日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
灰色の雨雲が、そこにあるはずの富士山をすっぽりおおい隠し
、あたりの景色の広がりを妙にだらしなく見せていた。
それでも半日も経つと、その景色のしまりのなさと、首をひねりたくなるような
欠落感にもすっかり慣れてしまったようで、是が非でも富士山を・・と意気込んで
後追いなどすることもなく、どちらかといえば「この次の時はお願いね・・」と
いった具合に聞き分けよく機嫌よく過ごしていた。
嬉しいことに、期せずして翌日目を覚ますと富士がそこにそびえていた。
真っ白な雪におおわれた神々しい富士山が、窓枠を額縁にして、巨大な絵画のように
視界いっぱい迫って来た。
万歳をしたくなるような気持ちと、着替えを両手に抱え込み、露天風呂に向う。
朝の冷気を受けた顔と、温泉につかっている体との温度差が、私の中に鋭さと
穏やかさを混在させる。
太陽が富士のてっぺんをすくい取るように照らす。のんびりと眺めているうちに、
光の当たる場所が裾へ裾へと広がっていく。
富士山を眺めながらの贅沢な朝食を終えてから、ハルも行けるからという至極
単純な理由で、「癒しの里」という所に行ってみる。
そこは、わら葺き屋根の古民家がいくつも連なっていて、その間を通るくねくねと
続く坂道を歩いていると、昔の絵本の中に入り込んでしまったような錯覚に陥る。
ひとつひとつの古民家は、中に入るとそれぞれ独特で、藍染の作品が展示販売されて
いたり、ひょうたんのお店だったりと、なかなか楽しかった。
戸外で一通り遊んだら満足して、最後に仕事が忙しくて休みが取れなかった娘のために、
フジヤマクッキーをお土産に買って帰路についた。
この旅行ではスマホで無料ダウンロードした夏目漱石の「こころ」を読み終えた。
朝日新聞で連載が始まったのを読みだしたら、気持ちが焦れて、いっぺんに
読み通したくなったからだ。
「こころ」の中の登場人物 わたし 先生 K の会話や手紙を読んでいて、
「学問によって得る知識」と「経験によって得る知恵」という、この全く別の
ふたつの重なりとバランスについて考えさせられた。というか今考えているところです。






、あたりの景色の広がりを妙にだらしなく見せていた。
それでも半日も経つと、その景色のしまりのなさと、首をひねりたくなるような
欠落感にもすっかり慣れてしまったようで、是が非でも富士山を・・と意気込んで
後追いなどすることもなく、どちらかといえば「この次の時はお願いね・・」と
いった具合に聞き分けよく機嫌よく過ごしていた。
嬉しいことに、期せずして翌日目を覚ますと富士がそこにそびえていた。
真っ白な雪におおわれた神々しい富士山が、窓枠を額縁にして、巨大な絵画のように
視界いっぱい迫って来た。
万歳をしたくなるような気持ちと、着替えを両手に抱え込み、露天風呂に向う。
朝の冷気を受けた顔と、温泉につかっている体との温度差が、私の中に鋭さと
穏やかさを混在させる。
太陽が富士のてっぺんをすくい取るように照らす。のんびりと眺めているうちに、
光の当たる場所が裾へ裾へと広がっていく。
富士山を眺めながらの贅沢な朝食を終えてから、ハルも行けるからという至極
単純な理由で、「癒しの里」という所に行ってみる。
そこは、わら葺き屋根の古民家がいくつも連なっていて、その間を通るくねくねと
続く坂道を歩いていると、昔の絵本の中に入り込んでしまったような錯覚に陥る。
ひとつひとつの古民家は、中に入るとそれぞれ独特で、藍染の作品が展示販売されて
いたり、ひょうたんのお店だったりと、なかなか楽しかった。
戸外で一通り遊んだら満足して、最後に仕事が忙しくて休みが取れなかった娘のために、
フジヤマクッキーをお土産に買って帰路についた。
この旅行ではスマホで無料ダウンロードした夏目漱石の「こころ」を読み終えた。
朝日新聞で連載が始まったのを読みだしたら、気持ちが焦れて、いっぺんに
読み通したくなったからだ。
「こころ」の中の登場人物 わたし 先生 K の会話や手紙を読んでいて、
「学問によって得る知識」と「経験によって得る知恵」という、この全く別の
ふたつの重なりとバランスについて考えさせられた。というか今考えているところです。
旅行に行くずっと前から分かっていた。
私たちが出かける当日は雨降りの天気で、それもかなり強めの
雨が降るということを。
お天気ばかりは文句を言ったってしょうがない。と早々に観念して、
今回の旅行は、温泉につかり お料理を食べて 本を読んで 眠ってと、
ただ体を休めればいいと思っていた。
