忍者ブログ
Admin / Write / Res
日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
[3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13
昨日から普通の生活に戻り、今朝もハルの散歩を終えた後、お決まりの6階までの
階段のぼりをしていたら、ほとんどのお家の玄関からお正月飾りが消えていた。

そうだ今日は初七日を過ぎた8日なのだから当たり前のことなのだろうが、時に
細かいことまで行き届かない私の愚鈍な神経が、お正月飾りの日の光が当たる時間を、
普通より長くしてしまう。

家にたどり着いたらすぐにはずそうと思いながら、ハルを抱えて階段を一歩一歩上る。
階ごとの踊り場に行き着くたびに、見える範囲のドア玄関にお正月飾りを探す。
私の同士はいないかと探さんばかりに。

ひとつふたつのお正月飾りを見出して、ちょっとばかし階段上りが軽快に。
自分はそういうズサンなところのある人間だけれど、世の中の人たちがそういった
地道さと誠実さを持っていることが私は誇らしく、少しでもそういう人種の仲間に
入りたいと日々努力中。

お正月は、充実していたという意味ではとてもいいお正月だった。
家族全員が集まるというありがたい状況で、私は普段ではとても出ないような体力と気力を発揮
して、めちゃくちゃ働いた・・と思う。独立してしまっている子供たちに、母親業をさせて
もらえる数少ない機会なので。

特筆すべきは、今年は料理人の息子が、中華おせちを作ることを買って出てくれたので、
お正月のお膳がいつもとまったく違った雰囲気で、研ぎ澄まされた隙を見せないような心地よい
緊張感さえ漂っていた。

ちょっと頑張りすぎた私は、4日前くらいから外耳炎になってしまった。
痛いな・・と思いながら、夜もうつらうつらしながら眠っていた。

おととい、とうとう これはだめだ と観念し、お医者さんに行くことに。
でも水曜日は耳鼻科が休診日のところが多く、20年前に子供たちを連れて行って、たくさん
たくさん泣いた、あのS耳鼻科しか空いておらず、しょうがないからそこに行った。

待合室にいると、子供たちの泣き叫ぶ声がずっと聞こえていた。
赤ちゃんを連れた若いお母さんが診察室から出てこられた。
こちらに歩きながら、なぜか助けを求めるような目で私を見ているので、視線をはずすことも
できず、少しおどおどしていたら、彼女が口を開いた。「こちら初めてですか?」

「えっと、初めてみたいなもので・・子供たちが小さいときに来たことがあって、20年くらい
前に・・」
すると彼女が「私はこちら初めてで・・私もうびっくりしてしまいました。ほかの耳鼻科では
小さい子にはガラスのチューブで軽く鼻水を取るのに、ここでは長い金属を赤ん坊の鼻の奥
まで入れるんですよ。私もされたんですが、私だって痛かったのに・・。」と言って涙目に。

あ~、まだあのやり方でやってるんだ。20年間も変えずに・・と私はあきれながら
「かわいそうにねえ・・赤ちゃん、頑張ってえらかったねえ・・でもそんなんじゃお医者嫌い
になっちゃうよねえ・・」と会話した。

会計を終えて帰り支度を整えた彼女が私のほうを再度向いて、「ずいぶん待ちますね」
と声をかけてくれたので、「ええ。お大事にね。」と言って後姿を見送った。

さて私の名前が呼ばれ、先生と20年ぶりの再会を果たした。

先生はあの頃の大きさの三分の二くらいに小さくなっていた。
外ですれ違ったとしても、絶対に気づかないだろう。
でも雰囲気はあの頃のままだった。
ひょろんとして存在感が薄く、話す言葉も平板で人間味の薄いトーンだった。
逆の意味で私は、うわ~懐かし!と思った。

私は言いたい。私は大人だし、多少痛くたってそんなに看護士さんにがっちり頭をつかまれ
なくとも逃げません。口で言ってくださればその通りにしますよ・・と。

看護士さんは泣きじゃくる子供の頭も大人の頭も、必死に抑える。それが使命と言わんばかりに。
そうしなきゃ、治療できないだろう。って、先生に怒られるのだろう。

私の子供たちが幼児から大人になる約20年もの間、毎日毎日こういう治療を続けてきたんだ。
あんなに子供たちに金切り声をあげさせて毎日過ごし、いまだに人間でいられるということが
私には驚きだ。もしかしたらサイボーグになっちゃったのかもしれない。
人と話して、こんなに人と話した感じがしない人はめずらしい。

