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日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
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スマホの万歩計が1万5千歩を超えたのは、スマホを買って以来初めてのことだ。

先週の火曜日 高校時代の友達5人と一緒に、近ごろ定期的に楽しんでいる「大人の遠足」
のために、川越へ行って来た。

埼玉に住んでいる友達二人が、予行演習後に決めてくれた一日の行程は、本当に楽しいものだった。

川越の駅を降りて歩くこと約20分。
まず最初に徳川家にゆかりの深い「喜多院」を訪れた。
江戸城から移築された「家光公誕生の間」や「春日局化粧の間」に上がり込み、しばらく立ち尽く
すことで、「歴史」とは、教科書や書物やドラマの中だけでなく、実際にあったことなんだと改め
て実感することがきた。

建物を出て、次は「五百羅漢」が待ってくれている場所へと移動する。
全部で538体ある「五百羅漢」さんの中から、自分と相性の良さそうな羅漢さんの写真を撮らせ
てもらった。「夜中にひっそりと羅漢さんの頭をなでに来ると、一つだけ温かいものがあって、そ
れが自分の親の顔に似ている羅漢さんなんだって・・」と、歴史に詳しいhitomiが言っていた。

小江戸川越の、古い建物が並ぶ、蔵造りの街並み・商店街。
「時の鐘」もオンタイムで聞くことができました。

お芋とお煎餅に目がない私にとって、小江戸の「菓子屋横丁」は、いけません。罪です。
気になるものを一個ずつ買っていたら、かなりの量になりました。そしてあれから約一週間が過
ぎ去りました。大方のお菓子は私のお腹へ納まりました。きっと体重も増えたことでしょう。
バレエの発表会が近づいているのに確実にやばいです。

羅漢さんの中にも、目が合ってしまうような感覚を楽しんでいましたが、商店街を歩いていたら
「きつねのお面」と思い切り目があいました。
「ね、帰り道に私、あれ買うから。覚えといてね・・」と言っていたら、友達は実にえらい人達
で、帰りにその店の前に再び来ると、「ほら ちいこ。お面お面・・」とみんな口々に私を促し
てくれました。

「ありがとう!かたじけない・・」と言いながら、ヒョットコもいいな・・と浮気心が出まし
たが、最初の印象を大事にして、お狐さんのお面を購入しました。私がお面を袋に入れてもらっ
てお店から出てくると、みんなが笑っている。
「本当に買っちゃうんだ・・」という、ほんの少しだけ驚きを含んだ、でも優しい包み込むよう
な表情で。

丸一日、仲の良い友達とべったりの遠足を楽しみ、たくさんのお菓子ときつねのお面を大事に
持ち帰りました。

翌日、友達の「楽しかったねメール」の中に、「・・で、お面君もご無事でしたか?」と、お面
に触れているものがいくつかあったので、50枚以上の川越写真に加えて、自分のお面装着写真
もDrop Boxに入れてみんなに送りました。

それがやたら好評だったので、ここにも最後に載せておきます。
結局のところ、私のやることはいつも、バカっぽさを拭い去ることができないのです。































































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ここ一週間くらいの間に別々に会った友達のうち二人が、「人のことはわかっても自分のことは
わからない・・」と偶然同じことを言っていたのが不思議だった。

一昨日会ったデコは、小学校時代の親友で、最近交友が再開できてうれしい限りなのだが、
彼女が私の言ったことに対して、「自分のことは本当にわかんなくて・・」とまず言ったのだ。

彼女は優秀な歯科医で、ご主人と二人で開業し、長年良心的かつ腕のいい歯医者さんとして地元で愛され続けている・・これはもちろん本人が言ったことでは断じてなく、私の知ってる彼女の性格・気質・器用さ・頭の良さに加えて、本人が話してくれたことを総合し、私が確信を持って言っているだけなのであしからず。

ご主人は成人歯科・インプラントを、デコは小児歯科・矯正 と、はっきり分業して治療にあた
っているそうで、たまたま食事をしながら、彼女の専門に話が飛んだ。それは、ワイヤーしか思い
浮かばない矯正に対する私のイメージを、180度ひっくり返す話だった。

