Admin / Write / Res
日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
[151]  [152]  [153]  [154]  [155]  [156]  [157]  [158]  [159]  [160]  [161
 盛り上がりつつある 居酒屋の入り口に誰かが来た。
一瞬誰だっけと思い、あーっ!と懐かしさがこみあげる。

 30年ぶりの再会は、こんな風だった。

 大学時代に所属していた音楽サークルの同期会に昨日参加してきた。
同期会のつもりが、サークルのネット掲示板で知った先輩や後輩たちもたくさん参加してくれて大盛況となった。

 あの頃、サークルでいつも入り浸っていた道玄坂の居酒屋が会場であったことも一因してか、30年のブランクは即座に埋まってしまう。
 
 それどころか、いい大人が、と言われる年齢も大きく超えているのに、学生時代にタイムスリップしてしまったようだった。

 私にも不思議な現象が起こった。
大人になってから知り合った人たちと飲むお酒とは確実に違っていたんだ。

 たかがビールジョッキ2~3杯ですごいハイテンションになり、ちょっとのことでげらげら笑い、人の話にいちいち感動し、二次会会場へ向かう道のりを 同期のタエと手に手をとり、けたたましくしゃべり、千鳥足でよろめきながらジグザグに進んで行った。

 途中若いお兄さんが、一緒に飲みに行かない?と私たちに、というよりもジョディーフォスター似の タエに声をかけてきた。

 そしてジョディーフォスター似のタエと中国人のような頭をしていた私に、あろうことか 「ねえ、日本人?」て聞いたのだ。

 これがまた可笑しくって彼らを無視して、日本人?だって。ねえ、日本人?だってよ。と笑いがとまらなくなる。

 このテンションのまま2次会会場のバーに行ってしまった。
そこは、後から見回してみれば、おしゃれな若人が落ち着いてお酒を楽しむようなお店だったのだ。

 そこへ50過ぎのおじさんおばさんが、お行儀悪くけたたましく どっとやって来たのだからたまったものではなかっただろう。

 若者たちよ、ごめんなさい。普段はみんな自制心のある、責任を負った日々を送っているのよ。

 見た目は初老に見えたかもしれないけど、実はあの時私たちみんな20歳だったの。   
無茶よね。 よーくわかってます。

 二次会も終了し、若返りの魔法も解けかかった時、先輩のk原さんが自分の靴がないと右往左往している。 探してみると、ベージュのモカシンが一足ひっそり取り残されていた。 

 これじゃないの? いや、違う違う。どちらかというとお前がはいているのに似てるやつだ。と、もうひとりの先輩、kma田さんがしっかりとはいている黒のスニーカーを指差す。

 kma田さんは、一瞬ポケッとした表情を見せたかと思うとおもむろにモカシンを手に取り、間違えちゃった。とお茶目な顔をした。
どこをどうすれば、ベージュのモカシンと黒のスニーカーを見間違えることができるのだろう。

 せっかっく理性ある大人に戻ろうとしていたところだったのに、またこの瞬間に総崩れ、だ。

 kma田さんは、学生時代の夏合宿で、民宿のお便所サンダルをはいたまま東京まで戻ってきてしまったという前科がある。

 30年経っても、やはり人はそうは変わらないらしい。

 というわけで、まだまだ昨日の余韻をふりきれないまま、今日が始まってしまった。

 そうだ、今日はバレンタインデーだ。ということで、とりあえず日常に戻るためにもハルを連れてお買い物に行き、チョコレートケーキの材料を買ってきた。

 卵を攪拌しながら、トップギアにはいっている精神状態を、数段階のギアチェンジの後、ニュートラルにおさめた。

 いつも通りのケーキが完成した。


 

 
 
 再々再々放送、いやもっと再が必要かなってくらい、何度も放送されるドラマがあるでしょ? あれはやっぱりそれだけ見る人がいるのよねぇ、きっと。

 数日前にまた始まった「恋のチカラ」もそのひとつだと思う。

 私自身、もう今度は見ない。と思いながら、時間がある時なぜか見てしまっているのだ。

 もちろん深っちゃんが好き、というのも理由のひとつだけど。

 話の行き先がわからないからドラマは面白いはずなのに、でもわかっていて見ている安心感ていうのもあるんだと思う。

 それでなきゃ ディテイルは違っているとしても、話の流れやたどり着く先はいつも一緒の 寅さん や 水戸黄門 があんなに長く愛されつづけないでしょう。

 寅さんといえば、以前 BSで「男はつらいよ」を全部放送してくれたので、見てないものは全て見たし私の寅さんライブラリーも完全になった。

 だからいつでも見れるのに それでもあらためてテレビで放送されると、これがまた何故か見てしまうんだ。

 テレビ覧でおなじみのタイトルを見つけたとする。そうするとそのドラマや映画で中心になっていた場所が懐かしく思い出されてそこに浸りたくなるのだ。

 とらやさんのガラス戸、閉店時にかかっているよれよれのカーテン、アルマイトの洗面器を置くのが似合いそうな長四角のテーブル、おばちゃんが大盛りの煮っころがしを作る手狭な台所。そしてみんなで囲む食卓。

 私も行ったことのあるような気になってしまってそこに戻りたいと願うのだ。

 こうして私は何度も何度も同じものを見てしまうのです。
 
朝目覚めてすぐにブログテキストを書き込む。それは私にとってまだまだ夢のような生活だ。こなさなくてはならないルーティーンというやつが山積みになっている毎日。

 それでも後回しにできそうなアイロンなどは、結構溜め込んで それこそお山を作ってしまう傾向は、以前にも触れましたが。。。とうとう昨日その山を切り崩し、まっ平らな地面を踏みしめることに成功。

