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日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
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一か月に一度は更新しようと自分の中でなんとなく決めていたのに、6月を逃してしまうと、
枠組みがほどなく緩んでしまって、そのままズルズルと七月も後半に突入してしまった。

これは顕著に「私」を象徴するいきさつだ・・と言えることが、ちょっぴり情けない。

もう今更書いても誰も読まないだろうな、と思いながら、気が向いたときに書いてみる。
これ、何の意味もなさないようで、実は今の私の好みに非常に合っている。

もしかしたら、物好きなどなたかが、読んでいるかもしれない。そう思うとそれはそれで
わくわくするし、私がツラツラ書いたことが、誰にも読まれずに、シーンとした深い暗闇
にチリのように積み重なり、横たわり続ける様子を想像すると、何ともいえないロマンチック
な気持ちになれるのだ。

 というわけで、私はブログを書き続ける。
あけてしまった空白の時間を埋めるべく、前回から今までのいろいろな出来事を時系列順に
並べる・・なんてことはしないけれど、生活は、何とか最低限度でも回って来ている。と、
お知らせしておこう。

 久しぶりにブログを開いたことで、自分のブログのタイトルをいつになくかみしめること
ができた。『My favorite things』・・・私のお気に入りの物たち。

 私はこの頃たくさんの物を買っている。
買いながら、欲望に任せて物を買うことは、罰当たりな行為だと、どこかで思い、少し
罪悪感を感じている。

「断捨離」とか「ミニマリスト」とか、物に支配されない素敵なシンプルライフが、じわり
じわりと、世の中のロールモデルになっているのも承知している。

年取るごとに、不必要なものをそぎ落とし、自分のエッセンスの濃度をあげていくことが、
私世代の向くべき方向じゃないか、とも思っている。

 そういうことを知りながらも、私は自分が一目ぼれしてしまった色合いのフレアースカート
を買ってしまう。死ぬまでに間に合う、十分な数のスカートを持っているのに、だ。

その、水色主体のパネル柄、コットンシルクフレアースカートは、風にそよぐと、自然と一体
になることができる。

心地よい丸み、複数素材の憎い程の配合バランス、好きな色合い・・この三つがそろったスニ
ーカーも買ってしまう。

観葉植物がたくさん置いてある、お花屋さんのバーゲンに行っては、大きなゴムの木の鉢植えを
衝動買いしてしまう。

 言い訳をしていい?
最近ね、物との出会いが運命的だと感じるの。その感覚を感じた時はちょっと無理してでも買っ
てしまう。

人に対しても、年々そうなっている傾向があるんだけどね、物との関係性も深まっているという
か、本気で向き合えるようになってきた。本当に好きなものに出会ったときに。

いつか壊れてしまうかもしれないけれど、できれば一生おつきあい願いたいと思える。
そのものの手触り、その時間を慈しむことができる幸せ。だから、ひとつひとつ大切に扱う。

どんなちっぽけなことでも、関係性を大切にしていきたい。

旦那の定年まであと一年ちょっと。あと数回のボーナスの大切な一回分が7月に支給された。
私は考えた挙句、「発酵フードメーカー」を買ってもらった。

これはもう奇跡に近い。
大好きな甘酒とヨーグルトが自分で好きな時に作れるなんて夢のようだ。

「発酵」というプロセスも実に魅力的だ。

米麹とごはんを発酵させて甘酒を作っているとき、牛乳にヨーグルトの種菌を混ぜて、ヨーグルトを発酵させているとき、私は意味なくそこに耳を近づけてみたりする。

実際には何にも聞こえないのだけれど、菌や酵母が有機化合物を分解する音が聞こえるような
夢心地で、私はできあがりをひたすら待つ。


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約3週間前の土曜日、結婚披露宴会場で、横の親戚テーブルから、いとこのJunの声がやけに
冴え渡っていた。

「ちいちゃんとこ、フライパンゲームってのがあったでしょ? 泊まりに行った時によく遊ん
だんだよ」
話相手はJunの隣に座っている私の兄であり、披露宴の主役は花嫁衣装を身にまとった娘で
あった。

