日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
30年以上続けてきた家庭教師の仕事も、今教えている生徒さんの大学受験が
終われば一区切り。そのあとは当分お休みして他のことをしようかなと思っている。
小さい時から昆虫が大好きだったという生徒の部屋には、昆虫のフィギャーが
所狭しと飾られている。それがある時期からフィギャーだけでは飽き足らなくなったようで、
本物のカマキリ、蜘蛛、ヤモリなどを捕獲して飼い始めた。
毎週行くたびに透明ケースの飼育箱が増えるので、一体どこまで?と不安になったが、
全部で5~6ケースほどになると、それ以上は増えなくなった。
それでも教えている2時間の間に、カマキリが何度となく「ガサッ」と音を立てるので、
私はその都度気になって振り向いてしまう。その音に反応するというよりも、「交尾した
あとのオスを助けようと思っていたのに、学校行っている間にメスが食べちゃって・・。」
という生徒の話が随分と影響しているのだと思う。
知識としては知っていたけど、「ほんとに食べちゃったんだ・・だんなさんを・・」という
思いが頭から離れず、メスカマキリのお腹の不気味な膨らみを、正視するに忍びないのである。
「ヤモリが3つ卵を産んだんだ。」「卵が孵った。」「その赤ちゃんヤモリが一匹行方不明。」
「カマキリも蜘蛛も卵を産んだ。」
行くたびに昆虫ニュースは更新され、私はその度にドキドキするのだ。
英語を教えていても、その間赤ちゃんヤモリを踏んでしまわないか気が気でしょうがない。
「え~。蜘蛛も卵孵化させるの? 冗談でしょ? 『蜘蛛の子を散らすように』っていう
表現があるくらいだから、すごい数なんじゃないの?収集つかなくなるんじゃないの?」
私の訴えもさほど効果はなかったようで、膨大な数の新しい生命は、着々と育っているようだ。
終われば一区切り。そのあとは当分お休みして他のことをしようかなと思っている。
小さい時から昆虫が大好きだったという生徒の部屋には、昆虫のフィギャーが
所狭しと飾られている。それがある時期からフィギャーだけでは飽き足らなくなったようで、
本物のカマキリ、蜘蛛、ヤモリなどを捕獲して飼い始めた。
毎週行くたびに透明ケースの飼育箱が増えるので、一体どこまで?と不安になったが、
全部で5~6ケースほどになると、それ以上は増えなくなった。
それでも教えている2時間の間に、カマキリが何度となく「ガサッ」と音を立てるので、
私はその都度気になって振り向いてしまう。その音に反応するというよりも、「交尾した
あとのオスを助けようと思っていたのに、学校行っている間にメスが食べちゃって・・。」
という生徒の話が随分と影響しているのだと思う。
知識としては知っていたけど、「ほんとに食べちゃったんだ・・だんなさんを・・」という
思いが頭から離れず、メスカマキリのお腹の不気味な膨らみを、正視するに忍びないのである。
「ヤモリが3つ卵を産んだんだ。」「卵が孵った。」「その赤ちゃんヤモリが一匹行方不明。」
「カマキリも蜘蛛も卵を産んだ。」
行くたびに昆虫ニュースは更新され、私はその度にドキドキするのだ。
英語を教えていても、その間赤ちゃんヤモリを踏んでしまわないか気が気でしょうがない。
「え~。蜘蛛も卵孵化させるの? 冗談でしょ? 『蜘蛛の子を散らすように』っていう
表現があるくらいだから、すごい数なんじゃないの?収集つかなくなるんじゃないの?」
私の訴えもさほど効果はなかったようで、膨大な数の新しい生命は、着々と育っているようだ。
秋になると本当にすぐお腹がすいて、読書をするよりも、食べたいものを次から次へと
頭の中に思い描いている。それらを実際全て食べていたら、健康的にも見た目にもよくない
だろうことは疑いようもないので、小腹をその都度満たすために、「こんにゃく」を食べる
ことにした。
