日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
ハルになりたい
心地良い場所を本能で探し当てては「の」の字のように体を丸め、すやすやと眠る
ハルを見て、私たちは何度この言葉を言ったことだろう。
つい数日前も、出窓で寝そべり寝息を立てているハルを遠めに、ダンナがため息のように
言った。そう・・ハルになりたい・・と。
いつものことだから私はあえて反応しない。そうしたらダンナが続けて言った。
「でも・・ワンしかいえないのは辛いかなあ・・」
意地の悪い私が思わず反応する。
「えーっ?・・ワンとおんなじ位の人間の言葉、レベル・量しか喋ってないじゃん・・」
「ひっ、ひどい! ワンだけじゃ仕事できないって」
ぎゃはぎゃは と笑う私。
「想像するとめちゃおかしい。 上司にむつかしいこと言われて、『ワン!』って言ってん
の考えたら・・めちゃおかしい!・・あーお腹いてえー」
子供たちも昔よく言っていた。
「いいなハル君。ハル君になりたいな。やりたくないことやらなくていいのが、いい」
それを聞いて、悪魔のような私が反応する。
「でもさ、チエコにぐちゃぐちゃにいじくりまわされちゃうんだよ。それでもいいの?」
「それくらいなら我慢できると思う」と二人はうなづき合った。
「でもさ、チエコのおっぱい飲まされちゃうかも・・だよ。それでもいいの?」
「・・・・・・・・・そ、それはちょっと・・」
「え~?そうなのお? 二人とも赤ちゃんの時喜んで飲んでたくせに」
非常識な母親である。
おっぱい・・の件は、ブログをさかのぼっていただくと納得できるかと・・いや納得できない
だろ。これ以上読むの、自主BANされてもしょうがないって思ってる。
ご自由に。
何を言いたいかというと、ハルの毎日はなんと平和でストレスのない穏やかな日々だろう、
ということ。のはずだったのに、余計な事書いてしまって。ま、いいか。
ホント可愛くてね。可愛いなあ・・と極限まで、いやそこを飛び越えるほどに感じて、
もしも「愛」 というものが目に見えるのなら、ハルを愛でる私の周りには愛があふれて
踊ってるはず。
一番すごいと思うのは、人間て欲望のままに生きてたらとても醜いことになるでしょ?
ハルは欲望のままに生きているのにめちゃくちゃ可愛い。存在そのものが 祈りに近い。
合掌。
最近、おしゃれなお菓子とは対極の、昭和のおばあちゃんが作っていたようなドーナツや
ホットケーキを作ることに熱中している。素朴な風味は飽きないわ。
今日もドーナツと、ついでにその生地を使ってアメリカンドッグを作ろうと思っている。
昨日娘の月命日で、お墓にお参りに行ってきた。
ペットと入れるお墓なので、まだ生きて元気なハルの墓石もすでにある。
あれから2か月経って、娘により会いたい、そして 寂しい と感じている。
ここ一週間位、お香典のお返しにあれやこれや時間を費やしていた。
形だけにしたくなくて、その選択に時間をかけた。
一部の方には、私の大好きなガラス作家さんの一輪挿しとグラスのセットを送った。
ついでに自分のためにも レモンとライムのグラスを購入した。
またまたついでに、別のガラス作家さんから カメ と ゾウ も購入した。
これが全部可愛くて時間ができると微笑みながら眺めてる。
英語の本を読む楽しさを再び味わってから、テネシーウィリアムズ の「ガラスの動物園」
を久々に手に取り、読み直した。
とてもシャイで引きこもりがちなローラが大切にしているガラスの動物たち。
その動物たちの中の「ユニコーン」の存在が、この劇の小さなキーとなっている。
ガラス作家さんとメールでやり取りして、
「カメとゾウを買わせていただいたことで、ガラスの動物園という本を読みました。
そこにユニコーンが出てくるのです。もしも可能ならばユニコーン作って欲しい
です。ゆっくり待ってます」という私のメールに
「素敵なアイデアありがとうございます。完成したらのせますね・・」
という温かい良い返事をいただいた。
あー嬉しい。楽しみが増えた。楽しいことを待つのは好きだ。いくらでも待てる。
ハルは というと、自分のお墓がすでに作られていることも全く知らず、食べちゃいたく
なるような可愛い寝顔で ソファーの上でまどろんでいる。

心地良い場所を本能で探し当てては「の」の字のように体を丸め、すやすやと眠る
ハルを見て、私たちは何度この言葉を言ったことだろう。
つい数日前も、出窓で寝そべり寝息を立てているハルを遠めに、ダンナがため息のように
言った。そう・・ハルになりたい・・と。
いつものことだから私はあえて反応しない。そうしたらダンナが続けて言った。
「でも・・ワンしかいえないのは辛いかなあ・・」
意地の悪い私が思わず反応する。
「えーっ?・・ワンとおんなじ位の人間の言葉、レベル・量しか喋ってないじゃん・・」
「ひっ、ひどい! ワンだけじゃ仕事できないって」
ぎゃはぎゃは と笑う私。
「想像するとめちゃおかしい。 上司にむつかしいこと言われて、『ワン!』って言ってん
の考えたら・・めちゃおかしい!・・あーお腹いてえー」
子供たちも昔よく言っていた。
「いいなハル君。ハル君になりたいな。やりたくないことやらなくていいのが、いい」
それを聞いて、悪魔のような私が反応する。
「でもさ、チエコにぐちゃぐちゃにいじくりまわされちゃうんだよ。それでもいいの?」
「それくらいなら我慢できると思う」と二人はうなづき合った。
「でもさ、チエコのおっぱい飲まされちゃうかも・・だよ。それでもいいの?」
「・・・・・・・・・そ、それはちょっと・・」
「え~?そうなのお? 二人とも赤ちゃんの時喜んで飲んでたくせに」
非常識な母親である。
おっぱい・・の件は、ブログをさかのぼっていただくと納得できるかと・・いや納得できない
だろ。これ以上読むの、自主BANされてもしょうがないって思ってる。
ご自由に。
何を言いたいかというと、ハルの毎日はなんと平和でストレスのない穏やかな日々だろう、
ということ。のはずだったのに、余計な事書いてしまって。ま、いいか。
ホント可愛くてね。可愛いなあ・・と極限まで、いやそこを飛び越えるほどに感じて、
もしも「愛」 というものが目に見えるのなら、ハルを愛でる私の周りには愛があふれて
踊ってるはず。
一番すごいと思うのは、人間て欲望のままに生きてたらとても醜いことになるでしょ?