「乳歯の段階で、歯と歯の間にすき間がなければ、永久歯になる時に歯並びが乱れるのは必至。
だからその場合、まだ骨格のやわらかい段階に、口蓋に金属のつっかえ棒を挟み込み、そのねじを
少しずつ広げて、口蓋を広くする。つまり歯並びのUの字が、半円に近くなるように形を変え、
大きな永久歯がきれいに収まるようにするのよ。」

私は本当にびっくりしてしまった。そうか、歯並びを矯正するのでなく、口蓋を矯正するのか。
つまり骨格を変えてしまうということだ。

その話の後に、今度は私のやっていることにデコが興味を示し、職業柄避けられない彼女の肩こ
り症状に効く動作のいくつかを私が教えていたら、デコが言ったのだ。

「あとね、私体がすごく固くて特に足の裏側が引きつって前屈がちょっとしかできないのよ・・
ね、どうしたらいいの?」

私は笑いながら言ったのだ。
「デコさあ、子供さんの口蓋を1ミリ1ミリぎりぎりと押しひろげているんでしょ?子供たちは
理想的な骨格を手に入れるために痛さを我慢してるんでしょ? 足の裏側の筋肉だって同じだよ。
1ミリずつ伸ばして行けば10年後には前屈べったりくっついてるはずだよ。それってさ、
あらゆることに応用できることじゃない?」

デコは、小さくアッと言い、はあ~っ、ほんとだ。とため息をつきながら、自分の事ってわから
ないよね・・専門外ってわからないもんだね・・と言ったのだ。

先日、スーパーでSAEさん(仮称)とばったり会ったら、「何かオーラも表情もずいぶん前と変わったね。いや、すごくいい方に変わってる。本当にいい表情してるね・・」と言ってくれた。
彼女は繊細に何かを感じ取る能力を持っている。

その数日後、バレエ仲間のハトちゃんとサトちゃんと私とSAEさんで、ハトちゃん家に集まり、
お昼ご飯を一緒に食べることができた。この4人が集まると話はつきないのだが、中でもSAE
さんの特殊能力に私たちは一目置いていて、彼女の話を興味深くふんふんと聞いてしまうのだ。

もう日も暮れたころ、SAEさんが言ったのだ。
「こと自分の事となると、まったく何も見えなくて。本当に自分のことはわからない。だから
相性の悪い相手を二度も選んでしまったの・・」

そうか、自分の事ってわからないのか。
神様にはすべて見えているのかな?
でも、神様ももしかしたら自分の事だけわからないってこと、あると思わない?
「 バクマン。」観てきましたよ!!

私はミーハーなのでね。観た後に、「バクマン ダイカット ラバークリップ」なるものを
購入してしまいました。着ているVネックのTシャツの、Vの2辺のそれぞれに、ブローチみたい
にくっつけて、ルンルンしながら家事してる。で、今も付いているのね。

左には、シュージンのエンジとねずみ色のジャージをかたどったクリップ、右には、サイコーの
ブルー系の太めのボーダーTシャツに重ねられたブルーのパーカーのクリップ。
ふたつつけてるとコントラストがすごくいいの。あの映画の中のサイコーとシュージンみたいに。

漫画家さんの毎日というのは、私にとって完全なる異世界です。
私の大好きな漫画家、大島弓子さんのノンフィクション漫画に、よく締め切り前の「修羅場」が
描かれていた。

象を描けば近未来の宇宙人になってしまう私にとって、一日だって徹夜ができないへなちょこな
私にとって、3日も4日も寝ないでネームを考えたり、大小様々なコマ絵を髪振り乱しながら描
き続けるなんて、完全に想像を絶する世界だったのだ。漫画家さんに一番必要なのは、ストーリ
ーや絵を創造する才能に加えて、頑丈な肉体であるのはきっと間違いないでしょう。

