日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
「生き物」っていうと、我が家では 犬のハルくんであったり窓辺やベランダの
植物、そしてついでながら私たち人間が含まれると思うけど、今ね、寡黙な「生き物」
がキッチンのお鍋の中で息づいている。 正体は「米麹」。
おかゆと米麹を混ぜて、朝晩2回、人肌に温め直して優しくクルクルとかき混ぜる。
自家製甘酒完成を夢見て、先週の水曜日からこの作業を欠かさず行っている。
同時に「塩麹」も進行中。彼等は日々静かな呼吸をして発酵を地道に進め、まろやかに
なって行く。
普通に毎日暮らしていたら、「甘酒を自分で作ろう!」なんて、私の中に起こりえない。
スポーツジムの友人、って言っていいのかな、その彼が、ヨガマットに座っている私に
近づいてきたかと思うと、「ね、米麹興味ない?」と挨拶の直後に言ったのだ。
彼の話では、最近自家製の甘酒と塩麹から多分に恩恵を受けていて、近いうちにもう一度
米麹を注文しようと思うので一緒にどうですか?というお誘いだった。
で、今私はこの静かな生き物に日々語りかけ、反応を楽しんでいるというわけだ。
それにしてもこのジムで出会った男性、私より10歳程上とお見受けするのだが、
エネルギーとやる気と意志と行動力に満ち満ちていて、私は時々圧倒されてしまう。
一年程前に私がストレッチをしていたら、「ヨガのポーズ、あなたが一番美しいです。」
と声をかけてきてくれた。それ以来、彼のヨガ仲間に次々と紹介してもらい、たまに
彼らのお茶会や飲み会に参加させてもらうようになったのだ。
彼の毎日はそれは規律正しい。まず朝4時起床。早朝に調べ物や勉強を終え、日の出の頃に
自家製甘酒をクイッとひっかけジョギングへ。その後、ジムが開く10時前には、開館を待つ
列の中にいる。たぶん一番乗りなんじゃないかと、私は想像する。
ジムのプログラムは、たいてい毎日ヨガかパワーヨガのクラスがある。
開始時間ぎりぎりにスタジオに入り後方にヨガマットを敷く私の視界に、最前列の中央で、
待ち時間中懸命にストレッチに励んでいる彼の姿が入ってくる。
「こうなりたい、ああなりたい」と人はよく思うかもしれないが、思うだけで終わってしまう
人が多いだろう中、彼は努力するのだ。毎日毎日努力する。
ある日ストレッチエリアのマットから手招きされて、行ってみると「ほら!」と言って
スプリットを見せてくれた。「ずっとこれできるのが夢だったんだ。」と前後にきれいに脚を
広げてにっこり笑った。
ヨガのプログラム数をジム側が大幅に減らした時も、「納得がいかないので署名を集めること
にしました。」とメールが来た。実際数週間で数百の署名を集め、会社のトップに直訴して、
会社側にヨガプログラムを7月から増やすことを約束させた。
自信に満ち溢れている人の傾向だろう、彼もまた自分のいいと思うもの美味しいと思うもの
を人にも経験させてあげたいと思う人なのだと思う。そのおかげで彼の大好物である六花亭の
お菓子、富山産の高級干し柿、昆布の佃煮など、今まで私はいろいろ頂き、ご相伴にあずかっ
ている。
彼の口癖は、「あ~、楽しい人生だったなあ、と思いながらピンピンコロリであの世に
行きたいね・・・」
いやいや、この調子なら、そんなこと、永遠に来ないんじゃないかな。
植物、そしてついでながら私たち人間が含まれると思うけど、今ね、寡黙な「生き物」
がキッチンのお鍋の中で息づいている。 正体は「米麹」。
おかゆと米麹を混ぜて、朝晩2回、人肌に温め直して優しくクルクルとかき混ぜる。
自家製甘酒完成を夢見て、先週の水曜日からこの作業を欠かさず行っている。
同時に「塩麹」も進行中。彼等は日々静かな呼吸をして発酵を地道に進め、まろやかに
なって行く。
普通に毎日暮らしていたら、「甘酒を自分で作ろう!」なんて、私の中に起こりえない。
スポーツジムの友人、って言っていいのかな、その彼が、ヨガマットに座っている私に
近づいてきたかと思うと、「ね、米麹興味ない?」と挨拶の直後に言ったのだ。
