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日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
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約3週間前の土曜日、結婚披露宴会場で、横の親戚テーブルから、いとこのJunの声がやけに
冴え渡っていた。

「ちいちゃんとこ、フライパンゲームってのがあったでしょ? 泊まりに行った時によく遊ん
だんだよ」
話相手はJunの隣に座っている私の兄であり、披露宴の主役は花嫁衣装を身にまとった娘で
あった。

私も実にウキウキと、「花嫁の母」をやらさせてもらっていたわけだ。
慣れない留袖などを着ていたけれど、それゆえに特別感が増したのか、いつもよりも「おすまし」
してしまったのは否めない。

後から友達に「感激して泣いた~?」と聞かれたが、それに対しては期待を裏切って、
「ぜんぜ~ん!」

だって「結婚なんてナンセンス・・」みたいなことをほざいていた娘が、本当に気のいい
お婿さんと出会ってこの日を迎えられたことが、天恵のように思われ、嬉しくて仕方がなかった
のだ。

式から一週間後の土日に、要あって、娘もお婿さんもそれぞれ実家に戻ることになった。
結婚後の初めての里帰りだ。

日曜の朝、朝ご飯を食べながら、テレビでは「ひつじのショーン」が流れていた。

私が横目でテレビを見ながら、「ひつじのショーンの小さなゴム人形が欲しくて、前随分ネット
で探したけど見つからない」と娘にぼやくと、
「え~、あるでしょ、そんなの・・」と言って2,3分後、私の携帯の着信音が何度もなり始めた。

しかしながら・・デジタルネイティブ世代の彼女の、ガジェット扱いの早いこと。
私が携帯を開くと、5つも6つもリンクが送られていて、それをわくわく開いていくうちに、
とうとう運命的な「のせキャラひつじのショーン」に辿りつくことになるのだ。

いとこのJunが言ってたように、小学校時代の私はフライパンゲームに熱中した。

プレイヤーは、プラスチックの5色のフライパンの一つを選び、バランス台の上に乗せる。
フライパンの裏には小さな円が記してあって、小さなバランス台とそのしるしを合わせ、
フライパンを乗せることからゲームが始まるのだ。

さて次にレシピカードを順番に引く。
ポークチャップ定食とかカレーとかのレシピだったと思う。で、材料がそこに記されている。
ゲーム箱の中央にはプラスチックでできた材料がごちゃ混ぜに置かれている。
その中からレシピ通りに小さなスコップシャベルのようなもので材料を拾い上げ、
フライパンに載せていく。

つまりバランスゲームだ。一番早くすべての材料をフライパンに載せられた人が勝ち。
バランスを崩してフライパンが傾いた人は最初から・・
そういうめちゃくちゃ単純なゲームだった。

今私のもとには「のせキャラひつじのショーン」 プラス 少しスケールが小さい地主と犬
がある。

のせキャラには地主と犬がはいってなかった。
「地主と犬は諦める・・・」と、ぼそっと言って、アマゾン注文した私の様子を、娘は何と
お婿さんにメールで知らせていた。恥ずかしい。

お昼にハルの散歩の後、カフェでご飯を食べていると、娘が携帯を見ながら「ひょえ~っ」と
叫んだ。お婿さんがガチャポンで「地主」と「犬」を当ててくれていた。
それも2回やっただけで。娘が「ほらっ」と写真付きのラインを見せてくれた。

なんていいお婿さんなんだ! 力強い義理の息子だ!

夕方娘の家に娘を車で届けると、すでにお婿さんが帰っていた。
彼はニコニコしながら私に近づき、「はい」と赤と黄色のガチャポン玉を渡してくれた。

「ありがとう!嬉しい!おかげでコンプリートだよ!」と、私は自分の喜びを素直に伝えた。

 おととい下田から帰ってきた。

下田はペリーロードが素敵だった。
その中でも、私が一目ぼれして購入した2枚のお皿の絵の作者で、「草画房」店主、尚生さん
とは、英語で言う hit it off で、会った途端に馬が合うというのか、
昔からのお友達のようにおしゃべりがはずんでしまった。たまに銀座で個展をされるので、
その時は招待状を送ると約束してくれた。人生の楽しみがひとつ増えました。

書き始めると止まらない。でもここらへんでやめておこう。
ではまたそのうち。






























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花曇りの今日。時折霧雨が花びらを濡らす。
近隣の桜たちは8,9分咲き。あと数日は散らずに傍にいてくれるだろう。

