日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
肌寒くなってきました。
いつの間にか長袖になり、綿シャツから、同じ綿でもコットンセーターに移り変わり、それでも
まだ無防備な気がして、その上にコートを羽織って散歩してます。
肌寒いと「ぬくもり」が恋しいです。
私にはうってつけのハルがいます。
「ハル君、抱っこさせてください」と丁寧にお願いしてもつれなかった夏の日々も遠くはるか
彼方に過ぎ去り、ハルの方から私にぬくもりを求めてくれる季節がやってきました。
ネットサーフィンをしていて、衝動買いで自分用のブランケットを買いました。
アクリル製なのに柔らかくて肌触りが抜群に良くて 柄も何気なくて素敵なの。
ソファーにごろ寝・・が私の一番の趣味なのですが、そのお気に入りのブランケットが怠惰な
私の寝転び時間を上質にしてくれる。
そうこうしていると、ハルがのそのそと近づいてきます。
ブランケットにくるまれている私を静かに見上げ、ある瞬間思い切ったように勢いソファーに
飛び乗ってくる。
心地良いスポットを探すように、私の身体の上を肉球で踏みしめ、モモのあたりで落ち着いたかと思うと、とぐろを巻いて寝てくれる。
ハルの重みは幸せの重み・・私はこれを何度書いたことだろう。
何度書いても、何回でも言いたくなる。
それでも私は時々貪欲になり、もっとハルのぬくもりを感じたくて、彼を腕の中にすっぽりと
引き入れてしまう。
ハルの穏やかな寝息は、ハルの温かく柔らかな体を小さく波打たせる。
目をつむり、静けさの中でハルを隅々まで感じきる。
これが私の、極上の幸せ。
肉体的に触れ合える幸せもあれば、遠く遠く離れていても、同じ時間を生きているんだ。と思う
だけで感じられる幸せもある。少しやせ我慢・・とも言えなくもないけど、でもそれも幸せです。
数日前に学生時代の後輩のリカから、あたたかいお手紙と共にお花券が送られてきた。
嬉しくて、私も手紙で返事をした。久しぶりのやり取りだ。
学生時代、後輩の中で一番仲が良かったのがリカで、本当に可愛いなって思ってた。
リカも私を慕ってくれていたと思う。
私は実は当時、リカとキスしたことがある。
「2人がキスするところを見てみたい」と男性の先輩にせがまれてしただけのことなのだけど。
でも良かったなって。今になってすごくいい思い出になってる。
今度リカに家に遊びに来てもらおう。
いまだに先輩風吹かせて、美味しいものいっぱい作っちゃおう。
ベランダの植物たちはある時からすくすくと伸び始めた。
ある時・・というのは、鉢を大きいものに植え替えしてからのこと。
伸び悩んでいるベンジャミンやオリーブを元の小さな鉢から外す時、根っこがぎゅうぎゅう詰めに固くなっているのを目の当たりにしてしまった。
なんて残酷なことをしていたのだろう。
そんな過酷な状況下にいた彼らは、それでも大きな鉢に植え替えられて数週間で、まるで解放
されたかのように、枝や葉を外へ外へと広げだしたのだ。
私ね、単純だからすぐ人間に置き換えちゃうところがある。
私は子供たちに、のびのびと成長できるようなゆとりある鉢を用意してあげていただろうか。
いや、あげていなかったなあ・・
子育てで後悔することはいっぱいあるけれど、あの時はあの時で一生懸命だったのだから、
どうしようもなかったんだ・・といつも思って終わりにすることになる。
鉢植えのこと書いてて思い出した!
こんなものがあったらいいのにな・・
でもサイズとか、ちょうどいいものを見つけるなんて奇跡みたいなもんでしょ・・
って思ってたようなその物ずばり を見つけた時、きつねにつままれたような気持ちになるって
知ってます?