彼の話では、最近自家製の甘酒と塩麹から多分に恩恵を受けていて、近いうちにもう一度
米麹を注文しようと思うので一緒にどうですか?というお誘いだった。
で、今私はこの静かな生き物に日々語りかけ、反応を楽しんでいるというわけだ。
それにしてもこのジムで出会った男性、私より10歳程上とお見受けするのだが、
エネルギーとやる気と意志と行動力に満ち満ちていて、私は時々圧倒されてしまう。
一年程前に私がストレッチをしていたら、「ヨガのポーズ、あなたが一番美しいです。」
と声をかけてきてくれた。それ以来、彼のヨガ仲間に次々と紹介してもらい、たまに
彼らのお茶会や飲み会に参加させてもらうようになったのだ。
彼の毎日はそれは規律正しい。まず朝4時起床。早朝に調べ物や勉強を終え、日の出の頃に
自家製甘酒をクイッとひっかけジョギングへ。その後、ジムが開く10時前には、開館を待つ
列の中にいる。たぶん一番乗りなんじゃないかと、私は想像する。
ジムのプログラムは、たいてい毎日ヨガかパワーヨガのクラスがある。
開始時間ぎりぎりにスタジオに入り後方にヨガマットを敷く私の視界に、最前列の中央で、
待ち時間中懸命にストレッチに励んでいる彼の姿が入ってくる。
「こうなりたい、ああなりたい」と人はよく思うかもしれないが、思うだけで終わってしまう
人が多いだろう中、彼は努力するのだ。毎日毎日努力する。
ある日ストレッチエリアのマットから手招きされて、行ってみると「ほら!」と言って
スプリットを見せてくれた。「ずっとこれできるのが夢だったんだ。」と前後にきれいに脚を
広げてにっこり笑った。
ヨガのプログラム数をジム側が大幅に減らした時も、「納得がいかないので署名を集めること
にしました。」とメールが来た。実際数週間で数百の署名を集め、会社のトップに直訴して、
会社側にヨガプログラムを7月から増やすことを約束させた。
自信に満ち溢れている人の傾向だろう、彼もまた自分のいいと思うもの美味しいと思うもの
を人にも経験させてあげたいと思う人なのだと思う。そのおかげで彼の大好物である六花亭の
お菓子、富山産の高級干し柿、昆布の佃煮など、今まで私はいろいろ頂き、ご相伴にあずかっ
ている。
彼の口癖は、「あ~、楽しい人生だったなあ、と思いながらピンピンコロリであの世に
行きたいね・・・」
いやいや、この調子なら、そんなこと、永遠に来ないんじゃないかな。
あくびは不思議だ。
人があくびをしているのを目にすると、感化されやすい私は
必ずと言っていいほどその後に続いてファ~と大口をあけてしまう。
あくびの感染力は人間同士だけで起こりうるものだと思っていたら、
犬と人間でも同じ現象が起こることが最近わかった。
ハルのあくびを見て私が、私のあくびを見てハルが、かわり番子に
あくびをすることがよくある。
それどころか、先日読んでいた本の中に「あくび」という字が出てきただけで、
私はその時大きなあくびをしてしまっていた。どんどん自分が単純化していくようで
笑ってしまう。
今日は人のあくびを見るまでもなく、純粋に眠くてあくびが出る。
サッカーワールドカップ直前の試合、「日本対ザンビア」を観るために、早めに
起床したからだ。
結果は、先に日本が2点失点してその後2点返し同点。
3点目を日本が入れて逆転に大喜びしていたら、また1点返されて同点。
でも最後のゴールを大久保選手が決め、堂々の勝利。
直後のインタビューで、ザッケローニ監督が、内容が良くない試合だった・・と
厳しいコメントをしていたが、サッカーに詳しくない素人の私にとって、今日の試合は
とてもエキサイティングで楽しめるものだった。
それにしても解説者の松木さんは、面白い。
サッカーを解説するというよりも、テレビのこちら側で観ている私たちが思わず
口にしてしまうようなことを、解説席で言っちゃってくれる。
2点失点後に1点を返したことで、軒並み調子づいた日本チームに、「まずは同点へ」
という応援ムードが盛り上がり始めたいなや、ロスタイムが「3分」と告げられた。
そこで松木さんが言ったのが、「いや、5分くらいあったでしょ。」
ザンビア側の度を越したディフェンスに審判がファールをとらないと、