 気をよくした私は、今日はちょっと優先順位を変えて午前中にこれ書いてます。

 思い起こせばまだ親の庇護の元に暮らしていたとき、すべての時間はほとんど自分のためにあった。何という贅沢だったのだろう。今さらながら あのときそのことに気がついてさえいれば、もっと有効に時間を使ったのにと思う。

 そんなこと考えもしないで刹那的な楽しみを追っていたおばかな私は、ほとんどの時間をだらだらと無意味に過ごしていた。

 それでもたまに編み物などに熱中すると、休日起きると同時に棒針を動かし、食事の時間になると用意してもらったご飯をかきこんではまた定位置に戻り、一段二段と図柄が形をなしていくことに興奮と喜びを覚えながら日がな過ごしていた。

 そんな甘やかされた環境で、ぬくぬくしていたその時の自分に羨望を、またそれを許してくれてた親に感謝を感じざるをえない。

 今まさにだらだら時間を過ごしている大学三年の娘に、そういったことを言ってはみるのだが、やっぱ蛙の子は蛙、たぶん彼女もある程度の年齢にならないとわからないのかもしれない。

 今日はブログを書くんだ。書きたい。と思いつつ、エネルギー&時間切れで見送ることもしばしば。ホームページもリンクさせようと思ってからだいぶたってしまった。実に情けない。

 もうそろそろ優先順位の下克上を敢行するのもいいかな、と思い始めている。
二月に入って日が過ぎるのが早くて。
雪が降ったり、ずっと新年明けてから元気だったのに少し調子をくずして寝込んだり。
 
 体の調子が比較的いいときはあまり気がづがなくてすむことがある。
自分がけっこうわがままであるということだ。

 いったん調子をくずすと影を潜めていた悪魔がうずきだし、ちらりちらりと顔を見せ始める。

 悪魔の餌食は99%主人。他人の前では悪魔もコスプレしてそんなにダークな色を見せないのだ。

 まずいつも何気なくやってることも恩着せがましくなる。
迎えに行った車の中、体調を気遣ってくれないと言ってむくれる。
 
 家に帰ってからもまだまだ続く。そうよ。この家は私が元気な時しかうまく行かないのよ。つまりみんな私に頼りすぎなのよ。ねえそこのところどう思うのよ。
 
 言葉にしてくれないと伝わらないんだから、感謝してくれてるならちゃんと言葉で言ってほしいよ。

 主人は仕事で疲れてるのに、反論もせず延々とこんなことを聞かされるのだ。
 
 次の日、またやってしまったな、と思う。
いつまで経っても成長しないものなのね。

 調子のいい時しか、冷静でやさしくいられないなんて、安泰の上にのみ存在する信念みたい。

 また元気になったからって調子に乗らないで、本当の自分を忘れないようにしないと。




 
 

 
同じ夢を何度も見る。というのは、どういう意味があるのだろうか。

 実際には存在しない街が 夢の中には存在する。
いつもは忘れているのに、目覚めたとき 久しぶりに訪れたその場所に懐かしさを覚えているのだ。

 でも今回見た夢は、様子が今までとは大きく違っていた。
大きくカーブする道を進んで行くと4,5階建ての小さなビルがあり、私の大好きな雑貨屋さんが2階にあるはずだった。なのにそこはドラッグストアーに変わっていた。

 大通りに出ると、前回まではなかったイトーヨーカドーが大安売りをしていて、その前の歩道は入場制限されている人たちであふれかえっていた。

 夢の中までデフレの影響があるなんて、信じられない。誰にも邪魔されない私だけの世界のはずだったのに。

 慣れ親しんだ街並み という表現は、今では存在意義が危ぶまれる。
現実世界ではこの傾向はより顕著だと言える。

 ちょっと間隔をあけると、ついこの間まであったおなじみの店がすっかりなくなっていたりするからだ。 そして実際、その代わりにドラッグストアーがどんどんはびこっているように思えるのは私だけ?

 あと何十年かしたら、世の中コンビニとドラッグストアーだらけになっちゃうんじゃないだろうか。

 夢の中の雑貨屋さんはもともと存在しないのに、お店で売られていた物の素材感、薄紫色の壁紙、物の形や色に惹きつけられた時の高揚感が現実味を帯びて、今でも私に迫りくる。              それはそれは不思議な感覚。

 秩序や常識の存在しない夢の世界なのだから、次の時には案外ちゃっかり説明なしにもとどおりになってたりするかもしれないしね。

 誰か、同じ夢を見たいときに見る方法 知りませんか?

 

カレンダー
11 2025/12 01
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 13
14 15 16 17 18 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
[07/28 kohara]
[04/01 Stevenurift]
[02/03 <a href="https://aclf.ru/">selector casino vojti</a>]
[02/01 JamesDwems]
[01/29 Kophes]
最新TB
プロフィール
HN:
Chie
性別:
女性
職業:
主婦 英語教師
趣味:
バレエ 映画鑑賞 
バーコード
ブログ内検索
最古記事
(11/15)
(11/16)
(11/19)
(11/21)
(11/24)
P R
Copyright ©  My favorite things All Rights Reserved.
*Material by Pearl Box  * Template by tsukika