私はつい先日経験しました。
植木鉢をベランダのヘリに並べるためのスチールホルダー。
風の強い日に植木がヘリから落ちるのを防ぐ目的で探してました。
文章では説明しにくいので明日写真を挙げます。
そうしたらどれだけサイズが奇跡的にぴったりだったかわかってもらえると思うから。
こんなことあるんだ・・ってくらいピッタリのものってめちゃくちゃ気持ちいい。
ゆとりが必要って言ったりぴったりがいいって言ったり忙しくてすみません。
私が一貫性のない人間であることがばればれで恥ずかしい。
あ、今日はこれから忙しいの。
柚君出演のドラマ一回目。
オールナイトニッポン
ハナシ寿司
だからもうお風呂に入ります。
アマプラで「バクダッドカフェ」を100円でレンタルできて、一週間レンタル期間中にあと
2~3回は観たいと思ってる。大好きな映画の一つです。
あの映画が持っているものすべてが好きです。
好きなものを好きって言える この自由。
今度こそ本当にお風呂入ります。
いつの間にか長袖になり、綿シャツから、同じ綿でもコットンセーターに移り変わり、それでも
まだ無防備な気がして、その上にコートを羽織って散歩してます。
肌寒いと「ぬくもり」が恋しいです。
私にはうってつけのハルがいます。
「ハル君、抱っこさせてください」と丁寧にお願いしてもつれなかった夏の日々も遠くはるか
彼方に過ぎ去り、ハルの方から私にぬくもりを求めてくれる季節がやってきました。
ネットサーフィンをしていて、衝動買いで自分用のブランケットを買いました。
アクリル製なのに柔らかくて肌触りが抜群に良くて 柄も何気なくて素敵なの。
ソファーにごろ寝・・が私の一番の趣味なのですが、そのお気に入りのブランケットが怠惰な
私の寝転び時間を上質にしてくれる。
そうこうしていると、ハルがのそのそと近づいてきます。
ブランケットにくるまれている私を静かに見上げ、ある瞬間思い切ったように勢いソファーに
飛び乗ってくる。
心地良いスポットを探すように、私の身体の上を肉球で踏みしめ、モモのあたりで落ち着いたかと思うと、とぐろを巻いて寝てくれる。
ハルの重みは幸せの重み・・私はこれを何度書いたことだろう。
何度書いても、何回でも言いたくなる。
それでも私は時々貪欲になり、もっとハルのぬくもりを感じたくて、彼を腕の中にすっぽりと
引き入れてしまう。
ハルの穏やかな寝息は、ハルの温かく柔らかな体を小さく波打たせる。
目をつむり、静けさの中でハルを隅々まで感じきる。
これが私の、極上の幸せ。
肉体的に触れ合える幸せもあれば、遠く遠く離れていても、同じ時間を生きているんだ。と思う
だけで感じられる幸せもある。少しやせ我慢・・とも言えなくもないけど、でもそれも幸せです。
数日前に学生時代の後輩のリカから、あたたかいお手紙と共にお花券が送られてきた。
嬉しくて、私も手紙で返事をした。久しぶりのやり取りだ。
学生時代、後輩の中で一番仲が良かったのがリカで、本当に可愛いなって思ってた。
リカも私を慕ってくれていたと思う。
私は実は当時、リカとキスしたことがある。
「2人がキスするところを見てみたい」と男性の先輩にせがまれてしただけのことなのだけど。
でも良かったなって。今になってすごくいい思い出になってる。
今度リカに家に遊びに来てもらおう。
いまだに先輩風吹かせて、美味しいものいっぱい作っちゃおう。
ベランダの植物たちはある時からすくすくと伸び始めた。
ある時・・というのは、鉢を大きいものに植え替えしてからのこと。
伸び悩んでいるベンジャミンやオリーブを元の小さな鉢から外す時、根っこがぎゅうぎゅう詰めに固くなっているのを目の当たりにしてしまった。
なんて残酷なことをしていたのだろう。
そんな過酷な状況下にいた彼らは、それでも大きな鉢に植え替えられて数週間で、まるで解放
されたかのように、枝や葉を外へ外へと広げだしたのだ。
私ね、単純だからすぐ人間に置き換えちゃうところがある。
私は子供たちに、のびのびと成長できるようなゆとりある鉢を用意してあげていただろうか。
いや、あげていなかったなあ・・
子育てで後悔することはいっぱいあるけれど、あの時はあの時で一生懸命だったのだから、
どうしようもなかったんだ・・といつも思って終わりにすることになる。
鉢植えのこと書いてて思い出した!
こんなものがあったらいいのにな・・
でもサイズとか、ちょうどいいものを見つけるなんて奇跡みたいなもんでしょ・・
って思ってたようなその物ずばり を見つけた時、きつねにつままれたような気持ちになるって
知ってます?
私はつい先日経験しました。
植木鉢をベランダのヘリに並べるためのスチールホルダー。
風の強い日に植木がヘリから落ちるのを防ぐ目的で探してました。
文章では説明しにくいので明日写真を挙げます。
そうしたらどれだけサイズが奇跡的にぴったりだったかわかってもらえると思うから。
こんなことあるんだ・・ってくらいピッタリのものってめちゃくちゃ気持ちいい。
ゆとりが必要って言ったりぴったりがいいって言ったり忙しくてすみません。
私が一貫性のない人間であることがばればれで恥ずかしい。
あ、今日はこれから忙しいの。
柚君出演のドラマ一回目。
オールナイトニッポン
ハナシ寿司
だからもうお風呂に入ります。
アマプラで「バクダッドカフェ」を100円でレンタルできて、一週間レンタル期間中にあと
2~3回は観たいと思ってる。大好きな映画の一つです。
あの映画が持っているものすべてが好きです。
好きなものを好きって言える この自由。
今度こそ本当にお風呂入ります。
人を一度好きになると、関係性が長く続くのが私の取り柄の一つだと思う。
友達でも師弟関係でも恋愛関係であっても、一度関係が出来上がってしまうと、よほどのことが ない限りずっと続く。 夫婦関係も然り である。
つまりね、君はそれに類するから長く続いているんだと思う。
その一方・・ちょっと前に流行った「推し」って言葉があるでしょ?
自分中心に考えると、自分はその推しのファンってことになるのかな?
本当のファン程熱狂的ではないけど、私は夢中になれる人をたやすくメディアで見つけては ワクワク することができるタイプの人間だ。
その人が出ている番組とかYoutubeとか映画とかドラマとかを調べて、見逃さないようにする。
追う行為はとても能動的で楽しいものだ。
推し活が現実の関係と大きく違うのは、私の一方的想い、一方通行であるということ。
そのせいなのかどうかわからないけれど、推し活に関して私はとても飽きっぽく、少し経つと
また新しい人を見つける傾向がある。
でも新しい推しを見つけたからと言って、今までの人達を忘れるわけではなく、やっぱり好きには 違いなく、緩めではあるけれど、追い続けことになる。
なので追う人がどんどんいっぱいになってくる。
俳優さん 芸人さん アーティスト・・あれ? さかなクンはどういう括りなんだろう?
