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日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
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去年?それとも一昨年のいつ頃だったろうか?
何気に流れてきた車のTVCMに、即座にウチらは反応した。
「ジャニスじゃないよね・・」「じゃ一体誰なんだ?」

かのジャニスジョップリンの「Move over」を遜色なくカバーしている張本人を突き止めるべく、
画面の隅々をなめるように目で追い、片隅にある「GLIM SPANKY」という文字を頭に刻んだ。

驚いたことに彼らは、20代半ばの男女の音楽ユニットであった。
そこからの彼らの活躍は今ここで書く必要もないと思う。

その「GLIM SPANKY」が、一昨日の夜中のBS番組「The Covers」に出演した。
もちろん録画に抜かりはない。

番組を観ながら、「自分の子供と同じ世代の若者たちに、こんな気持ちにさせられるなんて
不思議だよね」と私が言うと、中学生の時からハードロックを中心に、聞いたり演奏したり
してきたダンナがぼそりと言った。
「久しぶりにぞわぞわするんだよね」

その後に続く言葉を、我慢強く待っていると、
「70年代で終わってたんだ、このぞわぞわ感・・・今復活。」
なるほど。

 火曜日は私にとってのドラマデー。
9時からツヨポン主演の「嘘の戦争」(他の人のセリフもちゃんと読んでる?)
10時から坂元裕二さん脚本の「カルテット」と2本続けて観ている。

そのカルテットの中で、満島ひかりさん演ずるすずめちゃんが、期待に胸を膨らませたり
興奮したりした時使う言葉に「みぞみぞする・・」というのがある。

ぞわぞわしたりみぞみぞしたりするのって、生きていくうえで大事なことだよね。


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「 バクマン。」観てきましたよ!!

私はミーハーなのでね。観た後に、「バクマン ダイカット ラバークリップ」なるものを
購入してしまいました。着ているVネックのTシャツの、Vの2辺のそれぞれに、ブローチみたい
にくっつけて、ルンルンしながら家事してる。で、今も付いているのね。

左には、シュージンのエンジとねずみ色のジャージをかたどったクリップ、右には、サイコーの
ブルー系の太めのボーダーTシャツに重ねられたブルーのパーカーのクリップ。
ふたつつけてるとコントラストがすごくいいの。あの映画の中のサイコーとシュージンみたいに。

漫画家さんの毎日というのは、私にとって完全なる異世界です。
私の大好きな漫画家、大島弓子さんのノンフィクション漫画に、よく締め切り前の「修羅場」が
描かれていた。

象を描けば近未来の宇宙人になってしまう私にとって、一日だって徹夜ができないへなちょこな
私にとって、3日も4日も寝ないでネームを考えたり、大小様々なコマ絵を髪振り乱しながら描
き続けるなんて、完全に想像を絶する世界だったのだ。漫画家さんに一番必要なのは、ストーリ
ーや絵を創造する才能に加えて、頑丈な肉体であるのはきっと間違いないでしょう。

「バクマン。」の、サイコーの体が限界に達して、トイレで自分の血尿を見て倒れるシーンがある。それで、大島弓子さんの修羅場シーンにも血尿事件があったのを思い出した。

ただサバイバルできなかったのは大島さん本人ではなく、飼い始めたばかりの猫の「サバ」
だった。サバのお便所を見た大島さんは、「うわーきれいなルビー色のおしっこ・・なんて言っ
てる場合ではない!これは血尿だ。」と焦ってサバを獣医さんに連れて行くことに。

傍にいる人間たちの嵐のような精神状態が、猫に血尿を出させる・・いやこれは想像を絶する
世界なんだろうな、と私は呆然としたのをおぼえている。

クリップだけでなく、バクマンのパンフレットも買ったらね、これがまたユニークなパンフ
レットで、読み応えがあった。写真や文章も、徹底して漫画のコマ割りや吹き出しを意識して
あって、映画のパンフレットを読んでいる感覚と大きく違う楽しさを味わえた。