ハルは欲望のままに生きているのにめちゃくちゃ可愛い。存在そのものが 祈りに近い。
合掌。
最近、おしゃれなお菓子とは対極の、昭和のおばあちゃんが作っていたようなドーナツや
ホットケーキを作ることに熱中している。素朴な風味は飽きないわ。
今日もドーナツと、ついでにその生地を使ってアメリカンドッグを作ろうと思っている。
昨日娘の月命日で、お墓にお参りに行ってきた。
ペットと入れるお墓なので、まだ生きて元気なハルの墓石もすでにある。
あれから2か月経って、娘により会いたい、そして 寂しい と感じている。
ここ一週間位、お香典のお返しにあれやこれや時間を費やしていた。
形だけにしたくなくて、その選択に時間をかけた。
一部の方には、私の大好きなガラス作家さんの一輪挿しとグラスのセットを送った。
ついでに自分のためにも レモンとライムのグラスを購入した。
またまたついでに、別のガラス作家さんから カメ と ゾウ も購入した。
これが全部可愛くて時間ができると微笑みながら眺めてる。
英語の本を読む楽しさを再び味わってから、テネシーウィリアムズ の「ガラスの動物園」
を久々に手に取り、読み直した。
とてもシャイで引きこもりがちなローラが大切にしているガラスの動物たち。
その動物たちの中の「ユニコーン」の存在が、この劇の小さなキーとなっている。
ガラス作家さんとメールでやり取りして、
「カメとゾウを買わせていただいたことで、ガラスの動物園という本を読みました。
そこにユニコーンが出てくるのです。もしも可能ならばユニコーン作って欲しい
です。ゆっくり待ってます」という私のメールに
「素敵なアイデアありがとうございます。完成したらのせますね・・」
という温かい良い返事をいただいた。
あー嬉しい。楽しみが増えた。楽しいことを待つのは好きだ。いくらでも待てる。
ハルは というと、自分のお墓がすでに作られていることも全く知らず、食べちゃいたく
なるような可愛い寝顔で ソファーの上でまどろんでいる。
ベッド周りのカバー類を 勢いよくひっぺがして洗濯機にほおりこんだ。
鼻歌を歌いながら上機嫌でベランダに干す。
時折強く吹き付ける風に 大ぶりの洗濯物がそよぐ。
惜しむことなく届いてくれる太陽光線が、厚めの布地をいっぱいに抱きかかえ、重い湿り気を
大気に解き放ってくれる。
この分なら 一日で乾いてくれそう
・・身体が動く。
この一か月、使い物にならなかった身体がしたいように動くんです!
家事をやってて、「そうだ、あれもついでにやっちゃお・・」って思えるってすごい。
やらなきゃならないことさえも息切れして、気持ち悪くなって、やむを得ず中途半端で
放り出し、ソファーに横たわっていた日々。
家事が普通にできるだけでこんな嬉しいんだ。
・・と言ったって、別に家事が好きなわけではない。
だって面倒なことだらけだもの。
好きだけど嫌い。嫌いだけど好き・・何だこれ。思わせぶりな女子高校生の恋愛みたいだな
でも もしも自分のやっている色々なことでひとつしか選べないけど何選びます?
って聞かれたら、私は「家事」って答えると思う。
私の基本だから・・生活を大事にすることが私であることのほとんどをしめているから。
家族や友人には喜ばれることはあるかもしれないけど、家事は基本無償の行為。
料理研究家 とか プロの家事代行 など たくさんのお金を発生させたり名声を得たり
するケースもありながら、ほとんどの場合は家の中で黙々と行う家事は、誰にも認めてもら
えない無償の仕事。
だからホント自由なんだと思う。別にほとんど出来合いのもので夕飯を済ませてもいいし、
滅茶苦茶こだわって作ったっていいし。
だから好きなの。やりたいだけやれるし、しかも自分の方法で。
今日は私 久々にトーンが明るいでしょ? うざかったらすみません。
私は元気がないくらいがちょうどいいのかもしれない。
それでも もう一度言いたい。 体が動くってすごい!