「バクマン。」の、サイコーの体が限界に達して、トイレで自分の血尿を見て倒れるシーンがある。それで、大島弓子さんの修羅場シーンにも血尿事件があったのを思い出した。

ただサバイバルできなかったのは大島さん本人ではなく、飼い始めたばかりの猫の「サバ」
だった。サバのお便所を見た大島さんは、「うわーきれいなルビー色のおしっこ・・なんて言っ
てる場合ではない!これは血尿だ。」と焦ってサバを獣医さんに連れて行くことに。

傍にいる人間たちの嵐のような精神状態が、猫に血尿を出させる・・いやこれは想像を絶する
世界なんだろうな、と私は呆然としたのをおぼえている。

クリップだけでなく、バクマンのパンフレットも買ったらね、これがまたユニークなパンフ
レットで、読み応えがあった。写真や文章も、徹底して漫画のコマ割りや吹き出しを意識して
あって、映画のパンフレットを読んでいる感覚と大きく違う楽しさを味わえた。

私がワクワクするのはね、サイコー・シュージンコンビが、佐藤健くん・神木隆之助くんコンビ
の実際の関係性によって、映画の中で確実に影響されている部分。

健君はインタビューで言ってました。
「リュウの演じるシュージンがすごくしっくりくるんですよ。」って。
この「しっくりくる」って何気ない言葉だけど、最高の褒め言葉だよね。
シュージンがサイコーに漫画を描くことへの熱い情熱を語っているシーンを見ている時、あれ?
私今お芝居観てるんだよね・・演技なんだよね・・と、自分の頭にふとよぎったのが不思議だ
った。それくらい隆君はすごかった。それをね、健くんがちゃんと認めてる。
で、隆君はというと、あまりに正直に健君への憧れを言葉にしてしまったことで、何か今ネット
を騒がしているとかいないとか。

少年ジャンプを再現したロケセットを見て、実際の編集部の方が思わずうなった、という
エピソードは、とてもうなづける。って私は本物見たことないのだけれど、あの空間は、
ふつうの人は入ることを許されない空気感がある。長年たくさんの人たちを楽しませるために
集結され続けてきた情熱とエネルギー。怒鳴り声、汗、迫りくる時計の音、交差する足音、
切り捨てられたトカゲのしっぽ、怨念、強欲、ばんざい、涙、狂気、興奮、喜び。
あらゆるものが渦巻いていて、私は一瞬息を止めてしまった。

大根仁監督の映画はこれからもずっと観ていきたい。




12月の発表会に向けて、私の通っているバレエクラスでのリハーサルが白熱しつつある。
その合間にもヨガは欠かさず行っている。私にとってそれは、体や( 心 )のメンテのためにも
必要だから。

この二つの身体運動、ヨガとバレエは、外見はまったく違うもののように見えるけど、実は
身体の使い方だけににフォーカスすると、両者にはたくさんの共通点がある。

それは、揺るぎない体の軸や、適切な呼吸とリズムの必要性、加えてバランスや柔軟性が
不可欠である点だと言える。でもその中でも私が最近もっとも求めているのは、「つながり」
の感覚である。

床についているつま先から頭のてっぺんまでのつながり、体の中心から広げた腕から指先に
かけてのつながり。これらがうまい具合にコーディネイトできてこそ、たとえば、美しい
アラベスクをキープできるのだ。

ヨガを真剣にやりだしてから、嬉しいことに、その「つながり」の感覚が研ぎ澄まされてきている
のを感じている。

「ヨガ」という言葉自体、「つなぐ」という意味なのだそうだ。
自分と大切な人たちとのつながり。自分と宇宙とのつながり。それは自分と宇宙の神とのつながり
を示唆し、その神は、実はそれぞれの人の心にも存在する。

ちょっと宗教がかって聞こえるかもしれないが、私がこれを自然に受け入れることができるのは、
それが100パーセント個人個人の感覚に任されていて、同時に排他的なものとは程遠いから
である。