今もさかなスター観てます! 本も読みました! って具合に 忙しいのです。
嬉しい悲鳴だ。
そして現在本格的に追っているのは、俳優の青木柚くん。
ドラマ More than Wordsで初めて出会ってから、今までの彼の出演映画やドラマを可能な限り観 まくった。
一か月間だけNHKオンデマンドにも契約して、過去の朝ドラやスペシャルドラマも観るというはまり様。
以前三谷幸喜さんが菅田将暉君のすごさを表すのに、こんなようなことをおっしゃっていたことがあった。
「俳優さんというのはもちろん台本があってセリフを言っているのですが、稀にそんなセリフなど存在しないみたいに、その人から自然と出てくる言葉のようにセリフをしゃべる俳優さんがいて、そのごく稀な俳優の一人が菅田君なのです」
私も三谷さんのおっしゃることに深く賛同しますが、青木柚くんに対しても、同じように感じて います。
10月末から始まる地上波の深夜ドラマも楽しみだし、一番の楽しみは来月公開になる映画
「はだかのゆめ」。
小さな光が遠くにあると、心がどん底に悲しくて寂しくても 私は生きていけると思うんだ。
・・・あのね、推しの話だから、現実に近い君はやきもちを焼かないようにね。
私はね、道徳的にも倫理的にもとてもレベルの低い人間で、貞操観念もあんまりない。
現実的になることは99%ないと思うから正直に言うけど、いつだって自分を差し出せるよ。
こういうとすごく自由に生きてきたみたいに聞こえるかもしれないけれど、実の所そんな経験
今まで一度もなく、このまま自由にかつ清く死んでいくと思うけどね。
最近ね、生き物に対する愛おしさもさながら、物に対しても愛情深くてね。
洋服も食器も家具も、自分の好きなものしか選んでこなかった。
私の周りにある全ての物達は、私にとって頬ずりしたくなるような愛着のあるものだけれど・・ふと思ったのよね・・私が死んだらその物達は途端に存在価値を失ない、無意味なものとなってしまうのだということを。
私の死は、同時に私の物達の死をも意味するということだ。
何という大きな責任だろう。
そう思うとね、お茶碗や急須を洗うだけで 愛をあふれさせてしまうのだ。
洋服をたたみながら微笑みかける私は・・そりゃ不気味でしょうけど、マジ本気なのだ。
この部分はね、若い時と比べると大いに変わったところだと思う。
若い時は新しいものが好きだった。物をぞんざいに扱って、古くなったら新しいものに買い替え ればいいって思ってた。
今は正反対。
古いものも大切に使って、古いからこその良さを味わいたいと思ってる。
そりゃそうよね。自分が古いんだもの、そう思わなきゃやってけないってところもあるんで しょうよ、きっと。
75歳でいらっしゃる料理研究家の栗原はるみさんが、Gパンが一番好きってインタビューで おっしゃってた。
嬉しかったなあ。はるみさんのGパン姿、可愛らしくて素敵だもの。
私もずっと死ぬまでGパンはこう!って思うことができた。
ベランダですくすくと育ち、緑の葉っぱを横へ上へとのびのびと広げている私の植物たちの話を
書こうと 思っていたのに全然違う方に行ってしまった。
次回はそれで行きます、多分。
ではまた。
友達でも師弟関係でも恋愛関係であっても、一度関係が出来上がってしまうと、よほどのことが ない限りずっと続く。 夫婦関係も然り である。
つまりね、君はそれに類するから長く続いているんだと思う。
その一方・・ちょっと前に流行った「推し」って言葉があるでしょ?
自分中心に考えると、自分はその推しのファンってことになるのかな?
本当のファン程熱狂的ではないけど、私は夢中になれる人をたやすくメディアで見つけては ワクワク することができるタイプの人間だ。
その人が出ている番組とかYoutubeとか映画とかドラマとかを調べて、見逃さないようにする。
追う行為はとても能動的で楽しいものだ。
推し活が現実の関係と大きく違うのは、私の一方的想い、一方通行であるということ。
そのせいなのかどうかわからないけれど、推し活に関して私はとても飽きっぽく、少し経つと
また新しい人を見つける傾向がある。
でも新しい推しを見つけたからと言って、今までの人達を忘れるわけではなく、やっぱり好きには 違いなく、緩めではあるけれど、追い続けことになる。
なので追う人がどんどんいっぱいになってくる。
俳優さん 芸人さん アーティスト・・あれ? さかなクンはどういう括りなんだろう?