私も実にウキウキと、「花嫁の母」をやらさせてもらっていたわけだ。
慣れない留袖などを着ていたけれど、それゆえに特別感が増したのか、いつもよりも「おすまし」
してしまったのは否めない。

後から友達に「感激して泣いた~?」と聞かれたが、それに対しては期待を裏切って、
「ぜんぜ~ん!」

だって「結婚なんてナンセンス・・」みたいなことをほざいていた娘が、本当に気のいい
お婿さんと出会ってこの日を迎えられたことが、天恵のように思われ、嬉しくて仕方がなかった
のだ。

式から一週間後の土日に、要あって、娘もお婿さんもそれぞれ実家に戻ることになった。
結婚後の初めての里帰りだ。

日曜の朝、朝ご飯を食べながら、テレビでは「ひつじのショーン」が流れていた。

私が横目でテレビを見ながら、「ひつじのショーンの小さなゴム人形が欲しくて、前随分ネット
で探したけど見つからない」と娘にぼやくと、
「え~、あるでしょ、そんなの・・」と言って2,3分後、私の携帯の着信音が何度もなり始めた。

しかしながら・・デジタルネイティブ世代の彼女の、ガジェット扱いの早いこと。
私が携帯を開くと、5つも6つもリンクが送られていて、それをわくわく開いていくうちに、
とうとう運命的な「のせキャラひつじのショーン」に辿りつくことになるのだ。

いとこのJunが言ってたように、小学校時代の私はフライパンゲームに熱中した。

プレイヤーは、プラスチックの5色のフライパンの一つを選び、バランス台の上に乗せる。
フライパンの裏には小さな円が記してあって、小さなバランス台とそのしるしを合わせ、
フライパンを乗せることからゲームが始まるのだ。

さて次にレシピカードを順番に引く。
ポークチャップ定食とかカレーとかのレシピだったと思う。で、材料がそこに記されている。
ゲーム箱の中央にはプラスチックでできた材料がごちゃ混ぜに置かれている。
その中からレシピ通りに小さなスコップシャベルのようなもので材料を拾い上げ、
フライパンに載せていく。

つまりバランスゲームだ。一番早くすべての材料をフライパンに載せられた人が勝ち。
バランスを崩してフライパンが傾いた人は最初から・・
そういうめちゃくちゃ単純なゲームだった。

今私のもとには「のせキャラひつじのショーン」 プラス 少しスケールが小さい地主と犬
がある。

のせキャラには地主と犬がはいってなかった。
「地主と犬は諦める・・・」と、ぼそっと言って、アマゾン注文した私の様子を、娘は何と
お婿さんにメールで知らせていた。恥ずかしい。

お昼にハルの散歩の後、カフェでご飯を食べていると、娘が携帯を見ながら「ひょえ~っ」と
叫んだ。お婿さんがガチャポンで「地主」と「犬」を当ててくれていた。
それも2回やっただけで。娘が「ほらっ」と写真付きのラインを見せてくれた。

なんていいお婿さんなんだ! 力強い義理の息子だ!

夕方娘の家に娘を車で届けると、すでにお婿さんが帰っていた。
彼はニコニコしながら私に近づき、「はい」と赤と黄色のガチャポン玉を渡してくれた。

「ありがとう!嬉しい!おかげでコンプリートだよ!」と、私は自分の喜びを素直に伝えた。

 おととい下田から帰ってきた。

下田はペリーロードが素敵だった。
その中でも、私が一目ぼれして購入した2枚のお皿の絵の作者で、「草画房」店主、尚生さん
とは、英語で言う hit it off で、会った途端に馬が合うというのか、
昔からのお友達のようにおしゃべりがはずんでしまった。たまに銀座で個展をされるので、
その時は招待状を送ると約束してくれた。人生の楽しみがひとつ増えました。