こんな日の桜のピンクは なんだか少し気だるく見えて、だからあの圧倒的な存在を前に
しても、心も体もどこか弛緩しながら楽しめるような気がするのだ。

 桜が咲く。始まりの季節が訪れる。
ここ数日、8時くらいに散歩をしていると、スーツ姿のお母さんと、おろしたての
制服を着たお子さんが、照れくさそうに写真を撮ったりしている場面に何度か
出くわした。

 小学校の前にさしかかると、マイクを通した自己紹介の言葉が空へと拡散していた。

「みなさんと一緒に、お勉強も遊びも楽しみたいです。よろしくお願いします!」
という新任の先生の挨拶に、生徒たちが「よろしくお願いします」と一斉に応えていた。

数百人いるであろう生徒達が、同じ反応をすることに、同じ言葉をひとつにまとめて
発するその技術に、少々驚いた。昔にはなかったことだ。
パターン化されているのかな?

 どんな様子だろうと視覚で確かめてみたくなり、歩みを止めて爪先立ちになると、
そこには不思議な光景が広がっていた。

生徒たちが全員、列を作って体育座りをしていたのだ。
朝礼台の前に並んで立っている先生方を、生徒たちは膝を抱えながら、少しアゴを上げて
眺めていた。朝礼で倒れる子供達の数が昔より増えているのだろうか。

 ものの5分そこにいただけで、小学校の何気ないあり方にでさえ、私が当たり前と思って
いたもの事と違っていることに気づかされた。

世の中大きく変わってきている。私がただ気づかなかっただけなのだ。

歳を取るということは、世の中との、小さなズレの積み重ねであるとも言える。

信念みたいなものは揺らいでしまったらもはや信念ではなくなってしまうだろうから、
それは別として、ちょっと違和感を感じてしまう今の時代とのズレを感じながら、
でも受け止めていくことが今の私には必要なのだと思う。


やりたいことができないよ~・・とぼやいている状態は、そんなに悪いものではないはずだ。
少しずつはやれているので、やりきった感がない分 その物事への執着が長く続く。

私はそうやって一つ一つのことを長く続けてきた。死ぬまでそうやって行くのだろう。
ステージがあがれば難しさのステージもあがる。ひとつ階段をあがると今まで見えなかった
ものが見えてくる。それは楽しくもあり同時に攻略不可能な高い壁にも見える。

その日暮らしの私は、過去も未来もあまり気にならなくなった。
ヨガを毎日してたら、自然とそうなった。
今やっていることの肌触りが私の生きている証のような。
それが、今の私です。














「もう一月も終わりなんて・・」と何人かの友達が、別々の機会につぶやいた。
そのどれもが、少しばかりの嘆きのトーンを伴って、めくるめく時の移り変わり
を遠目に見つめていた。

私にはこの一月がとても長く感じられた。
「新年になってから、ずいぶんと経ってしまった感」があるというのはそういうこと
なのだろう。

年末年始のお休みを約3週間取った私は、元の生活に戻れる自信がなくて、休みが
終わるころには不安になっていた。

で、そういう時はいつも自分に言うのだ。

きっとだいじょうぶ。今までも大丈夫だったじゃないか。
今は無能に思える自分だけれど、その場に立たされれば、あなた、何とかするでしょ?

そして日常が始まると、いろいろな物事をぼろぼろとこぼしながらではあるけれど、
一応物事はきちんと動き始める。

体力に自信がない人は、すべてにおいて自信を失いやすい。自分の責任さえも背負えない
時がやってくるかもしれない。その不安が根底にあるからだ。

ありがたいことに、一月のみっちりのスケジュールも、一日一日とこなして、今一月
の終わりに立っている。

ヨガを教えることは楽しい。今はもう教えるというのではなく、私と生徒さん達の
エネルギーのやり取り、交換のような感覚でいる。

先週の日曜日、ヨガインストラクター養成講座の仲間の集まりがあった。

私のレッスンを受けてみたいということで、はるばる都会から、一人の方なんて千葉から
わざわざ足を運んでくれた。

ふるさと村の中にある食事処で待ち合わせをした。
少し早めについた私は、一番乗りだ!・・と思ったのだが、メールをチェックすると、
30分とか1時間とか早めに着いた仲間達が、ふるさと村の散策をそれぞれ楽しんでいること
がわかった。