サイボーグが金曜日にもう一度来てください。と私に言った。
私は「はい」と言ったが、心の中で、私、嘘ついている・・と思っていた。

今日はその金曜日。私は今ブログを書いている。
これ終わったら、シナリオセンターに出かけよう。












PR
指をこすると、カサカサと音が聞こえそうな程、指先がぼろぼろになってしまった。
季節がら、いつもより多い水仕事とこまめな手入れを怠った私の怠惰によるものなのだが、
それに加えて、12月後半からとりつかれたように物を磨き続けた勲章とも言える。

ずっとずっと「磨く」という動作が嫌いだった。
指先や手首が疲れるし、ムキになって続けていると、体のあちこちまでコリが広がるからだ。
だから溜まった汚れを見ないようにして来た。見なくても知ってるのだから本当の意味ですっきり
はできない。そのすっきりしない感じが、私そのものだと感じていた。

じゃあ何故今年からのめり込む程「磨く」ことが好きになったのか・・と言えば、
それは、自分の体のことを去年よりたくさん知ったからだと思う。
こっちの方向で動けば余計な力はあまり必要ないかな・・と、姿勢や力の入れる場所、力を抜く所
を考えながら物を磨いていた。私はムキになって何かをすることがなくなったようだ。
言ってみればヨガのアサナの完成ポーズを目指すような感じである。
こういうのを生活ヨガというのだろうか?

もう30日なので、今年を振り返ってしまおうか。
今年は私にとって、とても変化に富んだ一年だった。
たくさんのことを始めたし、たくさんの人に出会って、たくさんの友達と交友を深めた。
何が私に起こっているのだろう?・・と何度も思った一年だった。

昨日箱根一泊旅行から戻ってきた。
今年は、年末大忙しの娘以外の、3人プラス一匹。

いつもとちょっと違ったのは、昨日のお昼に沼津漁港に寄って、お魚三昧してきたことだ。
私は無難に海鮮丼を食べて、もちろんとても新鮮でおいしかったのだが、息子が食べた限定食、
「ブリのとろかま焼き定食とアラ汁」が・・ちょっともらったのだが・・目ん玉飛び出るほど
おいしかった。やっぱり料理人が食べるものを真似しておくべきだった。

来年は・・今年始めたことを誠実に楽しく続けていきたい。
「磨く」ことがやっと好きになった私は、やっと自分自身も磨き始めることができるかもしれ
ないと、期待してしまっている。



































今週から実質上、私はお休みに入ったようなもんで、バレエもシナリオセンターも今年
最後のご挨拶をすでに先生や仲間との間で交わし、教えているヨガのクラスも、また来年
よろしくね・・と言いながら明るく今年を占めることができた。

いろんなバタバタが過ぎ去って、早速今日、観たかった映画、橋口亮輔監督の『恋人たち』を、
渋谷シネパレスに観に行って来た。映画のために朝早くから渋谷まで出るなんて、私は今までした
ことのない経験で・・最近身軽で自由になった自分にまだ慣れずにどこかぎこちなかった。

・・何があろうとも生ある限り生き続けて行く。ある日人から差し出される飴玉や言葉に救われ
ることがあるかもしれない。抜け出したかった日常が逆に味方になってくれる時もあるかもしれ
ない。誰もが閉塞感を感じやすい今の時代に、息詰まるような日々があっても、静かに呼吸し続
けよう。そんな風に感じさせてくれる誠実な映画だった。

映画を観終わってぼんやりしながら道に出たら、お隣のLoFtのきらびやかなウインドウに
吸い寄せられて、オーナメントやクリスマスカードをふたつみっつ購入した。
あとちょっとしたクリスマスプレゼントも買って、あとはわき目も振らず帰りました。
渋谷をうろつくのは苦手なのです。

最近私は、人に「好き」というダイレクトな言葉をまったく使わないで、何気ないそこらへんの
ことを話しながら、好きと言う気持ちを伝えることができるようになってきました。

年末のお掃除も今年は少しずつであるけれどはかどってます。年賀状ももう出しました。
そう、静かに深く呼吸しながら、私も一日一日を送っているのです。



バレエの発表会からすでに一週間経とうとしている。
たまりにたまった目の前にある細かいことをひとつひとつ片づけていたら、
ヒュンッ と飛んでいくように7日間が過ぎ去った。

老いてもなお踊ることが楽しい。観に行きたい。と、心から言ってくれる友達が発表会
に6人来てくれて、楽しんでくれた。

人間の体はつくづく神秘的だと思う。
動きたいと思う方向性に動けることに手を合わせ、感謝する。
体を見つめ、体に問いかけ、体からの反応を待つ・・そうやってこれからも
歳をとりながら踊っていくのだろうと思う。