「今ひっかけたでしょ・・PKじゃないの。」
遠藤選手についていたザンビアの選手がイエローカードを取られると、
「審判もね~、遠藤選手みたいにやさしい顔してるのをみると、相手のイエローカード
出しやすいよね・・」などと、わかりにくいけど「言いたいことはなんとなくわかる」
・・部類のことを言っていた。
それにしても、日本の活躍も然ることながら、アフリカ選手の身体能力の高さに
今日は思い切り驚かさせてもらった。バネのような勢いある動き、跳躍力。
長い足。組織化された攻めでじりじりと追い詰めたかと思うと、すごいバネで突破する。
狩猟民族だな~、と思わされた試合だった。
ゴンさんも言っていたけれど、コートジボワール戦の前に、アフリカサッカーを体験
できたことは本当に日本にとってはラッキーだったと思う。
キリンビールの缶に、侍ブルーバージョンがあって、私は久しぶりにビールを買って
飲みました。昔やっぱり缶が欲しくて買ったSMAP缶と一緒に大事にしよう。
でもね。私、ネイマール、好きなんだ。好きというのはおこがましい。だって神々しく
見えるから。あんなに真っ直ぐな混じりけのない表情をする人ってなかなかいない。
とにかくワールドカップ、楽しみです。
人があくびをしているのを目にすると、感化されやすい私は
必ずと言っていいほどその後に続いてファ~と大口をあけてしまう。
あくびの感染力は人間同士だけで起こりうるものだと思っていたら、
犬と人間でも同じ現象が起こることが最近わかった。
ハルのあくびを見て私が、私のあくびを見てハルが、かわり番子に
あくびをすることがよくある。
それどころか、先日読んでいた本の中に「あくび」という字が出てきただけで、
私はその時大きなあくびをしてしまっていた。どんどん自分が単純化していくようで
笑ってしまう。
今日は人のあくびを見るまでもなく、純粋に眠くてあくびが出る。
サッカーワールドカップ直前の試合、「日本対ザンビア」を観るために、早めに
起床したからだ。
結果は、先に日本が2点失点してその後2点返し同点。
3点目を日本が入れて逆転に大喜びしていたら、また1点返されて同点。
でも最後のゴールを大久保選手が決め、堂々の勝利。
直後のインタビューで、ザッケローニ監督が、内容が良くない試合だった・・と
厳しいコメントをしていたが、サッカーに詳しくない素人の私にとって、今日の試合は
とてもエキサイティングで楽しめるものだった。
それにしても解説者の松木さんは、面白い。
サッカーを解説するというよりも、テレビのこちら側で観ている私たちが思わず
口にしてしまうようなことを、解説席で言っちゃってくれる。
2点失点後に1点を返したことで、軒並み調子づいた日本チームに、「まずは同点へ」
という応援ムードが盛り上がり始めたいなや、ロスタイムが「3分」と告げられた。
そこで松木さんが言ったのが、「いや、5分くらいあったでしょ。」
ザンビア側の度を越したディフェンスに審判がファールをとらないと、
「今ひっかけたでしょ・・PKじゃないの。」
遠藤選手についていたザンビアの選手がイエローカードを取られると、
「審判もね~、遠藤選手みたいにやさしい顔してるのをみると、相手のイエローカード
出しやすいよね・・」などと、わかりにくいけど「言いたいことはなんとなくわかる」
・・部類のことを言っていた。
それにしても、日本の活躍も然ることながら、アフリカ選手の身体能力の高さに
今日は思い切り驚かさせてもらった。バネのような勢いある動き、跳躍力。
長い足。組織化された攻めでじりじりと追い詰めたかと思うと、すごいバネで突破する。
狩猟民族だな~、と思わされた試合だった。
ゴンさんも言っていたけれど、コートジボワール戦の前に、アフリカサッカーを体験
できたことは本当に日本にとってはラッキーだったと思う。
キリンビールの缶に、侍ブルーバージョンがあって、私は久しぶりにビールを買って
飲みました。昔やっぱり缶が欲しくて買ったSMAP缶と一緒に大事にしよう。
でもね。私、ネイマール、好きなんだ。好きというのはおこがましい。だって神々しく