さすがヨガ仲間だ。
「自然が素晴らしい! ご飯を食べる前に、心も身体も浄化されてます・・」ということらしい。

ご飯を一時間半かけてゆっくり楽しみ、集会所へと向かった。
みんなに、どんな感じがいい?・・とレッスンの好みを聞くと、意外な答えが返って来た。

パワー系の、難しいポーズがガンガン入った、汗をびっちりかくようなものをリクエスト
される予感がしていたが、実際は、癒し系のマインドフルネス的なヨガがいいということで
まとまった。

2時間みっちりみんなでヨガに集中して、私にとっても格別な時間だった。
終わった後のみんなの顔も、解放された明るい希望のある表情をしていた。

一昨日は、コーラスで参加したバンドの新年会があった。
二次会にカラオケに行った。
園まりさんの「逢いたくて逢いたくて」とリリーさんの「私は泣いてます」を歌ったら、
みんなが、うまいうまい とほめてくれて嬉しかった。

サザンやエグザイルを歌う仲間の合いの手に、私は、大笑いをしながら手を振り上げ、がなり
まくっていた。初めての経験である。

この年になっても「初めて」があるのは、実に喜ばしい。
私は新年を迎えることにすっかり馴染んでしまったようだ。
いや、馴染むというより、現実的になってしまったのかもしれない。

つまんないくらいに冷静で、特別なワクワク感などどこを探しても
見当たらない。

若いころ、特に子供の頃の、あの根拠のない末広がりの希望は、いったい
どこから生じていたんだろう。

それでも、年末は年末らしく、なんだか忙しく立ち働いていた。
「一日一善」ならぬ、「一日一か所」掃除を12月後半から実行してみたり。

たぶん私は、年相応に それ に気づいているのだろう。面倒な毎日の積み重ねを克服せず
には、生まれるものも生まれないと。

面倒なことが大嫌いな私は、だからもうワクワクなんてできないのかもしれない。
面等なことをしていく覚悟・・とでも言うのかな。覚悟って重い。
ワクワク感は軽やか。だから私の中では相容れない。

 久々に手紙を書いた。
透けるような薄紙に、雪の結晶が散らばっている便箋を使って。

「言葉の無責任さ」のみに思考をフォーカスしていたら、私はこの手紙を書かなかったと
思う。その正反対に位置する「言葉の可能性」・・つまり自分の思いが誤解されること
なく相手にに伝わる、そう信じたいからこそ、私はリスクを冒し、手紙を書いて送った。

相手は、大学時代から我々夫婦が親しくしてきたH氏と奥さまである。
11月の青山ライブ直前に、彼は脳出血で倒れ、病院に搬送された。

何か不幸な出来事が親しい友人に起きた時、我々のすべきことは何なんだろう。
その出来事以降の新たな生活サイクルが確立するまで、そーっとしておくことは、ひとつの
理性的な選択肢であるに違いない。

問題は、その生活サイクルがある程度確立したようだ、とわかった後だ。
それでも尚「ほっておかれたい」と思っているかもしれない。そう思ってほっておくことは
やさしさなのか。

毎日「どうしてるんだろう・・」と思い続けていた私は、そのことだけでも伝えようと
年末にペンを取った。

手紙を書くなら、言葉にとことん気をつけて書かねば・・と思っていたのに、ペンを取るや
いなや、水が流れるように、私の思いが、便箋に素早く吸収されていった。

元旦に私の携帯が鳴った。
H氏の奥様からだった。奥さまと話をした後、H氏の声を久しぶりに聞いた。

「心配かけてごめんな・・」とH氏は言った。

なんで謝るの?と私はその時心の中でつぶやいたけれど、と同時に、「ごめんな」の響きが、
私の心臓辺りの温度を2,3度上げて、涙腺をふんわりゆるませた。



だんなは0円、私は5千円以内。美容院代金の話である。

結婚してから30年以上、ダンナは床屋や美容院の類に行ったことがない。
私が切り続けているからだ。そういうことに全然こだわらないタチの彼は、素人の
私が適当に切っても文句ひとつ言わない。

そして私は美容院嫌いと来ている。まとまりづらくなってきたな・・と思ってから
美容院に行くまでがとことん長い。だってゴムひもできゅっと結んでしまえば
髪型なんて消滅しちゃうから。その怠惰な一つ結びを、「ポニーテール」と呼ぶ厚か
ましさを今の所私は持ち合わせていない。でも結んでしまえばこっちの物。この寒さの中、
その上に帽子を重ねれば、「ヘアー」に「スタイル」があったことも忘れさせてくれる。