私がワクワクするのはね、サイコー・シュージンコンビが、佐藤健くん・神木隆之助くんコンビ
の実際の関係性によって、映画の中で確実に影響されている部分。

健君はインタビューで言ってました。
「リュウの演じるシュージンがすごくしっくりくるんですよ。」って。
この「しっくりくる」って何気ない言葉だけど、最高の褒め言葉だよね。
シュージンがサイコーに漫画を描くことへの熱い情熱を語っているシーンを見ている時、あれ?
私今お芝居観てるんだよね・・演技なんだよね・・と、自分の頭にふとよぎったのが不思議だ
った。それくらい隆君はすごかった。それをね、健くんがちゃんと認めてる。
で、隆君はというと、あまりに正直に健君への憧れを言葉にしてしまったことで、何か今ネット
を騒がしているとかいないとか。

少年ジャンプを再現したロケセットを見て、実際の編集部の方が思わずうなった、という
エピソードは、とてもうなづける。って私は本物見たことないのだけれど、あの空間は、
ふつうの人は入ることを許されない空気感がある。長年たくさんの人たちを楽しませるために
集結され続けてきた情熱とエネルギー。怒鳴り声、汗、迫りくる時計の音、交差する足音、
切り捨てられたトカゲのしっぽ、怨念、強欲、ばんざい、涙、狂気、興奮、喜び。
あらゆるものが渦巻いていて、私は一瞬息を止めてしまった。

大根仁監督の映画はこれからもずっと観ていきたい。




ブログを書くときに、ほとんど無意識に実行していることがある・・はずなのです。
それを意識の上に持ってきて、具体的な言葉にすると、多分こんな風だと思う。

嘘をつかない。物事を大げさに書かない。自分の感情のはけ口にしない。
実存する登場人物を守る。  もっとあるだろうか? ま、基本はこんな感じ。

で、最近またシナリオセンターに通い出してシナリオを書いていると、同じ私が書いた物が
それとは反対方向へと突っ走る。
つまり、そこにあるものは、全部嘘で、物事がやたら大げさに展開し、登場人物に入れ込むあまり、
ふと気づくと自分自身の感情をその人物にぶつけ、熱く語らせていたりしているのだ。
その結果、気の毒なことに、そこに登場する彼女や彼は、その世界ですり減ってへとへとになった
りしている。

ちょっと罪悪感を感じるけど、フィクションも楽しいな。主婦の趣味としてはなかなかいいかも
しれない・・と最近思ってる。

昨日書いたせりふの一部に、
「・・・何かに書いてあったよ。悲劇ってのはさ、人の悪い部分からではなくて
良い部分から生まれるって。正義感とか優しさとか愛とかから悲劇は生まれるって・・」

これはね、最近村上春樹さんの「海辺のカフカ」を読み直していて、再会した言葉でね。

来週、蜷川さん演出の「海辺のカフカ」観に行くんだ。
すごい楽しみにしているの。

春樹さんのカフカがアメリカで脚本化されて、それを逆輸入したような形で日本語に翻訳され
たものが蜷川さんの手にかかり上演されている。

お芝居なんてほとんど観た経験がない私。
でも最近は、ピンと来たら行動するようにしているの。
今日中に「海辺のカフカ」読み終わりそうです。



今もっともホットな話題の又吉直樹さんの小説、「火花」を読んだ。
ちょっとへそ曲がりな私は、2百万人以上の人が持っている単行本を買う気になれず、
芥川賞受賞作二作が全文掲載されている文芸春秋を購入した。

それでもすぐにそれを読まなかったのは、その時一緒に本屋さんに並んでいた又吉さんの
エッセイ、「東京百景」と「第2図書係補佐」を立ち読みしたら面白くて止まらなくなり、両方
とも買って帰ってしまったからだ。エッセイ2冊を堪能した後、やっと火花にあり付けたのだ。

又吉さんの才能や成功を、うらやましくないと言ったら嘘になるが、その才能や成功より
も私がうらやましいと思うのは、彼の持つ 静かでやわらかな優しい視線 である。

エッセイを読んでいても小説を読んでいても、オイコノミア(テレビの経済番組)で彼が
話しているのを聞いていても、その視線はいつもそこにあった。

驚くべきは、彼が理不尽な状況に追い込まれた時でさえ、その視線がぶれないことだ。

一緒に住んでいた友達が、又吉さんの置いていた3万円をネコババして突然消える。
でもそれだけではすまなかった。その友達が作った借金の取り立てが、なぜか又吉さんへと方向を
変え、催促の電話が鳴りっぱなしに。その友達が「又吉という男が代わりに返すから・・」と彼の
電話番号を借金取りに教えたからだ。