書き始めると止まらない。でもここらへんでやめておこう。
ではまたそのうち。






























花曇りの今日。時折霧雨が花びらを濡らす。
近隣の桜たちは8,9分咲き。あと数日は散らずに傍にいてくれるだろう。

こんな日の桜のピンクは なんだか少し気だるく見えて、だからあの圧倒的な存在を前に
しても、心も体もどこか弛緩しながら楽しめるような気がするのだ。

 桜が咲く。始まりの季節が訪れる。
ここ数日、8時くらいに散歩をしていると、スーツ姿のお母さんと、おろしたての
制服を着たお子さんが、照れくさそうに写真を撮ったりしている場面に何度か
出くわした。

 小学校の前にさしかかると、マイクを通した自己紹介の言葉が空へと拡散していた。

「みなさんと一緒に、お勉強も遊びも楽しみたいです。よろしくお願いします!」
という新任の先生の挨拶に、生徒たちが「よろしくお願いします」と一斉に応えていた。

数百人いるであろう生徒達が、同じ反応をすることに、同じ言葉をひとつにまとめて
発するその技術に、少々驚いた。昔にはなかったことだ。
パターン化されているのかな?

 どんな様子だろうと視覚で確かめてみたくなり、歩みを止めて爪先立ちになると、
そこには不思議な光景が広がっていた。

生徒たちが全員、列を作って体育座りをしていたのだ。
朝礼台の前に並んで立っている先生方を、生徒たちは膝を抱えながら、少しアゴを上げて
眺めていた。朝礼で倒れる子供達の数が昔より増えているのだろうか。

 ものの5分そこにいただけで、小学校の何気ないあり方にでさえ、私が当たり前と思って
いたもの事と違っていることに気づかされた。

世の中大きく変わってきている。私がただ気づかなかっただけなのだ。

歳を取るということは、世の中との、小さなズレの積み重ねであるとも言える。

信念みたいなものは揺らいでしまったらもはや信念ではなくなってしまうだろうから、
それは別として、ちょっと違和感を感じてしまう今の時代とのズレを感じながら、
でも受け止めていくことが今の私には必要なのだと思う。


やりたいことができないよ~・・とぼやいている状態は、そんなに悪いものではないはずだ。
少しずつはやれているので、やりきった感がない分 その物事への執着が長く続く。

私はそうやって一つ一つのことを長く続けてきた。死ぬまでそうやって行くのだろう。
ステージがあがれば難しさのステージもあがる。ひとつ階段をあがると今まで見えなかった
ものが見えてくる。それは楽しくもあり同時に攻略不可能な高い壁にも見える。

その日暮らしの私は、過去も未来もあまり気にならなくなった。
ヨガを毎日してたら、自然とそうなった。
今やっていることの肌触りが私の生きている証のような。
それが、今の私です。














「もう一月も終わりなんて・・」と何人かの友達が、別々の機会につぶやいた。
そのどれもが、少しばかりの嘆きのトーンを伴って、めくるめく時の移り変わり
を遠目に見つめていた。

私にはこの一月がとても長く感じられた。
「新年になってから、ずいぶんと経ってしまった感」があるというのはそういうこと
なのだろう。

年末年始のお休みを約3週間取った私は、元の生活に戻れる自信がなくて、休みが
終わるころには不安になっていた。

で、そういう時はいつも自分に言うのだ。

きっとだいじょうぶ。今までも大丈夫だったじゃないか。
今は無能に思える自分だけれど、その場に立たされれば、あなた、何とかするでしょ?

そして日常が始まると、いろいろな物事をぼろぼろとこぼしながらではあるけれど、
一応物事はきちんと動き始める。

体力に自信がない人は、すべてにおいて自信を失いやすい。自分の責任さえも背負えない
時がやってくるかもしれない。その不安が根底にあるからだ。

ありがたいことに、一月のみっちりのスケジュールも、一日一日とこなして、今一月
の終わりに立っている。

ヨガを教えることは楽しい。今はもう教えるというのではなく、私と生徒さん達の
エネルギーのやり取り、交換のような感覚でいる。

先週の日曜日、ヨガインストラクター養成講座の仲間の集まりがあった。

私のレッスンを受けてみたいということで、はるばる都会から、一人の方なんて千葉から
わざわざ足を運んでくれた。

ふるさと村の中にある食事処で待ち合わせをした。
少し早めについた私は、一番乗りだ!・・と思ったのだが、メールをチェックすると、
30分とか1時間とか早めに着いた仲間達が、ふるさと村の散策をそれぞれ楽しんでいること
がわかった。