昨日は娘が、おとといは息子が泊まって、別々に結構べったりとお母さん役を
楽しませてもらった。一緒にハーブや観葉植物を買いにいったり、ブリシャブの
材料をスーパーで買って調理してもらったり、ハルのクリスマスお正月バージョンの
姿と我が家からの夜景を写真に撮って遊んだりもした。
何かと帰って来てくれて遊び相手になってくれるので、なんか不思議・・と思いながらも
やっぱり嬉しい。

今日は久しぶりにs散歩中に写真を撮った。
いつの間にか季節が大きく変わっていた。
もう今年もわずかなんだね~。



































意志力の弱い私が、このブログを何年も続けられているのは、人に読んでもらうということ
よりも、自分の考えを整理する道具としてこの場を使ってきたからだと思う。

サービス精神も、いくらか合わせ持って来たにせよ、私は文章を書くことで、大きい顔した
何かの陰に隠れていた、本当の思いや考えにハッと気づかされ、思考がしだいに澄んでいく心地
良さを何度も経験してきたのだ。

書く という行為はそれだけ客観性や論理性を要求されて、結果俯瞰で物事を見ることを容易に
してくれるようだ。

さてさてそんな私が最近趣味レベルではあるけれども、フィクションを書くことにも楽しみを
おぼえ始めている。フィクションの形は、脚本・・つまりドラマとか映画とかのシナリオである。

以前このブログでも触れたことがあるが、今年あるきっかけがあって、「シナリオ8週間講座」
に通い始め、脚本のいろはを学んだ。

講座終了後、約3か月のインターバルを経て、本科へ再入学して、現在隔週でシナリオセンター
の横浜校に通っている。

毎回「4千字シナリオ」の宿題が出されるのだが、創作においては「一つの決まった小道具をシーン
の中に使う」という制約のみ与えられるだけで、あとは本人にすべて任されている。

例えば私が本科に入学してから書いてきたシナリオは、小道具が ハンカチ 帽子 マッチ 写真
時計 等で、それにからめてストーリーを立ち上げていく。

ひとつ驚いたことがある。
ブログを書くことでいろいろ助けられてきた私だが、まさかシナリオを書くことが別の意味で
自分の支えになってくれるとは思わなかった。

自分が創り上げたキャラクターたちに助けられるのだ。
なんという不思議な経験だろう。
私はぼんやりと考えていたりすることがある。お話を完結したあの物語の主人公は今頃どうし
てるんだろう?と。そして、あーそうだ、彼だって頑張っているんだから私だって踏ん張らねば・・などと真剣に思ってしまっている自分がいる。

心が通じ合う知り合いが増えた感じ?
もしもこの傾向が助長するのであれば、私は脚本を書くことを簡単にはやめられないかもしれ
ない。

素人が書くたった10数分のドラマとはどんなものだろうか、と興味のある方がいるかもしれ
ないので、いまからひとつの原稿をPDF化してリンクを張ろうと思います。
この物語に登場する主人公も、私を励ましてくれる人の一人です。
原稿

3日前にバレエの先生から発表会の衣装を渡された。
完全なる「チュチュ」です!最初からチュチュに付いてるパンツが見えてしまっているほど
スカートのボンが体から垂直近くの角度で張り出している。申し訳ないです・・とちょっと
思うけど、舞台の上では年齢関係ない・・はずなので。

いつも発表会を欠かさず観に来てくれるKさんがプログラムを取りに来がてら家にお茶しにいら
してくれた。彼女の地に足の着いたぶれない生き方が好きで、10歳年上の友達が素敵に生きて
くれているとそれだけで心が満たされます。

今日はこれからピアニストのさなえさんのコンサートに行ってきます。
目をつけていた、素敵なお花のアレンジをしてくれるお花屋さんに、パープル系のブーケを作っ
てもらって、さなえさんに持って行こうと思います。
親友のハトちゃんも来るので余計に楽しみです。
カレンダー
11 2017/12 01
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
フリーエリア
最新CM
[08/14 NONAME]
[07/27 chiaki]
[12/18 amour]
[11/06 chiaki]
[11/01 amour]
最新TB
プロフィール
HN:
Chie
性別:
女性
職業:
主婦 英語教師
趣味:
バレエ 映画鑑賞 
バーコード
ブログ内検索
最古記事
(11/15)
(11/16)
(11/19)
(11/21)
(11/24)
P R
Copyright ©  My favorite things All Rights Reserved.
*Material by Pearl Box  * Template by tsukika
忍者ブログ [PR]