それでも、仕方がない・・と諦めるのにちょっぴり努力を要したのが、
富士山が雲隠れして拝めない状況。
真ん前に富士山が見えるホテルをわざわざ選んだのにね。
一日目、今までそこにあるのは知っていたけれど、あまり興味を惹かれずに何度も
前を通り過ぎていたオルゴール館に入館してみた。
これがけっこう意表をついて面白かった。
我が家の単発旅行の歴史の中で、「オルゴール館」への私の理解・印象の程は、
オルゴールの仕組みの説明が何らかの形で毛の生えた程度に行われた後に、オルゴール
ショップでの来場者の購買意欲掻き立てるのが主流であるのだろう。というまぎれも
ない思い込みであった。
実際に体験してみると、何かを見て回るというよりも、音楽のコンサートを聴きに
行った。というほうが近いように思える。
ヒストリーホールで行われた、大きめの洋服ダンス大の、どっしりした「自動演奏楽器」
や「オルゴール」の演奏は、長い年月に深い飴色となったのであろう艶やかな木箱の
板に、音の振動が小気味よくはじかれて、ノスタルジックな音色を私たちの耳に届けて
くれた。
この大きなオルゴール一台、中にはバイオリンも組み込まれてあって、バイオリンの
音色で自動演奏をするのもあるのだが、人々は250年かけてその一台を作り上げたと
いうから気の遠くなる話である。
雨もまんざら悪くないじゃん・・と言い合って、ホテルについて温泉三昧のんびり
三昧して翌日目が覚めたら、目の前に、真っ白な富士山が輝いていた。




私たちが出かける当日は雨降りの天気で、それもかなり強めの
雨が降るということを。
お天気ばかりは文句を言ったってしょうがない。と早々に観念して、
今回の旅行は、温泉につかり お料理を食べて 本を読んで 眠ってと、
ただ体を休めればいいと思っていた。
それでも、仕方がない・・と諦めるのにちょっぴり努力を要したのが、
富士山が雲隠れして拝めない状況。
真ん前に富士山が見えるホテルをわざわざ選んだのにね。
一日目、今までそこにあるのは知っていたけれど、あまり興味を惹かれずに何度も
前を通り過ぎていたオルゴール館に入館してみた。
これがけっこう意表をついて面白かった。
我が家の単発旅行の歴史の中で、「オルゴール館」への私の理解・印象の程は、
オルゴールの仕組みの説明が何らかの形で毛の生えた程度に行われた後に、オルゴール
ショップでの来場者の購買意欲掻き立てるのが主流であるのだろう。というまぎれも
ない思い込みであった。
実際に体験してみると、何かを見て回るというよりも、音楽のコンサートを聴きに
行った。というほうが近いように思える。
ヒストリーホールで行われた、大きめの洋服ダンス大の、どっしりした「自動演奏楽器」
や「オルゴール」の演奏は、長い年月に深い飴色となったのであろう艶やかな木箱の
板に、音の振動が小気味よくはじかれて、ノスタルジックな音色を私たちの耳に届けて
くれた。
この大きなオルゴール一台、中にはバイオリンも組み込まれてあって、バイオリンの
音色で自動演奏をするのもあるのだが、人々は250年かけてその一台を作り上げたと
いうから気の遠くなる話である。
雨もまんざら悪くないじゃん・・と言い合って、ホテルについて温泉三昧のんびり
三昧して翌日目が覚めたら、目の前に、真っ白な富士山が輝いていた。
満開の桜が葉桜になり、緑一色に変わる間に、梨の花からハナミズキ、
藤の花へとバトンが渡される。この順番は毎年同じで変わることない
宇宙のルール。
3月からゴールデンウィークにかけて体力がグーンと落ちるのも
毎年変わることのない私の中のルール。
ここ数ヶ月、思うように動かない自分の身体に対し、知らず知らずに
ストレスを感じていたのだろう。昨日髪の毛を乾かしていたら10円玉
ハゲを見つけてしまった。いや10円玉よりも大きいかもしれない。
500円玉ハゲだ。
ゴールデンウィークで医者がお休みに入る前に、診察してもらうべきか
迷ったけれど、とりあえず様子を見ることにした。
円形脱毛症で検索すると、女性ホルモンの急激な減少により更年期に起こる場合、
自己免疫性の疾患が要因になる場合、ストレス性のもの・・といくつか列挙され
ていたが、今の私の状況は、円形脱毛症発症のためには、優等生的に条件が揃って
しまったようだ。
円形脱毛の見た目がぎょっとするのは、その部分だけツルツルで毛穴も消滅
してしまったように見えることと、肌色と黒の対比が強烈なことだ。
まさに空虚な不毛地帯。
今のところ、無理に探さない限りそうそう目立つことがないので極端な恐怖
を感じていないけれど、不安は不安である。
毛穴もなくなってしまったような所から、もう一度毛が生え揃ってくれるのだろうか?