こんにゃく大好きの私にとって、「こんにゃく」は、おでんの種で言えば、あの金ピカまん丸
お月様のような「大根」と並んで首位の座に君臨するほど。
ごま油をあっためて、種を取り除いて3つ4つに切った鷹の爪と一緒に一口大のこんにゃくを
音を立ててを炒める。そこに竹輪と今回初めて買った「絹豆腐の厚揚げ」をこれまた一口大に
切って加える。
そこにお酒を放り込み、またその上にひたひたになるくらいのお水を加え、お砂糖を好みの分量
加えた後5分10分煮込む。
あとはお醤油大さじ2~3、塩少々、みりん少々を加え、15分くらい煮込んで出来上がり。
レシピを載せることも蒟蒻のことも、実は二の次で、今日は「絹豆腐の厚揚げ」について
触れたかったんだ。
世の中に真剣な論争があるとしたら、たぶんそのひとつが
「豆腐と言えば 絹派?木綿派?あなたはどちら?」・・であるはずだ。
私のことを言えば、料理の仕方とその時の気分が大きく左右する。
シンプルな冷奴や湯豆腐でさへも、あるときは絹、あるときは木綿が食べたくなるということだ。
でも「厚揚げ」となると、ほとんどの人が木綿の厚揚げに慣れてしまってはいないか。
で、本題は、「一度「絹こしの厚揚」を食べてみて・・。」
とても繊細な食感で、私は昨日感動してしまった。
例えばプリンとかムースの空気に触れる表面の、ちょっとゴワッとしている感じが厚揚げの外側の
カリカリだとしたら、中の絹豆腐は、そのすぐ下にあるなめらかなプリン生地やムース生地だと
言えるかもしれない。
お料理の仕方では、もしかしたらデザート感覚で食べれるかもしれない。
まだ11時半にもなっていないのに、私はすでにお腹がすいている。
食べ物の話を書いていると余計に食欲に拍車をかけるようだ。
昨日のこんにゃくと厚揚げの煮物をまずは食べて、落ち着かせようかと思う。
頭の中に思い描いている。それらを実際全て食べていたら、健康的にも見た目にもよくない
だろうことは疑いようもないので、小腹をその都度満たすために、「こんにゃく」を食べる
ことにした。
こんにゃく大好きの私にとって、「こんにゃく」は、おでんの種で言えば、あの金ピカまん丸
お月様のような「大根」と並んで首位の座に君臨するほど。
ごま油をあっためて、種を取り除いて3つ4つに切った鷹の爪と一緒に一口大のこんにゃくを
音を立ててを炒める。そこに竹輪と今回初めて買った「絹豆腐の厚揚げ」をこれまた一口大に
切って加える。
そこにお酒を放り込み、またその上にひたひたになるくらいのお水を加え、お砂糖を好みの分量
加えた後5分10分煮込む。
あとはお醤油大さじ2~3、塩少々、みりん少々を加え、15分くらい煮込んで出来上がり。
レシピを載せることも蒟蒻のことも、実は二の次で、今日は「絹豆腐の厚揚げ」について
触れたかったんだ。
世の中に真剣な論争があるとしたら、たぶんそのひとつが
「豆腐と言えば 絹派?木綿派?あなたはどちら?」・・であるはずだ。
私のことを言えば、料理の仕方とその時の気分が大きく左右する。
シンプルな冷奴や湯豆腐でさへも、あるときは絹、あるときは木綿が食べたくなるということだ。
でも「厚揚げ」となると、ほとんどの人が木綿の厚揚げに慣れてしまってはいないか。
で、本題は、「一度「絹こしの厚揚」を食べてみて・・。」
とても繊細な食感で、私は昨日感動してしまった。
例えばプリンとかムースの空気に触れる表面の、ちょっとゴワッとしている感じが厚揚げの外側の
カリカリだとしたら、中の絹豆腐は、そのすぐ下にあるなめらかなプリン生地やムース生地だと
言えるかもしれない。
お料理の仕方では、もしかしたらデザート感覚で食べれるかもしれない。
まだ11時半にもなっていないのに、私はすでにお腹がすいている。
食べ物の話を書いていると余計に食欲に拍車をかけるようだ。
昨日のこんにゃくと厚揚げの煮物をまずは食べて、落ち着かせようかと思う。