今もさかなスター観てます! 本も読みました! って具合に 忙しいのです。
嬉しい悲鳴だ。
そして現在本格的に追っているのは、俳優の青木柚くん。
ドラマ More than Wordsで初めて出会ってから、今までの彼の出演映画やドラマを可能な限り観 まくった。
一か月間だけNHKオンデマンドにも契約して、過去の朝ドラやスペシャルドラマも観るというはまり様。
以前三谷幸喜さんが菅田将暉君のすごさを表すのに、こんなようなことをおっしゃっていたことがあった。
「俳優さんというのはもちろん台本があってセリフを言っているのですが、稀にそんなセリフなど存在しないみたいに、その人から自然と出てくる言葉のようにセリフをしゃべる俳優さんがいて、そのごく稀な俳優の一人が菅田君なのです」
私も三谷さんのおっしゃることに深く賛同しますが、青木柚くんに対しても、同じように感じて います。
10月末から始まる地上波の深夜ドラマも楽しみだし、一番の楽しみは来月公開になる映画
「はだかのゆめ」。
小さな光が遠くにあると、心がどん底に悲しくて寂しくても 私は生きていけると思うんだ。
・・・あのね、推しの話だから、現実に近い君はやきもちを焼かないようにね。
私はね、道徳的にも倫理的にもとてもレベルの低い人間で、貞操観念もあんまりない。
現実的になることは99%ないと思うから正直に言うけど、いつだって自分を差し出せるよ。
こういうとすごく自由に生きてきたみたいに聞こえるかもしれないけれど、実の所そんな経験
今まで一度もなく、このまま自由にかつ清く死んでいくと思うけどね。
最近ね、生き物に対する愛おしさもさながら、物に対しても愛情深くてね。
洋服も食器も家具も、自分の好きなものしか選んでこなかった。
私の周りにある全ての物達は、私にとって頬ずりしたくなるような愛着のあるものだけれど・・ふと思ったのよね・・私が死んだらその物達は途端に存在価値を失ない、無意味なものとなってしまうのだということを。
私の死は、同時に私の物達の死をも意味するということだ。
何という大きな責任だろう。
そう思うとね、お茶碗や急須を洗うだけで 愛をあふれさせてしまうのだ。
洋服をたたみながら微笑みかける私は・・そりゃ不気味でしょうけど、マジ本気なのだ。
この部分はね、若い時と比べると大いに変わったところだと思う。
若い時は新しいものが好きだった。物をぞんざいに扱って、古くなったら新しいものに買い替え ればいいって思ってた。
今は正反対。
古いものも大切に使って、古いからこその良さを味わいたいと思ってる。
そりゃそうよね。自分が古いんだもの、そう思わなきゃやってけないってところもあるんで しょうよ、きっと。
75歳でいらっしゃる料理研究家の栗原はるみさんが、Gパンが一番好きってインタビューで おっしゃってた。
嬉しかったなあ。はるみさんのGパン姿、可愛らしくて素敵だもの。
私もずっと死ぬまでGパンはこう!って思うことができた。
ベランダですくすくと育ち、緑の葉っぱを横へ上へとのびのびと広げている私の植物たちの話を
書こうと 思っていたのに全然違う方に行ってしまった。
次回はそれで行きます、多分。
ではまた。
私は完全なる朝型人間なので、集中力が必要なことは、午前中にするって決まってる。
今日いつもと大きく違うのは、これを夜に書いているってこと。
しかもちょっと酔っぱらっていて不自然に気分がいい。
何を見ても聞いても、いや何にもなくったってにんまりと口角を上げてしまう。
さてさてこんな気分で何を書こうかなあ。
そうだ、私ね、以前は ”可愛いおばあちゃん”になりたい、なんて言ってたこともあったけど、
最近それ違うなって思えてきてね・・
私ね、今はおばあちゃんとおじいちゃんの間位を目指して、より自由になりたいな って思って
るの。~何言ってんだかわかんないでしょ~?
宇多田ヒカルさんが、ご自分が「ノンバイナリー」であることをカミングアウトされて・・
私はそれまでこの言葉聞いたことなかったんだけどね。
自分で認識する性を固定しない立場を取る人・・って言うのかな、
not he, not she, just meっていう英語が一番わかりやすいかもしれない。
これまで女性であることで知らず知らずのうちに抑制してきてしまった部分を、少しずつ解放
して行きたいんだ。
だからって見た目を変えるとかそんなじゃなくて、服は今まで通り好きなものを着るし、化粧だってする。
最近唯一変わって来たことと言えば 下着かなあ・・
若い時には平気で付けていたワイヤーの入ったタイプのブラジャーとかブラジャー自体にしっかりおわん型の形が立体的に型取られているモールドタイプのブラジャーなどはもう今では完璧
無理。
モールドタイプは厚みもあって胸を盛れるから、胸を大きく見せたい場合には重宝するだろう
けど、今の私はノンバイナリーを目指しているのだからそこはどっちかというと逆を行っている。
色々探しあぐねた結果、
”ボリュームを抑えて、フラットブラ&ショーツ” というのに辿り着いた。
ブラジャーに見えないほど平ぺったくて、でも伸縮性があるのでフィット感もありながら
ストレスフリーで体を包んでくれるブラ&ショーツなのだ。(写真を撮って載せようかと思った
けど、これはもしかしたら非常識なことなのか。酔っぱらってるのでよくわからないので
一日寝てからにします。)
なんか深い話をしてたはずが下着の話になってしまって。でも体の形と性って、どうしたって
複雑に入り組んで関係しあっているものだから・・簡単に切り離せなくて、だから自分の性に
違和感を覚える人は困惑してしまうのよね。
アマプラオリジナルドラマ、More than words を観た。
性欲望のまったくない彼女にとっては真逆の行為なのに、でも好きな人たちを想うあまりに自分のぎこちない性を差し出すシーンで胸を掴まれた。
全ての登場人物の ぎこちなく不器用な性に、そして生に、優しさとあたたかさを感じた。
年を取ったからこそ、年齢や性から解放されなくて一体何の自由があると言うんだろう。
これは年を取ることの醍醐味だと思うんだけどな。
今日いつもと大きく違うのは、これを夜に書いているってこと。
しかもちょっと酔っぱらっていて不自然に気分がいい。
何を見ても聞いても、いや何にもなくったってにんまりと口角を上げてしまう。
さてさてこんな気分で何を書こうかなあ。
そうだ、私ね、以前は ”可愛いおばあちゃん”になりたい、なんて言ってたこともあったけど、
最近それ違うなって思えてきてね・・
私ね、今はおばあちゃんとおじいちゃんの間位を目指して、より自由になりたいな って思って
るの。~何言ってんだかわかんないでしょ~?