やっぱりお医者さん行っておこうかな。気持ち的にもそっちのほうが楽かもね。
年を取っていくということは、こういう体の変化のマイナスをひとつひとつ
受け入れていくことなのね。
でも円形脱毛は、ある日気がついたらシワやシミが増えていた とか 毛が少しばかり
薄くなっていた・・というような長期的な時間の流れに沿った変化とはまるっきり
違って、急性的な部分的完全欠落なので、ショックが大きいのだ。
やっとお尻の筋肉が治ってバレエに復帰して喜んでいたら、今度は「ハゲ」か。
しょうがないね。降りかかってくることは穏やかに受け止めて、できることをして
行く他ない。
ウェブで授業を受けている「仏教と現代心理学」がきっかけで、実際の瞑想の
クラスに数ヶ月間通うことにしたんだ。
瞑想がハゲに効くとは思わないけれど、何か自分に変化があることをちょっと
期待している。
藤の花へとバトンが渡される。この順番は毎年同じで変わることない
宇宙のルール。
3月からゴールデンウィークにかけて体力がグーンと落ちるのも
毎年変わることのない私の中のルール。
ここ数ヶ月、思うように動かない自分の身体に対し、知らず知らずに
ストレスを感じていたのだろう。昨日髪の毛を乾かしていたら10円玉
ハゲを見つけてしまった。いや10円玉よりも大きいかもしれない。
500円玉ハゲだ。
ゴールデンウィークで医者がお休みに入る前に、診察してもらうべきか
迷ったけれど、とりあえず様子を見ることにした。
円形脱毛症で検索すると、女性ホルモンの急激な減少により更年期に起こる場合、
自己免疫性の疾患が要因になる場合、ストレス性のもの・・といくつか列挙され
ていたが、今の私の状況は、円形脱毛症発症のためには、優等生的に条件が揃って
しまったようだ。
円形脱毛の見た目がぎょっとするのは、その部分だけツルツルで毛穴も消滅
してしまったように見えることと、肌色と黒の対比が強烈なことだ。
まさに空虚な不毛地帯。
今のところ、無理に探さない限りそうそう目立つことがないので極端な恐怖
を感じていないけれど、不安は不安である。
毛穴もなくなってしまったような所から、もう一度毛が生え揃ってくれるのだろうか?