私の愛する娘は 生前動かない体の中にある心で 何を感じていたのだろう。
当たり前のことを当たり前って思わない人が好き。
って 私の好きな人が言ってた。
でもこれは かなりの不調や障害や不幸を経験した人が到達する*フェイズ*だと思う。
若い元気な人にこれを望むのはたいていの場合難しいかもね
うん。私はこれにすっぽり当てはまるよ・・猛アピール!!!(粗品さんの左手!ん?右手かな?)
ピアノ練習も再開できたし。
今はね、すべてのキーで 音階の何音目が黒鍵にあたるかを指に覚えさせている。
F#、 C#、 Bは、ドレミファソラシドの8音の内 6コとか5コが黒鍵でめちゃタフだ・・
あとね、それぞれの和音にどの音を足せば かっこよく響くか・・いわゆるテンションコード
みたいなのを勉強してる。
自己流だから、目指している方向合ってるのか全然わかんないけど、とりあえず煮詰まる
までこの調子で行こうかと。
英語のこと書くって言って、すっ飛ばしたの知ってる。
原書をまず自分で読んで、あとから日本語訳を突き付けて読む。これ楽しいからおすすめ
です。でもこれは中級者以上の人向けのお勧めになってしまうかな。
もう一つのお勧めは、これも中級者以上の人向けだけど、Netflixの映画やドラマで、字幕
設定を英語にするってヤツ。
すごい勉強になる。聞き取れなかったところも静止して勉強できるし。
スラングも覚えられる。
初心者の人に何か言えることがあるとしたら、英語と日本語の語順の違いを把握して、
2種類の動詞 (be動詞と一般動詞) の使い分けがきちんとできるようにして、
You are cool ! と I love you. の違いね。
それを使って疑問形 とか 否定形も ナチュラルに言えるようにして、
be動詞の後に持ってこれる簡単な形容詞 と 一般動詞をできるだけたくさん覚えれば、
かなりのことが言えると思う。
英語の文型の種類って5種類に分けれられるのだけれど、上のことがマスターできれば
2文型と3文型のみで、コミュニケーション充分可能だと思う。
今回久しぶりに原書(英語)で本を読んで、ヒスパニック系の若い女性作家 カリ・ファハルド
=アンスタインさん の色の表現に魅了された。もちろん内容もです。
でも長くなっちゃうので。
たとえばね、crystal blue クリスタルブルー・・透明感のあるブルーなんだろうな・・
って想像してどんなんだろう? って。
以下本の中に出てきた色の一部。
seafoam green ・・・海の泡のようなグリーン
bubble gum pink・・・風船ガムのようなピンク
creamy pastel・・・クリーミーな淡い色合い
baby blue・・・赤ちゃんの洋服に使われるような優しいブルー
avocado green・・・アボカドのような緑
amber colored・・・琥珀色
neon pink・・・ネオンピンク 蛍光性のあるピンク
burgundy・・・バーガンディ ブルゴーニュ地方で作られるワイン色
色の表現が出てくると、そのたびに私はどんな色なんだろう?って想像しては
楽しんでいた。
しかし バブルガムピンクとは、何てアメリカ的なんだろう。
・・・あ~、ハルが私を見つめてる。
わかったよ、今度はハルのことを書くからね。
鼻歌を歌いながら上機嫌でベランダに干す。
時折強く吹き付ける風に 大ぶりの洗濯物がそよぐ。
惜しむことなく届いてくれる太陽光線が、厚めの布地をいっぱいに抱きかかえ、重い湿り気を
大気に解き放ってくれる。
この分なら 一日で乾いてくれそう
・・身体が動く。
この一か月、使い物にならなかった身体がしたいように動くんです!
家事をやってて、「そうだ、あれもついでにやっちゃお・・」って思えるってすごい。
やらなきゃならないことさえも息切れして、気持ち悪くなって、やむを得ず中途半端で
放り出し、ソファーに横たわっていた日々。
家事が普通にできるだけでこんな嬉しいんだ。
・・と言ったって、別に家事が好きなわけではない。
だって面倒なことだらけだもの。
好きだけど嫌い。嫌いだけど好き・・何だこれ。思わせぶりな女子高校生の恋愛みたいだな
でも もしも自分のやっている色々なことでひとつしか選べないけど何選びます?
って聞かれたら、私は「家事」って答えると思う。
私の基本だから・・生活を大事にすることが私であることのほとんどをしめているから。
家族や友人には喜ばれることはあるかもしれないけど、家事は基本無償の行為。
料理研究家 とか プロの家事代行 など たくさんのお金を発生させたり名声を得たり
するケースもありながら、ほとんどの場合は家の中で黙々と行う家事は、誰にも認めてもら
えない無償の仕事。
だからホント自由なんだと思う。別にほとんど出来合いのもので夕飯を済ませてもいいし、
滅茶苦茶こだわって作ったっていいし。
だから好きなの。やりたいだけやれるし、しかも自分の方法で。
今日は私 久々にトーンが明るいでしょ? うざかったらすみません。
私は元気がないくらいがちょうどいいのかもしれない。
それでも もう一度言いたい。 体が動くってすごい!
私の愛する娘は 生前動かない体の中にある心で 何を感じていたのだろう。
当たり前のことを当たり前って思わない人が好き。
って 私の好きな人が言ってた。
でもこれは かなりの不調や障害や不幸を経験した人が到達する*フェイズ*だと思う。
若い元気な人にこれを望むのはたいていの場合難しいかもね
うん。私はこれにすっぽり当てはまるよ・・猛アピール!!!(粗品さんの左手!ん?右手かな?)