宇多田ヒカルさんが、ご自分が「ノンバイナリー」であることをカミングアウトされて・・
私はそれまでこの言葉聞いたことなかったんだけどね。
自分で認識する性を固定しない立場を取る人・・って言うのかな、
not he, not she, just meっていう英語が一番わかりやすいかもしれない。
これまで女性であることで知らず知らずのうちに抑制してきてしまった部分を、少しずつ解放
して行きたいんだ。
だからって見た目を変えるとかそんなじゃなくて、服は今まで通り好きなものを着るし、化粧だってする。
最近唯一変わって来たことと言えば 下着かなあ・・
若い時には平気で付けていたワイヤーの入ったタイプのブラジャーとかブラジャー自体にしっかりおわん型の形が立体的に型取られているモールドタイプのブラジャーなどはもう今では完璧
無理。
モールドタイプは厚みもあって胸を盛れるから、胸を大きく見せたい場合には重宝するだろう
けど、今の私はノンバイナリーを目指しているのだからそこはどっちかというと逆を行っている。
色々探しあぐねた結果、
”ボリュームを抑えて、フラットブラ&ショーツ” というのに辿り着いた。
ブラジャーに見えないほど平ぺったくて、でも伸縮性があるのでフィット感もありながら
ストレスフリーで体を包んでくれるブラ&ショーツなのだ。(写真を撮って載せようかと思った
けど、これはもしかしたら非常識なことなのか。酔っぱらってるのでよくわからないので
一日寝てからにします。)
なんか深い話をしてたはずが下着の話になってしまって。でも体の形と性って、どうしたって
複雑に入り組んで関係しあっているものだから・・簡単に切り離せなくて、だから自分の性に
違和感を覚える人は困惑してしまうのよね。
アマプラオリジナルドラマ、More than words を観た。
性欲望のまったくない彼女にとっては真逆の行為なのに、でも好きな人たちを想うあまりに自分のぎこちない性を差し出すシーンで胸を掴まれた。
全ての登場人物の ぎこちなく不器用な性に、そして生に、優しさとあたたかさを感じた。
年を取ったからこそ、年齢や性から解放されなくて一体何の自由があると言うんだろう。
これは年を取ることの醍醐味だと思うんだけどな。
さかのぼって読みかえしてはいないけど、ずっと休止していたこのブログを、3年前の今日、
9月1日に再開し、のろのろと今日まで続けてきた。
自分の誕生日の翌日だったこともあって、61歳になりました・・みたいなことを3年前に書いた
かもしれなくて、そこから3年経ったのだから簡単な計算で、3個年を取り、私は64歳になりました。
もう今更年齢を気にすることにも飽きて、年に一度、てのひらにポンとスタンプを押されるようなもので、そのスタンプは確実に数日したら薄くなり、見えなくなってしまう。
全てにおいて平らでたおやかであることを願う今の私に、無理にでも日常と趣を異にする日・・
はあんまり好ましくない。
それでも「それならアイスクリームを山ほど買ってほしい・・」とリクエストをして、昨日夜
スーパーで無制限に好きなだけアイスクリームをかごに入れて、ご満悦で帰ってきた。
その中には皆さん大好きな「パルム」、これはもちろん漏れずに入ってます。
でもちょっと違うのはそれが期間限定の「安納芋」というヤツであること。
それでなくても心惹かれる「パルム」に「期間限定」という魅惑の文字が加われば絶対買わない
わけにはいかない。
随分前に「ほぼ日」の糸井さんがパルムへの熱い思いを書かれていたような気がするし、
私の好きなコント師「かが屋」の「機嫌」というコントの中で、初めてパルムを食べたコンビニ
店長が、そうか・・こんなおいしいものがあったのか・・とご機嫌になる様子が出てくる。
また数日前、お笑いコンビEXITのYouTubeでは、100キロマラソンをさわやかに完走した
かねちーが、好きなコンビニアイスの一位にパルムを挙げていた。
誰もが好きなパルム。
私がパルムを好きな理由は、
チョココーティングの厚さ硬さが絶妙で、中身のアイスクリームとのバランスが完璧である所。
何種類も出ているけど、同じグループに属していても個性的な輩が後を絶たない所。
パルム型 という特殊な型が定着しそうなくらいつかみどころのない形をしているところ・・
角張ってもいなくて丸過ぎもしない。のっぺりとしながらキュッとしてる。
木の棒がとても太い所。そして短い。その棒の短さの1/3にしかアイスが乗っかっていないのが
ガブっと大きく行った時に棒が邪魔にならない理由。これは大事だと思うの。特にアイスを
舐める ではなくて 食べる 私にとっては重要!