いつもと趣の違う一週間を過ごしていたら、土曜日がまたやってきた。
たくさんの友人と会うことは、「あの人も、この人も、今この時間をどこかで過ごしている。」
という普段無自覚なことを改めて自覚させてくれて、そのことが私を生きやすくさせてくれる。
水曜日には、横山大観を観に、横浜美術館に行ってきた。
メインの美術鑑賞以外に、観覧車に乗ったりランチを楽しんだりと盛りだくさんで、子供時代の
遠足気分の高揚感覚が、遥かかなたの記憶からひょっこり顔を出した。
その気性から思い切りうなづける、自称「超!晴れ女」のTaeがいてくれていたお陰だろう、
雲ひとつない青空のもと観覧車に乗って横浜全体を見渡せたのは、実に爽快だった。
絵が描けない私が絵を観る・・
私には、どういうのがいい絵でどういうのが悪い絵なのかよくわからないが、無知無能な分野で
あっても、自分の「好き 嫌い」を感じる自由のあることが、どこへでも繰り出していける
所以である。
大観を始め、藤田嗣治 ピカソ、たくさんの偉大な絵を至近距離で体験できた。
翌日、ハルと自然公園を歩いていたら、落ちている葉っぱの色に、シャガールの
絵が見えた。美術館に行った影響である。
恥ずかしながら、私の単純さは、このように発揮するのだ。
才能ある芸術家は、自然に存在する色合いを自らの体に吸収し、あるとき衝動的に彼らの
絵筆から、自分の意思とブレンドしたその色合いをひねり出すことができるのだろうと思った。
絵が描けるって素敵だな。私の永遠の憧れ。
ない袖は振れないので、代わりに写真を撮ることで、私は自然との一体化を楽しんでいこうと
思う。






たくさんの友人と会うことは、「あの人も、この人も、今この時間をどこかで過ごしている。」
という普段無自覚なことを改めて自覚させてくれて、そのことが私を生きやすくさせてくれる。
水曜日には、横山大観を観に、横浜美術館に行ってきた。
メインの美術鑑賞以外に、観覧車に乗ったりランチを楽しんだりと盛りだくさんで、子供時代の
遠足気分の高揚感覚が、遥かかなたの記憶からひょっこり顔を出した。
その気性から思い切りうなづける、自称「超!晴れ女」のTaeがいてくれていたお陰だろう、
雲ひとつない青空のもと観覧車に乗って横浜全体を見渡せたのは、実に爽快だった。
絵が描けない私が絵を観る・・
私には、どういうのがいい絵でどういうのが悪い絵なのかよくわからないが、無知無能な分野で
あっても、自分の「好き 嫌い」を感じる自由のあることが、どこへでも繰り出していける
所以である。
大観を始め、藤田嗣治 ピカソ、たくさんの偉大な絵を至近距離で体験できた。
翌日、ハルと自然公園を歩いていたら、落ちている葉っぱの色に、シャガールの
絵が見えた。美術館に行った影響である。
恥ずかしながら、私の単純さは、このように発揮するのだ。
才能ある芸術家は、自然に存在する色合いを自らの体に吸収し、あるとき衝動的に彼らの
絵筆から、自分の意思とブレンドしたその色合いをひねり出すことができるのだろうと思った。
絵が描けるって素敵だな。私の永遠の憧れ。
ない袖は振れないので、代わりに写真を撮ることで、私は自然との一体化を楽しんでいこうと
思う。
太い毛糸でざっくり編んだベストを着ているのに、肌寒さに時々肩をすくめている
自分がいる。人がもこもこと着込みはじめるこの時期は、紅葉の始まりでもある。
ありきたりな児童公園で、今朝ハルと散歩していたら、周りの景色はすでに色づき始めて
いたのだった。葉っぱの色が変わる。たったそれだけのことなのに、なぜこんなにも気持ちが
高ぶるのだろう。
一昨日は大学時代のサークル仲間が主催する音楽ライブに行ってきた。
35年以上前から聞きなれている彼らのサウンドとヨワイを重ねた現在の容姿の組み合わせ
が、なんの違和感もなく逆に心地よく思えるから不思議だ。
ライブの打ち上げは、すでにお馴染みの居酒屋さん。
