもまだまだ工事中!)

 人それぞれに、’これにはよわいのよねぇ ’というものはさまざまでしょうが、私は、ガラス製、木製、ソフトビニール製の小さな人形や動物、木々や花などにめっぽう弱いのです。

 飾るところなんてもう見当たらないのに買ってしまう。

 でも本当にかわいいの。見てください。


 白い板にのっているのが十二支で、それ以外にも バクやアルマジロ、しまうま等のちょっと大きいバージョンもある。飾り物で バク アルマジロ といった類は、なかなかめずらしのではないかな。しかも愛らしい!ときてる。言うことなし。
 すべりこみで年賀状を投函し終えてほっとするのは、押し迫った年末のいつものひとこま。
元旦に届いた友人の年賀状を見ながら、またしても無計画だった自分の反省をするのもいつものこと。死ぬまでなおらないのかな。もう50も超えてしまったんだし。

子供たちの世代は、もう年賀状は遺物になりつつあるようだ。
携帯メールで”あけおめ~!ことよろ~!”っていったいなんのこっちゃい。

面倒だけど残していくほうがいいんじゃないかな。と思えるのが年賀状のやりとり。これからの人たちがどうであれ、変わらず年末にばたばたしながら続けていくんだろうな。
あせって作った年賀状。でも結構まとまりよくしあがったし、おまけでつけたハルの写真がとてもかわいいの。で、ここにもアップします。

のせのせ芸で ハルが頭に乗っけているのは、娘が今マイブームと呼んでいるペーパークラフト。ポケモンキャラのフシギダネだ。

どっかのサイトからプリントアウトした平面展開図を、唯一の必需品、はさみとの
りで立体に仕上げていく。

全部で8体も完成させて、悦に入っている20歳。これってどうなの?

私の口癖は、ま、いいか。



 あけましておめでとうございます。
新年です。

 我が家で、もう四半世紀続けている元旦の朝が変わりつつあります。
ぎりぎりあせってお雑煮おせちを食べて出かけて行った息子は、正月三が日 バイトです。

 中華の料理人目指して専門学校で勉強しながら、有名中華料理店でバイトさせてもらっているのです。

 バイトでも三が日出勤があたりまえなんだ。。。と業界に無知な私は少しばかりさびしい気持ちになりましたが、親離れ子離れの最終段階に突入している事実を、しっかり受け止めるべきなんだと思いを新たにしました。

 そうは言っても、家の息子 ちょっと変り種で、12月25日に、 寸胴なべの大きいのをクリスマスプレゼントとして買ってくれないか。 と言い出す始末。

 専門学校入学以来、まじめにいろんなことに取り組んでいる様子だったので、甘い私は即答で、いいよ。と。

 それにしても クリスマスをガールフレンドや友達と時間を過ごす代わりに、母親と買い物に行き、ばかでかい寸胴鍋を買ってもらって喜んでいる18歳って、ほんと言うとちょっと心配。ま、いいか。

 少なくとも気力に満ち溢れているんだもの。

 勉強だらけの進学校で無気力に送っていた日々を思い返すと、今の状況をありがたいと思う。

 自分の子供が生きる気力を失って、不登校になり、どろんとした目でしょうがなく日々を過ごしているのを見るのはつらかった。

 今だって山ほど心配はあるけど、自立しつつある彼を静かに見守って行くしかない。

 寸胴鍋は、彼の炬燵の上で光り輝いています。
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