ピアノ練習も再開できたし。
今はね、すべてのキーで 音階の何音目が黒鍵にあたるかを指に覚えさせている。
F#、 C#、 Bは、ドレミファソラシドの8音の内 6コとか5コが黒鍵でめちゃタフだ・・
あとね、それぞれの和音にどの音を足せば かっこよく響くか・・いわゆるテンションコード
みたいなのを勉強してる。
自己流だから、目指している方向合ってるのか全然わかんないけど、とりあえず煮詰まる
までこの調子で行こうかと。
英語のこと書くって言って、すっ飛ばしたの知ってる。
原書をまず自分で読んで、あとから日本語訳を突き付けて読む。これ楽しいからおすすめ
です。でもこれは中級者以上の人向けのお勧めになってしまうかな。
もう一つのお勧めは、これも中級者以上の人向けだけど、Netflixの映画やドラマで、字幕
設定を英語にするってヤツ。
すごい勉強になる。聞き取れなかったところも静止して勉強できるし。
スラングも覚えられる。
初心者の人に何か言えることがあるとしたら、英語と日本語の語順の違いを把握して、
2種類の動詞 (be動詞と一般動詞) の使い分けがきちんとできるようにして、
You are cool ! と I love you. の違いね。
それを使って疑問形 とか 否定形も ナチュラルに言えるようにして、
be動詞の後に持ってこれる簡単な形容詞 と 一般動詞をできるだけたくさん覚えれば、
かなりのことが言えると思う。
英語の文型の種類って5種類に分けれられるのだけれど、上のことがマスターできれば
2文型と3文型のみで、コミュニケーション充分可能だと思う。
今回久しぶりに原書(英語)で本を読んで、ヒスパニック系の若い女性作家 カリ・ファハルド
=アンスタインさん の色の表現に魅了された。もちろん内容もです。
でも長くなっちゃうので。
たとえばね、crystal blue クリスタルブルー・・透明感のあるブルーなんだろうな・・
って想像してどんなんだろう? って。
以下本の中に出てきた色の一部。
seafoam green ・・・海の泡のようなグリーン
bubble gum pink・・・風船ガムのようなピンク
creamy pastel・・・クリーミーな淡い色合い
baby blue・・・赤ちゃんの洋服に使われるような優しいブルー
avocado green・・・アボカドのような緑
amber colored・・・琥珀色
neon pink・・・ネオンピンク 蛍光性のあるピンク
burgundy・・・バーガンディ ブルゴーニュ地方で作られるワイン色
色の表現が出てくると、そのたびに私はどんな色なんだろう?って想像しては
楽しんでいた。
しかし バブルガムピンクとは、何てアメリカ的なんだろう。
・・・あ~、ハルが私を見つめてる。
わかったよ、今度はハルのことを書くからね。
喪中はがきを印刷して、ちょうど一週間前の土曜日に郵送した。
すべての友人知人に娘の病気を知らせていたわけではない。
娘の旅立ちを知らない人たちが、一枚のはがきで受けるショックの大きさを考えてしまい、
出さなきゃいけないものでありながら 出したくないな とどこかで思っていた。
週が開けてみると、電話 メール お手紙 お花 お仏前 お供え物のお菓子等々・・娘と私達
へのお心遣いをたくさん頂戴した。
今週はたくさんの人と話をした週でもあった。
お線香をあげたい 私に会いたい そう言って、家までわざわざ来てくださる方が5人ほど
いらしたからだ。
ママ友や以前私が家庭教師をしていた生徒さんのお母さま、前に住んでいたマンションのお隣
さん 大学時代のサークルの先輩、今住んでいるマンションに以前住んでいた友人、そして
小学校時代からの親友。
娘との闘病生活や娘の死について、自分が目の前にいる人にどのような言葉でどう語るのか
が想像できなかった。
でもね、蓋を開けてみると ちっとも難しくなかったの。
不安をよそに、自分の気持ちとズレのない言葉が自然と自分から出てきてくれた。
相手も私の話に深く感じ入ってくれている様子で、所々一緒に涙を共有したりしながら
いい時間を過ごせた。
それで気づいたのが、「このブログが私の話す言葉にとても貢献している」 ということだ。
カッコつけたくて、少しばかり文学的要素を加味することはあっても、ここに書いたことは
すべて真実。自分が感じたこともストレートに書いてきた。
それでも「書く」という行為はとても客観性を必要とする。
自分方位にならずに人に伝わりやすいように書きたいと思って書いてきた。
だからいざ人に話をするとなった時、すでにゆるぎないベースがそこにあったのだ。
あとは相手との話の流れで、使う形容詞や話す順番や緩急を変えるだけで、言いたいことは
いつもすっきりと伝えられた。
人と会って自分の感じたままを話す・・これが私を不調から引っ張り出してくれた。
木曜日は小学校時代の親友デコが、埼玉から2時間半かけて我が家に来てくれた。
少し距離があることもあり、数年に一度の割合で会っていたので、娘の闘病が、デコと会わ
ない期間にすっぽりハマっていた。
デコは徹底したベジタリアン。
お昼を用意するためにマクロビ的な献立を考える。