これまでに大事な友人先輩後輩を何人か失っている私たちは、「目の前にお互いが居る」こと
にとてつもないありがたさを感じ始めている。
ただ年齢のせいというだけでなく、そういった要因がたぶん我々の集まりの雰囲気をより
年々メロウにしていってるのだと思う。あったかい打ち上げだったな、と一日経って
思い出している。
打ち上げには息子も参加させてもらって、みんなに「可愛い、かっこいい、好青年だ。」と
持ち上げられて照れまくっていた。不思議といえば、共に若さを謳歌していたあの頃の年齢に、
今自分の子供たちが到達しているという事実。
すべての事柄は順序よく長い時を経て徐々に変化を遂げながら、でも着実にあの頃とつながっ
ているはずなのに、この仲間この時空に自分がいざ置かれてしまうと、自分が生んで育て上げ
た子供でさへも、今の形のまま突然そこに現れたような錯覚に陥る。
紅葉の季節。何と我々に似合いの季節ではないか。
華やかな大輪を咲かせなくとも、一枚一枚の葉っぱの集まりが、色濃く燃え上がる。
そんな情熱もあると言いたいのだ。


自分がいる。人がもこもこと着込みはじめるこの時期は、紅葉の始まりでもある。
ありきたりな児童公園で、今朝ハルと散歩していたら、周りの景色はすでに色づき始めて
いたのだった。葉っぱの色が変わる。たったそれだけのことなのに、なぜこんなにも気持ちが
高ぶるのだろう。
一昨日は大学時代のサークル仲間が主催する音楽ライブに行ってきた。
35年以上前から聞きなれている彼らのサウンドとヨワイを重ねた現在の容姿の組み合わせ
が、なんの違和感もなく逆に心地よく思えるから不思議だ。
ライブの打ち上げは、すでにお馴染みの居酒屋さん。
これまでに大事な友人先輩後輩を何人か失っている私たちは、「目の前にお互いが居る」こと
にとてつもないありがたさを感じ始めている。
ただ年齢のせいというだけでなく、そういった要因がたぶん我々の集まりの雰囲気をより
年々メロウにしていってるのだと思う。あったかい打ち上げだったな、と一日経って
思い出している。
打ち上げには息子も参加させてもらって、みんなに「可愛い、かっこいい、好青年だ。」と
持ち上げられて照れまくっていた。不思議といえば、共に若さを謳歌していたあの頃の年齢に、
今自分の子供たちが到達しているという事実。
すべての事柄は順序よく長い時を経て徐々に変化を遂げながら、でも着実にあの頃とつながっ
ているはずなのに、この仲間この時空に自分がいざ置かれてしまうと、自分が生んで育て上げ
た子供でさへも、今の形のまま突然そこに現れたような錯覚に陥る。
紅葉の季節。何と我々に似合いの季節ではないか。
華やかな大輪を咲かせなくとも、一枚一枚の葉っぱの集まりが、色濃く燃え上がる。
そんな情熱もあると言いたいのだ。
最近の気温低下に反比例して、大学時代のサークル仲間との交流が上昇中。
一昨日は、この春都会に引っ越したばかりのTaeのお宅に、同期仲間3人でおじゃました。
どれくらい都会かっていうと、彼女が道を歩いていたら、あの飛ぶ鳥落とす勢いの脚本家
三谷幸喜さんが、犬の散歩をしているところに出くわした・・というくらい都会なのだ。
まずリビングに案内されると、20畳いや30畳?(何しろ広さに慣れていないので感覚
が掴みづらいのだ・・)はたっぷりあるだろうという余裕の広さにまずびっくりする。
そして一面総窓から惜しみなく注がれる光が、部屋に朗らかな明るさを与えていて、思わず
体いっぱい伸びをしたりストレッチをしたりしたくなるようなそんな開放感のある素敵な
お部屋だった。
「ね、パーティーできるね。」「飲んでいて終電なくなったら、泊まりに来ても平気だよね。」
と、人のおうちなのに私は興奮していた。
「いつだって来ていいよ。」というTaeの優しい言葉に、そんな風に言ってくれたからといって
厚かましいことをする気は毛頭ないけれど、それでも永久パスポートをもらったような嬉しい