そのような境地にたどり着いた私の好きなヨガポーズは、すべて、自分が地球と宇宙の媒体に
なりうるようなポーズだ。大げさに聞こえる? でも本当なの。
今私が一番好きなアサナは「アルダ・チャンドラーサナ」・・半月のポーズ。

片足は地面に突き刺さり、片手が空の彼方へ・・説明しづらいのでアルダ・チャンドラーサナ
クリックしてみてください。このアーサナを完成ポーズに持っていくためには、強固な軸と
バランス力と柔軟性(骨盤の向きを90度回旋させなくてはならないので)が必要になってくる。
でもそこまで到達すると、何の力も入れずに体がつながる瞬間がくる。
自分の内側の中心エネルギーが外側へと流れだし、その方向性がどんどん広がって行くと、
大地と空のつながり、地球の奥底と宇宙のつながりの一部となる自分がイメージできる。
それは気持ちのいい瞬間なのだ。

この「つながり」の経験が、たとえば、人と人とのつながりの感覚をも敏感にする。

「海辺のカフカ」の舞台を先週観に行って来た。
場面数の多さと複雑な構成が一つの特徴である春樹さんの原作を読む限り、この世界観を
いったいどのように舞台上に創るのかまったくの疑問であった。脚本にももちろん興味が
あった。

まだ上演中なのであまり言うべきではないのでしょうが、種明かしのひとつは、いくつもの
巨大なガラス・・もしくはプラスチック?の箱で、それらが舞台上をなめらかに行き来して
スムーズにいくつものシーンの交換が行われていた。

私が一番驚いたのは、宮沢りえさんの佐伯さん、藤木直人さんの大島さん、老人ナカタさん、
青年ホシノさん・・すべての登場人物が、小説のイメージを少しも裏切っていなかったことだ。

舞台終了後、出演者のみなさんが一列になって挨拶をしてくれた。
後方の席であったにもかかわらず、私は宮沢りえさんや藤木直人さんとのつながりを一瞬感じる
ことができた。後方席の、暗闇の一点に過ぎない私であっても、媒体に徹っしさへすればそこに
つながりは生まれるのだ。

「つながり」は、最近世の中でとみに使われてきた言葉であるけれど、私にとっては永遠の
テーマであり、希求してやまない光なのだ。




ブログを書くときに、ほとんど無意識に実行していることがある・・はずなのです。
それを意識の上に持ってきて、具体的な言葉にすると、多分こんな風だと思う。

嘘をつかない。物事を大げさに書かない。自分の感情のはけ口にしない。
実存する登場人物を守る。  もっとあるだろうか? ま、基本はこんな感じ。

で、最近またシナリオセンターに通い出してシナリオを書いていると、同じ私が書いた物が
それとは反対方向へと突っ走る。
つまり、そこにあるものは、全部嘘で、物事がやたら大げさに展開し、登場人物に入れ込むあまり、
ふと気づくと自分自身の感情をその人物にぶつけ、熱く語らせていたりしているのだ。
その結果、気の毒なことに、そこに登場する彼女や彼は、その世界ですり減ってへとへとになった
りしている。

ちょっと罪悪感を感じるけど、フィクションも楽しいな。主婦の趣味としてはなかなかいいかも
しれない・・と最近思ってる。

昨日書いたせりふの一部に、
「・・・何かに書いてあったよ。悲劇ってのはさ、人の悪い部分からではなくて
良い部分から生まれるって。正義感とか優しさとか愛とかから悲劇は生まれるって・・」

これはね、最近村上春樹さんの「海辺のカフカ」を読み直していて、再会した言葉でね。

来週、蜷川さん演出の「海辺のカフカ」観に行くんだ。
すごい楽しみにしているの。

春樹さんのカフカがアメリカで脚本化されて、それを逆輸入したような形で日本語に翻訳され
たものが蜷川さんの手にかかり上演されている。

お芝居なんてほとんど観た経験がない私。
でも最近は、ピンと来たら行動するようにしているの。
今日中に「海辺のカフカ」読み終わりそうです。



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