それを知った又吉さんは当然のことながら怒る。
でも、その友達の居場所を突き止めて顔を合わせた時には、彼の怒りはすでに消えてしまっていた。
「どうしてここがわかった?」と焦る友達に、可笑しさを感じたからだという。
そこで友達の全財産の4千円の半分、2千円をむしり取って帰ったと又吉さんは書いていた。

3万円取られたのにどうして2千円? 4千円持ってたのにどうして2千円だけなの?
怒ってたのでしょ?ひどいことされて。裏切られて。
計算高い私にはわからない。というか、そのやわらかい視線がうらやましい。

オイコノミアに、ギャンブル好きの「平成ノブシコブシ」の徳井さんがゲスト出演されていた。
経済学の先生が、徳井さんは又吉さんにお金のことで迷惑かけたことはないのですか?と
たずねたら、徳井さんはちょっと考えて「多分ないと思う。」と答えた。

そしたら又吉さんが、「迷惑かけられたことはないのですが、同じ貧乏人時代から、なぜか
ごはん食べると僕が必ず払うことになっていたのですが、なぜだろう?ってずっと思って
ました。」と、長年の疑問を初めて打ちあけるように言った。

そしたらまた徳井さんが、「最初から彼は大物になって大金を稼ぐヤツだとわかっていた。
だからそうしてきたんだ。実際大物になってからおごられ始めるのは嫌なんで・・」みたいな
道理が通っているようないないようなことを言ったのだった。この番組は芥川賞受賞前。

でもすごおい。徳井さんの言うこと、ずばり当たっていたね。
ずっとおごってもらってて正解だったね。
さすがギャンブラー。これっ!ていうところは外さないね。

文芸春秋を買ったことで、文学界大御所の方々の芥川賞選評も読むことができた。
何よりも選者の方たちの人間性を、かなりストレートに垣間見せてくれているのが興味深かった。

それにしても「何でも屋」とか「一発屋」という、それこそ一発でそのものの価値をグンとさげ
ることが可能な、悪意が微妙にまとわりついている揚げ足取り的言葉が、こんな高尚な選評に使
われているとはびっくりした。

読み手側は、さまざまなテーマの下に流れる作者の思いを感じたいのだし、静かでやわらかな
優しい視線で作者が見るいろんな世界を、これから共有したいだけなのだ。

そうだ、私ずっと又吉さんて、ファーストネームだと思ってたんだ。
直樹さんて素晴らしいお名前があるにもかかわらず、私にとって又吉さんは、
「又吉又吉」なんだ。

窓ガラスをたたく雨の音が激しさを増してきた。
時折、ヒューッ という風の音がしたかと思うと、それに反応するように
雨音がドラムロールのように細かくなる。

雨のたくさん降る日に家にいると、けぶった雨が巨大な白い幕になり、すっぽり包まれて
いるような感覚に陥る。外界と遮断されていて、でもそれはけっして嫌なものではなく、
いろんなものを手放し ただ雨音だけ聴いて一日暮らそうか・・などと贅沢なことを考え
てみたりもする。

色が強烈に残る映画を2本観た。
この際、話の筋はどうでもいいのかもしれない。
こういう映画を目の前にする時、理屈や理由や理性は不要なのだと思う。
不要と言うよりも、それらを手放さなくてはその世界に向き合えない。

ひとつは「グランド・ブダペスト・ホテル」
もうひとつは、「リアリティのダンス」

どの場面を切り取っても美しい絵画のよう。
リアリティのダンス の監督、アレハンドロ・ホドロフスキーは、実生活で、念願のオペラ
歌手になれなかった母親への優しい想いを、この映画で具現化している。

映画の中の母親は、歌うことでしか言葉を発することができない。
歌の旋律 リズム 強弱 そこに載せる言葉によってのみ、彼女の嘆きや怒り、
笑い、ユーモアまでもが表出される。息子を呼ぶ声もまた音楽なのだ。

でもちっともミュージカルじゃないの。
ミュージカルは言葉が歌になってるけれど、この母親は、「歌が言葉」なの。

赤やピンクや黄色が踊る背景に、時の重みをズッシリもった建物や街並み、
あくまでも美しい自然が、寡黙に存在している。
人間てこんな表情をするんだっけ・・

型抜きの石膏が砕け落ちて、だんだん中心の形がみえてくるようなそんな二本の映画でした。
見えてくるだけでわかることはない。

そういうものも私には時に必要。




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