やっぱりお医者さん行っておこうかな。気持ち的にもそっちのほうが楽かもね。
年を取っていくということは、こういう体の変化のマイナスをひとつひとつ
受け入れていくことなのね。
でも円形脱毛は、ある日気がついたらシワやシミが増えていた とか 毛が少しばかり
薄くなっていた・・というような長期的な時間の流れに沿った変化とはまるっきり
違って、急性的な部分的完全欠落なので、ショックが大きいのだ。
やっとお尻の筋肉が治ってバレエに復帰して喜んでいたら、今度は「ハゲ」か。
しょうがないね。降りかかってくることは穏やかに受け止めて、できることをして
行く他ない。
ウェブで授業を受けている「仏教と現代心理学」がきっかけで、実際の瞑想の
クラスに数ヶ月間通うことにしたんだ。
瞑想がハゲに効くとは思わないけれど、何か自分に変化があることをちょっと
期待している。
久しぶりの雨で、前のめりに進んでいた汗ばむ季節の到来にブレーキがかかる。
早足で歩いた散歩の後でも肌はサラサラで、どうかすると手のひらで二の腕
あたりをさすってしまうほどひんやりしていた。
車から見る雨の景色は嫌いじゃない。
通学途中の小学生が色とりどりの傘をさして歩いていた。
肩を寄せ合って歩くと傘が重なり合い、ひとかたまりのグループが紫陽花の花
のように見えた。
それにしても、つくづく見ると、「傘」の形はなぜあれほどまでに完璧なフォーム
をしているのだろう。「機能的でかつ美しい。」・・を代表していると思えるほど。
実は私はそんな傘にはまってしまって、気に入ったものを見つける度にためらわずに
買っていたら15本を超えてしまい、置き場にも困ることに気づき自粛した経験がある。
傘をたくさん持っていると、洋服に合わすことができる。
着ている洋服と傘が気持ちよくマッチすると、雨の日に歩くのもまったく苦で
なくなるから不思議だ。雨に唄ってしまいそうな、軽やかな気持ちになれるのだ。
腰の筋肉を痛めて、家に閉じこもっていた2週間に終りを告げて、今日久しぶりに
バレエの稽古に出かけた。先週の今日は、動くたびに「イタ、タ、タタ・・」と
言っていた。実に先がおもいやられることだわ、と思っていたのだけれど、この
一週間の回復ぶりは自分でも驚く程で、今日の稽古では殆ど違和感を感じること
なく時間が過ぎ去り、自分の身体にめちゃくちゃ感謝、である。
閉じこもりの2週間で再確認したことは、結局私は家にいることが本当に好きということ。
いろんな人に「どこにも出かけられないのよ」とか言って、文句混じりの表情を一応は
してみたのだけれど、そう言いながらかすかに頬のあたりが微笑んでしまっていた。
映画とかドラマが見放題の2週間無料トライアル「HULU」に申し込んで、家事の
合間にお目当てのドラマや映画を観たりもしていた。
とりあえず土日は少しゆっくりして、また来週からジムにも復帰しようと思う。
早足で歩いた散歩の後でも肌はサラサラで、どうかすると手のひらで二の腕
あたりをさすってしまうほどひんやりしていた。
車から見る雨の景色は嫌いじゃない。
通学途中の小学生が色とりどりの傘をさして歩いていた。
肩を寄せ合って歩くと傘が重なり合い、ひとかたまりのグループが紫陽花の花
のように見えた。
それにしても、つくづく見ると、「傘」の形はなぜあれほどまでに完璧なフォーム
をしているのだろう。「機能的でかつ美しい。」・・を代表していると思えるほど。
実は私はそんな傘にはまってしまって、気に入ったものを見つける度にためらわずに
買っていたら15本を超えてしまい、置き場にも困ることに気づき自粛した経験がある。
傘をたくさん持っていると、洋服に合わすことができる。
着ている洋服と傘が気持ちよくマッチすると、雨の日に歩くのもまったく苦で
なくなるから不思議だ。雨に唄ってしまいそうな、軽やかな気持ちになれるのだ。
腰の筋肉を痛めて、家に閉じこもっていた2週間に終りを告げて、今日久しぶりに
バレエの稽古に出かけた。先週の今日は、動くたびに「イタ、タ、タタ・・」と
言っていた。実に先がおもいやられることだわ、と思っていたのだけれど、この
一週間の回復ぶりは自分でも驚く程で、今日の稽古では殆ど違和感を感じること
なく時間が過ぎ去り、自分の身体にめちゃくちゃ感謝、である。
閉じこもりの2週間で再確認したことは、結局私は家にいることが本当に好きということ。
いろんな人に「どこにも出かけられないのよ」とか言って、文句混じりの表情を一応は
してみたのだけれど、そう言いながらかすかに頬のあたりが微笑んでしまっていた。