野菜のポタージュスープにブイヨンは使えない。ガーリックソルトや乾燥ハーブ、クレージー
ソルトなどで代用する。(あ、思い出した。クレージーソルトはネタにするには周知度が
少なすぎるんじゃないかなLOL)
パンは前日焼いたゴマのパン、それにサラダ。
とても美味しい!と言って食べてくれた。
デコに話した私の言葉。
「もしも神様がいるとしてね・・神様にこう言われたような気がするの。
31年の命 という運命はどうしても変えてあげられないけれど、それ以外すべてをうまく
いくようにしてあげる・・って。不幸の中、私幸せだったなって。不幸の中で感じる幸せは
とてつもなく深くて感謝に満ち溢れているのよ・・」
「早希はね 強かった。
自分がどんなに病状が悪化しても外見が変化しても、会いにきたいと言う人たちを最後まで
拒まなかった。私はすごく不思議だったのよ。私だったらできないなって。
そしたら息子が言ったの。『早希こう言ってたよ・・私は自分の死で 周りの愛する人たち
に誰一人として後悔してもらいたくない・・って』 私なんかそれ聞いて打ちのめされたのね。
彼女は娘でありながら、私よりもずっと高い魂の持ち主なんだなって・・」
人に話を聞いてもらえるっていうのは宝物だね。
ゼロイチエピソードトークは、フィクションを描く時しか私にはできない。
このブログは純粋に 『イチイチトーク』です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー*
今、夜の9時。
ここからは付け足しで。
今日は午前中から出かけて 早希の49日 納骨を終えてきた。
いいお天気で風が気持ちよく、お花もにこやかに揺れていた。
一段落ついて、さあ私は明日から どうやって生きてゆくのかな



すべての友人知人に娘の病気を知らせていたわけではない。
娘の旅立ちを知らない人たちが、一枚のはがきで受けるショックの大きさを考えてしまい、
出さなきゃいけないものでありながら 出したくないな とどこかで思っていた。
週が開けてみると、電話 メール お手紙 お花 お仏前 お供え物のお菓子等々・・娘と私達
へのお心遣いをたくさん頂戴した。
今週はたくさんの人と話をした週でもあった。
お線香をあげたい 私に会いたい そう言って、家までわざわざ来てくださる方が5人ほど
いらしたからだ。
ママ友や以前私が家庭教師をしていた生徒さんのお母さま、前に住んでいたマンションのお隣
さん 大学時代のサークルの先輩、今住んでいるマンションに以前住んでいた友人、そして
小学校時代からの親友。
娘との闘病生活や娘の死について、自分が目の前にいる人にどのような言葉でどう語るのか
が想像できなかった。
でもね、蓋を開けてみると ちっとも難しくなかったの。
不安をよそに、自分の気持ちとズレのない言葉が自然と自分から出てきてくれた。
相手も私の話に深く感じ入ってくれている様子で、所々一緒に涙を共有したりしながら
いい時間を過ごせた。
それで気づいたのが、「このブログが私の話す言葉にとても貢献している」 ということだ。
カッコつけたくて、少しばかり文学的要素を加味することはあっても、ここに書いたことは
すべて真実。自分が感じたこともストレートに書いてきた。
それでも「書く」という行為はとても客観性を必要とする。
自分方位にならずに人に伝わりやすいように書きたいと思って書いてきた。
だからいざ人に話をするとなった時、すでにゆるぎないベースがそこにあったのだ。
あとは相手との話の流れで、使う形容詞や話す順番や緩急を変えるだけで、言いたいことは
いつもすっきりと伝えられた。
人と会って自分の感じたままを話す・・これが私を不調から引っ張り出してくれた。
木曜日は小学校時代の親友デコが、埼玉から2時間半かけて我が家に来てくれた。
少し距離があることもあり、数年に一度の割合で会っていたので、娘の闘病が、デコと会わ
ない期間にすっぽりハマっていた。
デコは徹底したベジタリアン。
お昼を用意するためにマクロビ的な献立を考える。
野菜のポタージュスープにブイヨンは使えない。ガーリックソルトや乾燥ハーブ、クレージー
ソルトなどで代用する。(あ、思い出した。クレージーソルトはネタにするには周知度が
少なすぎるんじゃないかなLOL)
パンは前日焼いたゴマのパン、それにサラダ。
とても美味しい!と言って食べてくれた。
デコに話した私の言葉。
「もしも神様がいるとしてね・・神様にこう言われたような気がするの。
31年の命 という運命はどうしても変えてあげられないけれど、それ以外すべてをうまく
いくようにしてあげる・・って。不幸の中、私幸せだったなって。不幸の中で感じる幸せは
とてつもなく深くて感謝に満ち溢れているのよ・・」
「早希はね 強かった。
自分がどんなに病状が悪化しても外見が変化しても、会いにきたいと言う人たちを最後まで
拒まなかった。私はすごく不思議だったのよ。私だったらできないなって。
そしたら息子が言ったの。『早希こう言ってたよ・・私は自分の死で 周りの愛する人たち
に誰一人として後悔してもらいたくない・・って』 私なんかそれ聞いて打ちのめされたのね。
彼女は娘でありながら、私よりもずっと高い魂の持ち主なんだなって・・」