さて、ハルの話である。ハルのシャンプーカット代は、ダンナを度外視した後で、私と
較べても、べらぼうに高い。6千円は下らないのだ。

これから年末からお正月にかけて出て行くであろうお金のことを考えていたら、
モジャモジャなハルが視界に入ってきた。
トリミングを先延ばしにしてきた結果のモジャモジャ感である。

「よし、私がしてみようじゃないか・・」

これが滅茶苦茶大変だった。
当たり前のことだけど、人間のカットは頭だけに限られている。
特に年々おでこが広くなっているダンナの毛髪量は、私にとって扱いやすいものだ。
いや、扱い安過ぎる!・・のかもしれない。

ハルは・・ハルは全身毛に覆われていた。均(なら)してみたら、きっととても広い
表面積なのだろう。オマケに毛がぎっしり詰まっている。かき分けても地肌がなかなか
見えないくらいに。

エンドレスに思えたカットの後、ぬるま湯でハルの全身を濡らして第二ステージ、「洗い」に
入る。シャンプーよりも乾かすのが大変だった。ハルの地肌に近い部分は、一度足を踏み入れ
たら二度と抜け出られない深い森林のようなのだ。
私はトリマーさんを甘く見ていたと思う。ごめんなさい。実に妥当なお値段です。

ん?妥当なお値段?
それで思い出した。ちょっとリッチなお話。
ケリーバッグの740万円は妥当なお値段?

先日、高校女子会参加のために銀座に行って来た。不慣れな輩は、いったん三越デパートの
ライオンの前で待ち合わせをするよう、幹事のCucchiが取り計らってくれた。

銀座なんてほとんど行かないから、私は危うく銀座線「三越前」目指して、日本橋三越に
行きそうになった。危ないにも程がある。

個室で大きなテーブル囲んで10人、食事しながら、喋った。笑った。

今回の集まりでね、すごくいいなって思ったことがあるの。
当たり前のことだが、みんなひとりひとり生活の状況が違う。経済状況も違う。
持っている仕事も色々で、独身でずっとキャリアを追及している方々もいるし、子供を
育てあげ、現在はパートにたくさんの時間を割いている方もいる。

今回幹事をやってくれたCucchiが資産家であることはうっすらきいていた。
その詳細を、Cucchiがいない間に、Y子がばらしたのだ。
740万のケリーバッグを買ったんだよ・・別荘を数えられないほど持ってるんだよ・・

バッグに740万。驚きすぎて、なぜか私はゴクンと唾をのみ込んだ。
でもおばさんたちはそこで黙っていない。
見てみたい。見たい、行きたい、行こう行こう!

私たちは次の集まりに、お宝拝見ツアーさせてもらうことを、Cucchiにリクエストした。

もうこの年代になると「それはそれ・・これはこれ・・」って感じで、人を見るとき、
すべてを取っ払ったそのまんまの状態で見ることができる。
それが楽しいのだ。
740万のバッグを持っていようがいなかろうが、CucchiはCucchiなのだ。
それでもバッグは見てみたい!

宝くじ売り場でパートをしているT代が、その話の間に、「あたし、明日から大変なのよ。
年末ジャンボが始まるの」と言いだした。

誰かが「トイレ行きたくなったらどうするの?」と言ったら、
「いちいちぜ~んぶ鍵閉めなきゃならないから大変なのよ。だから我慢しがちだわ・・」
と内情を話してくれた。

その後の話が面白い。T代はある日お腹をこわしていたんだとさ。
で、しょうがなく、おじいちゃんが使っているオムツを履いて出勤したのだが・・

実はT代が家で飼っている、大型ワンコがかなりの老犬で、お下の閉まりも悪くなり、
人間のオムツにしっぽの穴開けて使ってたんだって。

「なんかへんだとおもったのよ~。そしたら穴あきオムツだったってわけ・・それじゃ
だめじゃん・・」

みんなお腹を抱えて笑った。

人をその人として認めて敬意を表すことができなければ友情は成立しない。
おばさん達の未來は明るいかもしれない。

今日は久々の休みなのでシナリオを書こうと思う。
いつも読んでくれるハトちゃん。最近現実的なものを書いていたので、前々回に
ちょっと非現実に飛んでみた。みんなが面白いと言ってくれたのでまた載せとくね。
タイトルは「昔映画」
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