そしてチョコもバニラも苺も・・そして安納芋も、アイス自体がくどくなくて美味しい所。
書き始めた時には今回こんなパルム賛歌になるとは思っていなかった。
予想通りに行かないって面白い。だから書くことって好きなんだと思う。
書こうって思っていたのはまったく別のことで・・
私3週間前くらいに車の接触事故を起こしてそこからずっと落ち込んでいたのです。
渋滞でのろのろ進んでは止まってを繰り返していた時に助手席に置いてあったものがするっと
下に落ちてそこに気を取られ、前の車にボンとぶつけてしまった。
ヨガクラスも急遽キャンセルして、お巡りさん呼んだ。前の車に乗っていた女性にこっぴどく
叱られた。今から入院している母の所へ行くところなのにあなたのおかげで行けない。
どうしてくれるんですか?どういう不注意でこんなことになるんですか?
私が100パーセント悪いんだからぐうの音もでない。
ただただ申し訳ありません を繰り返すのみ。
娘を失ってから鬱みたいになって、でも最近の私の行動を見てくれる人はだいぶ元気になった
んだなって安心してくれていたかもしれない。
でも自分ではわかっていたんだ。
本来の憂鬱で無気力な大きな塊に、本当に薄い薄い膜が張られていて、そこに気が付かないよ
うにしているだけなんだって。
薄い膜はちょっとのことで破ける。
今回の事故で木っ端みじんになって、また暗い私に戻ってしまった。
ここ何週間かで色んな事考えて自分の醜さも目の当たりにして、今の私のキーワードは
「脇役になること」。
シナリオを描くと、必ず主人公がいるでしょ?
何本もストーリーを書いていくうちに、そうか・・すべての人間は自分の人生の主人公なんだ
っていう当たり前のことに改めて気づいて、そう思ったら誰にでも優しくなれる気がしたのです。そして私の身近な人のドラマ(人生)にとって私は「脇役」なんだってことにも気づいた。
今回ぐちゃくちゃになってみて、落ちる所まで落ちたけど、いろんな人にとって私はどんな脇役でありたいのか・・って考え出したら なんか救われる気がしたのね。
例えば 彼にとって私はどんな脇役なんだろう?
シナリオ最近描いてないけど、私は魅力的な脇役が出てくるドラマがとても好きです。
落ち込んでいても続けていることはあって、そのひとつはピアノを弾くこと。
もう毎日の習慣になってしまったので何の苦も無く一日一時間ほど練習している。
上達する って若い人だけの特権じゃない。上達するとやっぱり嬉しい。
娘が小学生中学生時代にピアノを習っていて、その時に楽譜がちょうど入る布バッグを
手作りして娘を喜ばせたことがある。
なぜか今私の手元にそのバッグがあって、私はそのバッグでジャズピアノのレッスンンに
通っている。
早希ちゃん、私のピアノ聞こえてる?
9月1日に再開し、のろのろと今日まで続けてきた。
自分の誕生日の翌日だったこともあって、61歳になりました・・みたいなことを3年前に書いた
かもしれなくて、そこから3年経ったのだから簡単な計算で、3個年を取り、私は64歳になりました。
もう今更年齢を気にすることにも飽きて、年に一度、てのひらにポンとスタンプを押されるようなもので、そのスタンプは確実に数日したら薄くなり、見えなくなってしまう。
全てにおいて平らでたおやかであることを願う今の私に、無理にでも日常と趣を異にする日・・
はあんまり好ましくない。
それでも「それならアイスクリームを山ほど買ってほしい・・」とリクエストをして、昨日夜
スーパーで無制限に好きなだけアイスクリームをかごに入れて、ご満悦で帰ってきた。
その中には皆さん大好きな「パルム」、これはもちろん漏れずに入ってます。
でもちょっと違うのはそれが期間限定の「安納芋」というヤツであること。
それでなくても心惹かれる「パルム」に「期間限定」という魅惑の文字が加われば絶対買わない
わけにはいかない。
随分前に「ほぼ日」の糸井さんがパルムへの熱い思いを書かれていたような気がするし、
私の好きなコント師「かが屋」の「機嫌」というコントの中で、初めてパルムを食べたコンビニ
店長が、そうか・・こんなおいしいものがあったのか・・とご機嫌になる様子が出てくる。
また数日前、お笑いコンビEXITのYouTubeでは、100キロマラソンをさわやかに完走した
かねちーが、好きなコンビニアイスの一位にパルムを挙げていた。
誰もが好きなパルム。
私がパルムを好きな理由は、
チョココーティングの厚さ硬さが絶妙で、中身のアイスクリームとのバランスが完璧である所。
何種類も出ているけど、同じグループに属していても個性的な輩が後を絶たない所。
パルム型 という特殊な型が定着しそうなくらいつかみどころのない形をしているところ・・
角張ってもいなくて丸過ぎもしない。のっぺりとしながらキュッとしてる。
木の棒がとても太い所。そして短い。その棒の短さの1/3にしかアイスが乗っかっていないのが
ガブっと大きく行った時に棒が邪魔にならない理由。これは大事だと思うの。特にアイスを
舐める ではなくて 食べる 私にとっては重要!