気分だった。
ワイングラスとワイングラスの奏でる透明な音を合図に、我々の楽しいおしゃべりと食事が
始まった。Taeはパエリア ホタテのチーズパン粉焼き サラダ スープを用意してくれていた。
私は ヨーグルトレーズンケーキとくるみレーズンりんごさつまいもの入った具だくさんの
ライ麦パンをその日の朝焼いて持っていった。
Michihaはおいしいパン、カールはいくらでも食べれるロールケーキを買ってきてくれた。
おしゃべりの内容は、「私たちのこれからの過ごし方」が、中心だった。
「Chie、バンコク一緒に行かない?」と、Taeが映画にでも誘うような軽いノリで言った。
「来年の一月かあ・・大学受験生の生徒を抱えているので今回はパス。」
私以外の3人はてきぱきとパソコンで調べ物をして、もう今日中に予約しようとしていた。
私は感慨深かった。やっとここまで来たんだ。と。
それぞれが子供を育て上げ、親の面倒をみて、今また35年前みたいにみんなで積極的に遊ぼう
としている。
今日も実は彼女たちと会うんだ。
青山でサークルのライブがあるからだ。実は家の旦那も出るので、早めに出かけていった。
書道の先生であるMichihaが、帰り際に行った。
「横浜美術館に横山大観見に行こうよ。」
だから、来週も彼女たちと会うことになった。
言葉が全部そのまま行動になる友達って、すごいなあ、と私は感心しきりである。
一昨日は、この春都会に引っ越したばかりのTaeのお宅に、同期仲間3人でおじゃました。
どれくらい都会かっていうと、彼女が道を歩いていたら、あの飛ぶ鳥落とす勢いの脚本家
三谷幸喜さんが、犬の散歩をしているところに出くわした・・というくらい都会なのだ。
まずリビングに案内されると、20畳いや30畳?(何しろ広さに慣れていないので感覚
が掴みづらいのだ・・)はたっぷりあるだろうという余裕の広さにまずびっくりする。
そして一面総窓から惜しみなく注がれる光が、部屋に朗らかな明るさを与えていて、思わず
体いっぱい伸びをしたりストレッチをしたりしたくなるようなそんな開放感のある素敵な
お部屋だった。
「ね、パーティーできるね。」「飲んでいて終電なくなったら、泊まりに来ても平気だよね。」
と、人のおうちなのに私は興奮していた。
「いつだって来ていいよ。」というTaeの優しい言葉に、そんな風に言ってくれたからといって
厚かましいことをする気は毛頭ないけれど、それでも永久パスポートをもらったような嬉しい
気分だった。
ワイングラスとワイングラスの奏でる透明な音を合図に、我々の楽しいおしゃべりと食事が
始まった。Taeはパエリア ホタテのチーズパン粉焼き サラダ スープを用意してくれていた。
私は ヨーグルトレーズンケーキとくるみレーズンりんごさつまいもの入った具だくさんの
ライ麦パンをその日の朝焼いて持っていった。
Michihaはおいしいパン、カールはいくらでも食べれるロールケーキを買ってきてくれた。
おしゃべりの内容は、「私たちのこれからの過ごし方」が、中心だった。
「Chie、バンコク一緒に行かない?」と、Taeが映画にでも誘うような軽いノリで言った。
「来年の一月かあ・・大学受験生の生徒を抱えているので今回はパス。」
私以外の3人はてきぱきとパソコンで調べ物をして、もう今日中に予約しようとしていた。
私は感慨深かった。やっとここまで来たんだ。と。
それぞれが子供を育て上げ、親の面倒をみて、今また35年前みたいにみんなで積極的に遊ぼう
としている。
今日も実は彼女たちと会うんだ。
青山でサークルのライブがあるからだ。実は家の旦那も出るので、早めに出かけていった。
書道の先生であるMichihaが、帰り際に行った。
「横浜美術館に横山大観見に行こうよ。」
だから、来週も彼女たちと会うことになった。
言葉が全部そのまま行動になる友達って、すごいなあ、と私は感心しきりである。