人に話を聞いてもらえるっていうのは宝物だね。
ゼロイチエピソードトークは、フィクションを描く時しか私にはできない。
このブログは純粋に 『イチイチトーク』です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー*
今、夜の9時。
ここからは付け足しで。
今日は午前中から出かけて 早希の49日 納骨を終えてきた。
いいお天気で風が気持ちよく、お花もにこやかに揺れていた。
一段落ついて、さあ私は明日から どうやって生きてゆくのかな
朝食の片づけをしていたら、コツン という小さく鈍い音が聞こえた。
ハルが出窓に横たわるスペースを確保するために、私の大事なガラスのうさぎをマズルで
ひょいと押しのけたようだ。うさぎは無残にも片耳が折れてソファーの背もたれに転がって
いた。ハルの鼻先に、うさぎと 今となっては金平糖のように見える うさぎのかけらを近
づけ、私は文句を言った。
「ハル君、うさぎ ママとっても大事にしてたのよ・・」
ハルはしばらくの間 下瞼の上に細い三日月のような白目を見せてじっと私を見ていた。
そして ここぞというタイミングで とろけるような甘え声で私を操り始める。
私は操られていることを充分に知りながら、だんだんとその甘美さにはまっていく。
怒りなどどこを探してもひとかけらもない。
怒ったふりをしてみるものの、うっすらとほほ笑んでしまう私。
策士ハルに ばれないわけない。
チョロい と思われているに違いないのだ。
ハルが曇りガラスのうさぎの胴体を丁寧に舐め始めた。
薄い舌が、うさぎの 曇り色 をクリアにしていく。
そうか、
普段引き出しの奥の方で眠っている接着剤は、こういう時こそ日の目を見るってことね。
犬年齢15歳⇒人間年齢76歳。
これが真実ならばハルはなんて元気な76歳だろう。
新しく買ったソファーに果敢にジャンプし、背もたれもよじ登り、日向ぼっこ目指して
窓辺へ移動・・・これは計算外だった。ハルの身体能力を低く見過ぎていた。
それが本日の敗因。
ハルは我が家で一番健康で元気なのだ。
私はというと、あれからまだ不調から抜け切れていない。
たぶんだけどね、頑張って避けてきた 感情 言葉 「可哀そう・・」を色んな場面に
許し始めたことで、私のうわべだけの強さが崩れたんじゃないかと思う。
早希ちゃん病気になって可哀そう・・歩けなくなってしゃべれなくなって可哀そう・・
あんなに早く死ななきゃならないなんて可哀そう・・娘を亡くして 私すごく可哀そう・・
可哀そう・・は、弱り切ってもいいよっていうボタンみたいなもので、それを押してしまった
ことで、私は素直に弱り切ってしまったようなのだ。
それでも薬も効いたのか、ゆっくり家事をしたり (まじ時間かかるけど)、新聞読んだり、
軽いヨガをしたりはできるようになってきた。
悲しいのは、ヘッドホンを使ってピアノを練習すると、頭痛とめまいが再発することだ。
今一番やりたいピアノが弾けない。
焦ることは何にもない・・そう自分に言い聞かせる。
代りにできることを探してみたら、ちょっと前にアマゾンブックスで買ったまま読んで
ない英語の本があった。
表紙がめちゃくちゃ美しい「SABRINA & CORINA」を試しに手に取って読み始める。
夢中になった。この一週間はこれを読んで過ごした。
ラテンアメリカ系の女性の短いお話、12話で成っている。
あと2話で読み終わる。
一体何個の英単語を辞書で調べただろう。
いくつか意味があいまいなところもあるので、昨日またアマゾンで同じ本の日本語訳も買って
みた。来るのがすごく楽しみ。自分がもった英文のイメージと本当に書かれていることのずれ
を細かく埋めていきたい。
英語は以前たくさんの生徒さん 中学生から大学受験生までを教えていたけれど、今自分の
楽しみとして勉強するのがとても楽しい。勉強 というより趣味かな。
言葉はコミニュケーションツールだし、読むとなると 原書で読むことがより異文化を
立体的に感じることができるから。
次はそんな英語のことを書いてみたい。できたら だけど。



ハルが出窓に横たわるスペースを確保するために、私の大事なガラスのうさぎをマズルで
ひょいと押しのけたようだ。うさぎは無残にも片耳が折れてソファーの背もたれに転がって
いた。ハルの鼻先に、うさぎと 今となっては金平糖のように見える うさぎのかけらを近
づけ、私は文句を言った。
「ハル君、うさぎ ママとっても大事にしてたのよ・・」
ハルはしばらくの間 下瞼の上に細い三日月のような白目を見せてじっと私を見ていた。
そして ここぞというタイミングで とろけるような甘え声で私を操り始める。
私は操られていることを充分に知りながら、だんだんとその甘美さにはまっていく。
怒りなどどこを探してもひとかけらもない。
怒ったふりをしてみるものの、うっすらとほほ笑んでしまう私。
策士ハルに ばれないわけない。
チョロい と思われているに違いないのだ。
ハルが曇りガラスのうさぎの胴体を丁寧に舐め始めた。
薄い舌が、うさぎの 曇り色 をクリアにしていく。
そうか、
普段引き出しの奥の方で眠っている接着剤は、こういう時こそ日の目を見るってことね。