そしてチョコもバニラも苺も・・そして安納芋も、アイス自体がくどくなくて美味しい所。
書き始めた時には今回こんなパルム賛歌になるとは思っていなかった。
予想通りに行かないって面白い。だから書くことって好きなんだと思う。
書こうって思っていたのはまったく別のことで・・
私3週間前くらいに車の接触事故を起こしてそこからずっと落ち込んでいたのです。
渋滞でのろのろ進んでは止まってを繰り返していた時に助手席に置いてあったものがするっと
下に落ちてそこに気を取られ、前の車にボンとぶつけてしまった。
ヨガクラスも急遽キャンセルして、お巡りさん呼んだ。前の車に乗っていた女性にこっぴどく
叱られた。今から入院している母の所へ行くところなのにあなたのおかげで行けない。
どうしてくれるんですか?どういう不注意でこんなことになるんですか?
私が100パーセント悪いんだからぐうの音もでない。
ただただ申し訳ありません を繰り返すのみ。
娘を失ってから鬱みたいになって、でも最近の私の行動を見てくれる人はだいぶ元気になった
んだなって安心してくれていたかもしれない。
でも自分ではわかっていたんだ。
本来の憂鬱で無気力な大きな塊に、本当に薄い薄い膜が張られていて、そこに気が付かないよ
うにしているだけなんだって。
薄い膜はちょっとのことで破ける。
今回の事故で木っ端みじんになって、また暗い私に戻ってしまった。
ここ何週間かで色んな事考えて自分の醜さも目の当たりにして、今の私のキーワードは
「脇役になること」。
シナリオを描くと、必ず主人公がいるでしょ?
何本もストーリーを書いていくうちに、そうか・・すべての人間は自分の人生の主人公なんだ
っていう当たり前のことに改めて気づいて、そう思ったら誰にでも優しくなれる気がしたのです。そして私の身近な人のドラマ(人生)にとって私は「脇役」なんだってことにも気づいた。
今回ぐちゃくちゃになってみて、落ちる所まで落ちたけど、いろんな人にとって私はどんな脇役でありたいのか・・って考え出したら なんか救われる気がしたのね。
例えば 彼にとって私はどんな脇役なんだろう?
シナリオ最近描いてないけど、私は魅力的な脇役が出てくるドラマがとても好きです。
落ち込んでいても続けていることはあって、そのひとつはピアノを弾くこと。
もう毎日の習慣になってしまったので何の苦も無く一日一時間ほど練習している。
上達する って若い人だけの特権じゃない。上達するとやっぱり嬉しい。
娘が小学生中学生時代にピアノを習っていて、その時に楽譜がちょうど入る布バッグを
手作りして娘を喜ばせたことがある。
なぜか今私の手元にそのバッグがあって、私はそのバッグでジャズピアノのレッスンンに
通っている。
早希ちゃん、私のピアノ聞こえてる?
自分の感情というのは表向きはコントロールできたように思えても、感じてしまうことは実際
すでに感じてしまっているのだから、それをなかったことにはできないものだ。
自分以外の人にばれないとしても、自分はその感情を経験し、よく知っているのだから。
例えば、どなたかがご自分の息子さんご夫婦とそのお子さんのことを楽しそうに私に話してくれたとする。私はもちろん表面的には興味ありげにその話を聞き、何なら「素敵なご家族ね・・」などとほほ笑みながら言ったりもする。
でも心の奥底では・・私だって娘夫婦と彼らの子供と、貴重で楽しい時間を過ごしたかった・・
とか思ってる。娘は宿した命を生むことも、自分の生を続けることもできなかったのだから。
最近感じるのは、感じてしまったことと 表立って言ってること の間にあまり差がない状況が
のぞましい ということだ。
そのことに関連して、すごく心地のいい状況がある日私に舞い降りてきた。
為替変動で一挙に値上がりしたアコースティックギターを、
「これからも値上がりの可能性大だからとりあえず見に行きたい。」とダンナが言った。
見るだけでたぶん買わないと思う、とも言っていた。
そして楽器屋さんが何軒かある町田にふたりで繰り出した。
目をつけていたtaylorのアコギ、35万と45万の二つをダンナは試奏させてもらっていた。
私はソファーに座ってダンナが奏でるフレーズを聞いていた。
途中35万のギターから45万のギターに持ち替えた。
最初のワンフレーズで、素人の私でも明らかに音や響きや奥行きの差を感じた。
試奏が終わってすぐに私は、「10万でこんなにも音が違うんだね、びっくりしたよ・・」
と伝えたら、ダンナも深くうなづいていた。
衝動買いとは無縁のダンナは、お店の人にお礼を言いながら
「帰ってもう一度よく考えてみます」と伝えていた。
さあ、ここからは私の出番だ。
私はダンナを良く知っている。
45年の付き合いだ。
彼はめったなことでは大きな買い物をしない。
別に今はいいかな・・というのが彼の口癖。
帰りの車で私は心に感じたままを言葉に変換して、穏やかにでもきっぱりと彼に告げた。
「今が買う時だと思うよ。んで 買うなら気に入った方を買う方がいい。全然違うもん。
もうこれから一生の付き合いになるんだから。今まで頑張って来たんだからこれくらいの物買ったっていいはずでしょ? 今の方が買いやすいと思うよ。年金暮らしになったら躊躇しちゃうかもよ。ギターだってあなたに買われたら幸せだと思う。こんなに音楽が好きな人の元に来れるんだから。定年後に絶対必要なアイテムだよ。先のこと心配するのも大事かもしれないけど、今を楽しもうよ。そんなに私達長く生きられるわけじゃないんだよ、わかってる? これを買ったとしたら、このお金の使い方はとても堅実でしかもスタイリッシュだ! ね、決めよう・・」
・・さて大事なのはもう一度言うけど・・上の言葉は私が心で感じていたことをそのまま言葉にできたってこと。心との矛盾がまったくない。
これってなんて気持ちのいいことなんだ!