映画とかドラマが見放題の2週間無料トライアル「HULU」に申し込んで、家事の
合間にお目当てのドラマや映画を観たりもしていた。
とりあえず土日は少しゆっくりして、また来週からジムにも復帰しようと思う。
いつもの金曜日なら家を10時に出るので、ハルとの早朝散歩も早歩きが
普通。でも、先週骨盤周りの筋肉を痛め、バレエに行かないから今日は
何も焦る必要がない。
道端に咲いている薄紫色の花をしゃがんで(しゃがめなかったのに、もう
しゃがめるの・・回復早いかも。)楽しんだ後、老人施設の敷地内で
飼われているオウムの巨大な鳥かごに初めて近づいてみる。
オウムは警戒しているのか、鋭い爪で金網に張り付きながらも羽を大きく広げ、
こわばった表情で見下ろし威嚇する。コバルトブルーの羽とレモンイエローの
胴体のコントラストが、眩しいほどに美しい。
ハルはその圧倒的なエネルギーにすぐさま降参してしまい逃げ腰だ。
オウムさん怒らせて悪かったかな・・と、ハルに引っ張られるまますごすごと
その場を去ったら、後ろから聞きなれた声で「おはよー。」と、明るく言ってくれた。
今度は、道路を挟んで斜向かいにある亀の水槽を覗いてみる。
何十匹もいる亀が、石のように動かずにいた。
半数が水に沈んでいて半数が陸地に上がり甲羅干しをしていた。
私が顔を近づけると、目の前にいた亀が、掃除機のコードが機体に収まるような速さで、
ヒュンと頭を甲羅に吸い込んだ。
私、もしかしてウザイ存在になっているのね。とすぐに気づいて、肩をすくめて
その場を去る。
散歩道の中間あたりに、昔ながらの日本の家がある。
植木は端正に整えられ、玄関前はいつ見ても竹ぼうきで掃いたあとが見えそうな
ほどに清められている。
お庭が奥に見える。いつ見てもたくさんの洗濯物が干してあり、風に揺れていた。
時々麦わら帽子をかぶって真っ白な前掛けをしたご婦人が、洗濯物を
干されている最中に出くわすこともあった。
でも、昨日も今日も、物干し竿には洗濯物がひとつもなかった。
どうしたんだろう。喋ったことも視線を交わしたこともないのに、なぜだか
彼女のことが心配になる。
自分の干した洗濯物には何も感じることはないけれど、知らない家の洗濯物が
綺麗に干されていると、それだけで嬉しくなる。
生活がある。そこにある。人が毎日を営んでいる。そこに生きている。
洗濯物の風景が恋しい。
普通。でも、先週骨盤周りの筋肉を痛め、バレエに行かないから今日は
何も焦る必要がない。
道端に咲いている薄紫色の花をしゃがんで(しゃがめなかったのに、もう
しゃがめるの・・回復早いかも。)楽しんだ後、老人施設の敷地内で
飼われているオウムの巨大な鳥かごに初めて近づいてみる。
オウムは警戒しているのか、鋭い爪で金網に張り付きながらも羽を大きく広げ、
こわばった表情で見下ろし威嚇する。コバルトブルーの羽とレモンイエローの
胴体のコントラストが、眩しいほどに美しい。
ハルはその圧倒的なエネルギーにすぐさま降参してしまい逃げ腰だ。
オウムさん怒らせて悪かったかな・・と、ハルに引っ張られるまますごすごと
その場を去ったら、後ろから聞きなれた声で「おはよー。」と、明るく言ってくれた。
今度は、道路を挟んで斜向かいにある亀の水槽を覗いてみる。
何十匹もいる亀が、石のように動かずにいた。
半数が水に沈んでいて半数が陸地に上がり甲羅干しをしていた。
私が顔を近づけると、目の前にいた亀が、掃除機のコードが機体に収まるような速さで、
ヒュンと頭を甲羅に吸い込んだ。
私、もしかしてウザイ存在になっているのね。とすぐに気づいて、肩をすくめて
その場を去る。
散歩道の中間あたりに、昔ながらの日本の家がある。
植木は端正に整えられ、玄関前はいつ見ても竹ぼうきで掃いたあとが見えそうな
ほどに清められている。
お庭が奥に見える。いつ見てもたくさんの洗濯物が干してあり、風に揺れていた。
時々麦わら帽子をかぶって真っ白な前掛けをしたご婦人が、洗濯物を
干されている最中に出くわすこともあった。
でも、昨日も今日も、物干し竿には洗濯物がひとつもなかった。
どうしたんだろう。喋ったことも視線を交わしたこともないのに、なぜだか
彼女のことが心配になる。
自分の干した洗濯物には何も感じることはないけれど、知らない家の洗濯物が
綺麗に干されていると、それだけで嬉しくなる。
生活がある。そこにある。人が毎日を営んでいる。そこに生きている。
洗濯物の風景が恋しい。
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