犬年齢15歳⇒人間年齢76歳。
これが真実ならばハルはなんて元気な76歳だろう。
新しく買ったソファーに果敢にジャンプし、背もたれもよじ登り、日向ぼっこ目指して
窓辺へ移動・・・これは計算外だった。ハルの身体能力を低く見過ぎていた。
それが本日の敗因。
ハルは我が家で一番健康で元気なのだ。
私はというと、あれからまだ不調から抜け切れていない。
たぶんだけどね、頑張って避けてきた 感情 言葉 「可哀そう・・」を色んな場面に
許し始めたことで、私のうわべだけの強さが崩れたんじゃないかと思う。
早希ちゃん病気になって可哀そう・・歩けなくなってしゃべれなくなって可哀そう・・
あんなに早く死ななきゃならないなんて可哀そう・・娘を亡くして 私すごく可哀そう・・
可哀そう・・は、弱り切ってもいいよっていうボタンみたいなもので、それを押してしまった
ことで、私は素直に弱り切ってしまったようなのだ。
それでも薬も効いたのか、ゆっくり家事をしたり (まじ時間かかるけど)、新聞読んだり、
軽いヨガをしたりはできるようになってきた。
悲しいのは、ヘッドホンを使ってピアノを練習すると、頭痛とめまいが再発することだ。
今一番やりたいピアノが弾けない。
焦ることは何にもない・・そう自分に言い聞かせる。
代りにできることを探してみたら、ちょっと前にアマゾンブックスで買ったまま読んで
ない英語の本があった。
表紙がめちゃくちゃ美しい「SABRINA & CORINA」を試しに手に取って読み始める。
夢中になった。この一週間はこれを読んで過ごした。
ラテンアメリカ系の女性の短いお話、12話で成っている。
あと2話で読み終わる。
一体何個の英単語を辞書で調べただろう。
いくつか意味があいまいなところもあるので、昨日またアマゾンで同じ本の日本語訳も買って
みた。来るのがすごく楽しみ。自分がもった英文のイメージと本当に書かれていることのずれ
を細かく埋めていきたい。
英語は以前たくさんの生徒さん 中学生から大学受験生までを教えていたけれど、今自分の
楽しみとして勉強するのがとても楽しい。勉強 というより趣味かな。
言葉はコミニュケーションツールだし、読むとなると 原書で読むことがより異文化を
立体的に感じることができるから。
次はそんな英語のことを書いてみたい。できたら だけど。
すべての行動が 初めての経験 のようだ。
ただ歩いても お水を飲んでも 洗面所の鏡を磨いても。
この一週間、私はこんこんと眠ること以外ほとんど何もしなかった。
これまでとは比べ物にならないくらいのとんでもなく酷い眩暈に襲われたからだ。
月曜日、あまり体調がよくなかったけれど「たぶん大丈夫・・」と言ってダンナを最寄りの
駅まで送っていった。帰りも滞りなく運転し終えて駐車場に着き、助手席にちょこんといる
ハルの散歩をする気満々だった。
ところがエンジンを切った途端、今までに経験したことのない速さのグルグルに襲われた。
リクライニングを倒し、できる限り座席をフラットにして目をつむった。
しばらくして目を開ける。体を起こしてみる。
間髪入れず、吐き気が体を痙攣させる。どうにかこうにか外に出て朝飲んだコーヒーを吐く。
ハルが心配そうに私の手の甲を舐める。
5回ほどそれを繰り返すと、空っぽの胃は、粘膜にわずかに残った胃液を、形だけでもせり
あげようとするかのように その形状を上下左右斜めとひきつらせる。
ハルを抱えて家に着く・・この限りもなく高いハードル。
とてもできそうになかったことを それでも悪戦苦闘で何とかやり終え、ベッドに直行。
そこから昨日医者に行けるようになるまで、ほとんど体を横たえて過ごしていた。
色んな検査をしてもらったけど、「メニエール病と診断するには 耳鳴り と 聴覚低下
が出てないのではっきりしません・・聴力はすこぶるいいし・・メニエール病でしょうか・・
とくらいにしか言えません」と先生に言われ、薬を出してもらった。
自分がわからないところで何かが体や心に蓄積し、オーバーロードになってたのかもし
れない。
一週間ちゃんと歩けなかった私が久しぶりに歩く。
身体のバランス感覚 足の裏の感覚が研ぎ澄まされる。
吐き気が治まり 初めて食べる白米の甘さ。
水はねが付いた洗面所の鏡をつま先立ちで磨いてみる。
何かができる、また一から始められる。
やるせない無能感からの脱却。
ヨガのクラスをキャンセルした。
生徒さん達との交流、すごく大切にしてるのに。
ヨガを教えていたり、かつてバレエを踊っていた時もいつも感じていた違和感があった。
生徒さんたちにヨガを教える私は、
「この10人くらいの人たちの中で、たぶん私が一番体弱いんだろうな・・いいのかな
こんなことさせてもらって・・」と時々思っている。
バレエの稽古をしながら、こんな鋼のような体力を持つ人たちの中に、私がいるのが不思議
・・そう思っていた。
私が体を動かすようになった動機は、体を動かさなければ、し続けなければ どんどん体が
弱り切って、廃人になってしまいそう・・という恐怖から逃れるためであって、
自分を向上させようとか素敵な趣味を持とう ということとはまったく違ったものだった。
続けていたらいつの間にかヨガの先生になっていて、本当の所ちょっと戸惑っている。