さすがヨガ仲間だ。
「自然が素晴らしい! ご飯を食べる前に、心も身体も浄化されてます・・」ということらしい。

ご飯を一時間半かけてゆっくり楽しみ、集会所へと向かった。
みんなに、どんな感じがいい?・・とレッスンの好みを聞くと、意外な答えが返って来た。

パワー系の、難しいポーズがガンガン入った、汗をびっちりかくようなものをリクエスト
される予感がしていたが、実際は、癒し系のマインドフルネス的なヨガがいいということで
まとまった。

2時間みっちりみんなでヨガに集中して、私にとっても格別な時間だった。
終わった後のみんなの顔も、解放された明るい希望のある表情をしていた。

一昨日は、コーラスで参加したバンドの新年会があった。
二次会にカラオケに行った。
園まりさんの「逢いたくて逢いたくて」とリリーさんの「私は泣いてます」を歌ったら、
みんなが、うまいうまい とほめてくれて嬉しかった。

サザンやエグザイルを歌う仲間の合いの手に、私は、大笑いをしながら手を振り上げ、がなり
まくっていた。初めての経験である。

この年になっても「初めて」があるのは、実に喜ばしい。
私は新年を迎えることにすっかり馴染んでしまったようだ。
いや、馴染むというより、現実的になってしまったのかもしれない。

つまんないくらいに冷静で、特別なワクワク感などどこを探しても
見当たらない。

若いころ、特に子供の頃の、あの根拠のない末広がりの希望は、いったい
どこから生じていたんだろう。

それでも、年末は年末らしく、なんだか忙しく立ち働いていた。
「一日一善」ならぬ、「一日一か所」掃除を12月後半から実行してみたり。

たぶん私は、年相応に それ に気づいているのだろう。面倒な毎日の積み重ねを克服せず
には、生まれるものも生まれないと。

面倒なことが大嫌いな私は、だからもうワクワクなんてできないのかもしれない。
面等なことをしていく覚悟・・とでも言うのかな。覚悟って重い。
ワクワク感は軽やか。だから私の中では相容れない。

 久々に手紙を書いた。
透けるような薄紙に、雪の結晶が散らばっている便箋を使って。

「言葉の無責任さ」のみに思考をフォーカスしていたら、私はこの手紙を書かなかったと
思う。その正反対に位置する「言葉の可能性」・・つまり自分の思いが誤解されること
なく相手にに伝わる、そう信じたいからこそ、私はリスクを冒し、手紙を書いて送った。

相手は、大学時代から我々夫婦が親しくしてきたH氏と奥さまである。
11月の青山ライブ直前に、彼は脳出血で倒れ、病院に搬送された。

何か不幸な出来事が親しい友人に起きた時、我々のすべきことは何なんだろう。
その出来事以降の新たな生活サイクルが確立するまで、そーっとしておくことは、ひとつの
理性的な選択肢であるに違いない。

問題は、その生活サイクルがある程度確立したようだ、とわかった後だ。
それでも尚「ほっておかれたい」と思っているかもしれない。そう思ってほっておくことは
やさしさなのか。

毎日「どうしてるんだろう・・」と思い続けていた私は、そのことだけでも伝えようと
年末にペンを取った。

手紙を書くなら、言葉にとことん気をつけて書かねば・・と思っていたのに、ペンを取るや
いなや、水が流れるように、私の思いが、便箋に素早く吸収されていった。

元旦に私の携帯が鳴った。
H氏の奥様からだった。奥さまと話をした後、H氏の声を久しぶりに聞いた。

「心配かけてごめんな・・」とH氏は言った。

なんで謝るの?と私はその時心の中でつぶやいたけれど、と同時に、「ごめんな」の響きが、
私の心臓辺りの温度を2,3度上げて、涙腺をふんわりゆるませた。



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