そして、同じギターが渋谷の楽器屋さんで値上げ前の39万円で売っているのをネットで見つけ
たダンナは、明日渋谷行ってくるわ・・と言って、次の日めでたくご所望のギターを手にして戻ってきた。
色んなことがうまくいってすごく嬉しかった。
でも一番の充実感は私の内側と外側に矛盾がひとつもなかったことなんだと思う。
いつもいつもこんな風にはいられないだろうけど、この状況を多くしていきたい。
少なくともこの場所、このブログではそういう矛盾なしの内容であり続けたいと思ってます。
実は一昨日北志賀の竜王でグランピングをして戻ってきたところだ。
その前日は草津温泉で一泊した。
グランピングは初めて。
でも我々は子供たちが小さい時キャンプによく行っていたので、キャンプが豪華版になって
ふかふかベッドで寝れてインフラまで整備されているみたいなグランピングは、中途半端感を
感じざるを得なかった。
そうは思っても自然を満喫できてやはり楽しかった。
ハルもめっちゃ楽しそうだった。
今日で夏休みも終わり。
外側と内側の矛盾を少なくできるように、優しい人になりたいです。
すでに感じてしまっているのだから、それをなかったことにはできないものだ。
自分以外の人にばれないとしても、自分はその感情を経験し、よく知っているのだから。
例えば、どなたかがご自分の息子さんご夫婦とそのお子さんのことを楽しそうに私に話してくれたとする。私はもちろん表面的には興味ありげにその話を聞き、何なら「素敵なご家族ね・・」などとほほ笑みながら言ったりもする。
でも心の奥底では・・私だって娘夫婦と彼らの子供と、貴重で楽しい時間を過ごしたかった・・
とか思ってる。娘は宿した命を生むことも、自分の生を続けることもできなかったのだから。
最近感じるのは、感じてしまったことと 表立って言ってること の間にあまり差がない状況が
のぞましい ということだ。
そのことに関連して、すごく心地のいい状況がある日私に舞い降りてきた。
為替変動で一挙に値上がりしたアコースティックギターを、
「これからも値上がりの可能性大だからとりあえず見に行きたい。」とダンナが言った。
見るだけでたぶん買わないと思う、とも言っていた。
そして楽器屋さんが何軒かある町田にふたりで繰り出した。
目をつけていたtaylorのアコギ、35万と45万の二つをダンナは試奏させてもらっていた。
私はソファーに座ってダンナが奏でるフレーズを聞いていた。
途中35万のギターから45万のギターに持ち替えた。
最初のワンフレーズで、素人の私でも明らかに音や響きや奥行きの差を感じた。
試奏が終わってすぐに私は、「10万でこんなにも音が違うんだね、びっくりしたよ・・」
と伝えたら、ダンナも深くうなづいていた。
衝動買いとは無縁のダンナは、お店の人にお礼を言いながら
「帰ってもう一度よく考えてみます」と伝えていた。
さあ、ここからは私の出番だ。
私はダンナを良く知っている。
45年の付き合いだ。
彼はめったなことでは大きな買い物をしない。
別に今はいいかな・・というのが彼の口癖。
帰りの車で私は心に感じたままを言葉に変換して、穏やかにでもきっぱりと彼に告げた。
「今が買う時だと思うよ。んで 買うなら気に入った方を買う方がいい。全然違うもん。
もうこれから一生の付き合いになるんだから。今まで頑張って来たんだからこれくらいの物買ったっていいはずでしょ? 今の方が買いやすいと思うよ。年金暮らしになったら躊躇しちゃうかもよ。ギターだってあなたに買われたら幸せだと思う。こんなに音楽が好きな人の元に来れるんだから。定年後に絶対必要なアイテムだよ。先のこと心配するのも大事かもしれないけど、今を楽しもうよ。そんなに私達長く生きられるわけじゃないんだよ、わかってる? これを買ったとしたら、このお金の使い方はとても堅実でしかもスタイリッシュだ! ね、決めよう・・」
・・さて大事なのはもう一度言うけど・・上の言葉は私が心で感じていたことをそのまま言葉にできたってこと。心との矛盾がまったくない。
これってなんて気持ちのいいことなんだ!
そして、同じギターが渋谷の楽器屋さんで値上げ前の39万円で売っているのをネットで見つけ
たダンナは、明日渋谷行ってくるわ・・と言って、次の日めでたくご所望のギターを手にして戻ってきた。
色んなことがうまくいってすごく嬉しかった。
でも一番の充実感は私の内側と外側に矛盾がひとつもなかったことなんだと思う。
いつもいつもこんな風にはいられないだろうけど、この状況を多くしていきたい。
少なくともこの場所、このブログではそういう矛盾なしの内容であり続けたいと思ってます。
実は一昨日北志賀の竜王でグランピングをして戻ってきたところだ。
その前日は草津温泉で一泊した。
グランピングは初めて。
でも我々は子供たちが小さい時キャンプによく行っていたので、キャンプが豪華版になって
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