でもね、考え方を変えたの。弱さは時に優しさに繋がるって。
だから今は自信を持って天職だと思ってヨガの先生をやっている。
コロナでずっとお休みしていたけど。
先週 アイヌモシリ という映画を観て。
ヒグマの魂を神に捧げる、熊送りの儀式「イオマンテ」の復活に、14歳のカントが子熊の
世話を任せられることで深く関わっていく。
アイヌ文化に織り込まれているイオマンテ と 少年の子熊チビへの愛情。
カントの反抗、願いも虚しく、子熊は儀式当日、たくさんの矢を射られ、その命を神に捧げら
れてしまう。
お頭となったチビと再会するカント。
チビのお頭を囲んで酒盛りする大人たちの間で、少年は深い眠りに落ちる・・・・・
・・カントは自分の気持ちに折り合いをつけることができたのだろうか。
長い歴史や文化の中で行われてきた行事は、たぶん理屈などないのだろう。
「お葬式に葉っぱひとつしかだめです。お花は飾れません。決まりなんです。
どうしようもないんです。」
という声がその時私の中にこだました。
色々言っちゃって、こっちのしたいようにしちゃったけど、そっちはそっちでどうしようも
ないこともあるのよね。ごめんね。
ただ歩いても お水を飲んでも 洗面所の鏡を磨いても。
この一週間、私はこんこんと眠ること以外ほとんど何もしなかった。
これまでとは比べ物にならないくらいのとんでもなく酷い眩暈に襲われたからだ。
月曜日、あまり体調がよくなかったけれど「たぶん大丈夫・・」と言ってダンナを最寄りの
駅まで送っていった。帰りも滞りなく運転し終えて駐車場に着き、助手席にちょこんといる
ハルの散歩をする気満々だった。
ところがエンジンを切った途端、今までに経験したことのない速さのグルグルに襲われた。
リクライニングを倒し、できる限り座席をフラットにして目をつむった。
しばらくして目を開ける。体を起こしてみる。
間髪入れず、吐き気が体を痙攣させる。どうにかこうにか外に出て朝飲んだコーヒーを吐く。
ハルが心配そうに私の手の甲を舐める。
5回ほどそれを繰り返すと、空っぽの胃は、粘膜にわずかに残った胃液を、形だけでもせり
あげようとするかのように その形状を上下左右斜めとひきつらせる。
ハルを抱えて家に着く・・この限りもなく高いハードル。
とてもできそうになかったことを それでも悪戦苦闘で何とかやり終え、ベッドに直行。
そこから昨日医者に行けるようになるまで、ほとんど体を横たえて過ごしていた。
色んな検査をしてもらったけど、「メニエール病と診断するには 耳鳴り と 聴覚低下
が出てないのではっきりしません・・聴力はすこぶるいいし・・メニエール病でしょうか・・
とくらいにしか言えません」と先生に言われ、薬を出してもらった。
自分がわからないところで何かが体や心に蓄積し、オーバーロードになってたのかもし
れない。
一週間ちゃんと歩けなかった私が久しぶりに歩く。
身体のバランス感覚 足の裏の感覚が研ぎ澄まされる。
吐き気が治まり 初めて食べる白米の甘さ。
水はねが付いた洗面所の鏡をつま先立ちで磨いてみる。
何かができる、また一から始められる。
やるせない無能感からの脱却。
ヨガのクラスをキャンセルした。
生徒さん達との交流、すごく大切にしてるのに。
ヨガを教えていたり、かつてバレエを踊っていた時もいつも感じていた違和感があった。
生徒さんたちにヨガを教える私は、
「この10人くらいの人たちの中で、たぶん私が一番体弱いんだろうな・・いいのかな
こんなことさせてもらって・・」と時々思っている。
バレエの稽古をしながら、こんな鋼のような体力を持つ人たちの中に、私がいるのが不思議
・・そう思っていた。
私が体を動かすようになった動機は、体を動かさなければ、し続けなければ どんどん体が
弱り切って、廃人になってしまいそう・・という恐怖から逃れるためであって、
自分を向上させようとか素敵な趣味を持とう ということとはまったく違ったものだった。
続けていたらいつの間にかヨガの先生になっていて、本当の所ちょっと戸惑っている。
でもね、考え方を変えたの。弱さは時に優しさに繋がるって。
だから今は自信を持って天職だと思ってヨガの先生をやっている。
コロナでずっとお休みしていたけど。
先週 アイヌモシリ という映画を観て。
ヒグマの魂を神に捧げる、熊送りの儀式「イオマンテ」の復活に、14歳のカントが子熊の
世話を任せられることで深く関わっていく。
アイヌ文化に織り込まれているイオマンテ と 少年の子熊チビへの愛情。
カントの反抗、願いも虚しく、子熊は儀式当日、たくさんの矢を射られ、その命を神に捧げら
れてしまう。
お頭となったチビと再会するカント。
チビのお頭を囲んで酒盛りする大人たちの間で、少年は深い眠りに落ちる・・・・・
・・カントは自分の気持ちに折り合いをつけることができたのだろうか。
長い歴史や文化の中で行われてきた行事は、たぶん理屈などないのだろう。
「お葬式に葉っぱひとつしかだめです。お花は飾れません。決まりなんです。
どうしようもないんです。」
という声がその時私の中にこだました。
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