見えるから。あんなに真っ直ぐな混じりけのない表情をする人ってなかなかいない。
とにかくワールドカップ、楽しみです。
いつもと変わらぬいつもの朝、ハルと一緒にいつもの散歩コースを歩いていたら、
いつもの景色にかすかな動きを感じてふと足をとめた。
散歩コースの途中に、住宅街が突然途切れて畑になっているところがある。
まったく建物のない足元レベルの土の広がりは、それでなくとも何かほっと
させるものがある。
その何もない空間をモンシロチョウが7~8匹飛んでいた。
モンシロチョウであると分かるには、かなり距離を狭める必要があった。
なぜならその蝶たちはバラバラに飛んでいるのではなく、小さな群れをなし、
その密集全体が、縦長の楕円になったり平ペったいUFOのような形になったり、次の
瞬間よじれたかと思ったらまたふわっと弛緩して、組んずほぐれつ流動体のように絶えず
形を変えながら空中を移動していたからだ。
何事も人間の尺度で考えるのは愚かしいこととわかってはいるけれど、どうみたって
この蝶ちょたちはお互いのコミニュケーションを楽しんでいるように見えた。
もしも至近距離まで近づけたなら、ぺちゃくちゃと楽しげな蝶ちょのお喋りが聞こえて
きそうだ。「今年の夏はエルニーニョの影響で冷夏らしいわよ・・」「冷夏ねえ・・
いいんだか悪いんだか・・ねえ。」などと他愛のないやりとりが。んなわけないけど。
話は全然違うけれど、私は最近「負け」を認める楽しさを経験し始めている。
特に親子の関係で、自分の子供が何であれ自分の上を行ってくれることに喜ばしさ
を感じるのだ。人はよく、若い人に負けない自信がある。というけれど、私は
本当のことを言うと、負けたいのだ。
息子は料理のプロだから、その包丁さばきや鋭い味覚は、のんびりやってきた主婦
の私とはすでに比べ物にならない。仕事で多量の写真を撮り、たくさんの文章を
書いている娘も、同様だ。実は前回載せたハルの写真は娘が撮ったもの。
ハルの多面的な表情を実にうまく捉えていると思う。私にはできない。
娘がたまにスマホの共有アルバムに写真を送ってくれる。
実にいい写真だな。と思って「いいね」ボタンをクリックする。
なんだかほんのりあったかい気持ちになるのは、ほんの少しでも彼らに手渡せた
ものがあったのかもしれない・・と、どこかで自己満足的に思っているからなの
だろうと思う。
いつもの景色にかすかな動きを感じてふと足をとめた。
散歩コースの途中に、住宅街が突然途切れて畑になっているところがある。
まったく建物のない足元レベルの土の広がりは、それでなくとも何かほっと
させるものがある。
その何もない空間をモンシロチョウが7~8匹飛んでいた。
モンシロチョウであると分かるには、かなり距離を狭める必要があった。
なぜならその蝶たちはバラバラに飛んでいるのではなく、小さな群れをなし、
その密集全体が、縦長の楕円になったり平ペったいUFOのような形になったり、次の
瞬間よじれたかと思ったらまたふわっと弛緩して、組んずほぐれつ流動体のように絶えず
形を変えながら空中を移動していたからだ。
何事も人間の尺度で考えるのは愚かしいこととわかってはいるけれど、どうみたって
この蝶ちょたちはお互いのコミニュケーションを楽しんでいるように見えた。
もしも至近距離まで近づけたなら、ぺちゃくちゃと楽しげな蝶ちょのお喋りが聞こえて
きそうだ。「今年の夏はエルニーニョの影響で冷夏らしいわよ・・」「冷夏ねえ・・
いいんだか悪いんだか・・ねえ。」などと他愛のないやりとりが。んなわけないけど。
話は全然違うけれど、私は最近「負け」を認める楽しさを経験し始めている。
特に親子の関係で、自分の子供が何であれ自分の上を行ってくれることに喜ばしさ
を感じるのだ。人はよく、若い人に負けない自信がある。というけれど、私は
本当のことを言うと、負けたいのだ。
息子は料理のプロだから、その包丁さばきや鋭い味覚は、のんびりやってきた主婦
の私とはすでに比べ物にならない。仕事で多量の写真を撮り、たくさんの文章を
書いている娘も、同様だ。実は前回載せたハルの写真は娘が撮ったもの。
ハルの多面的な表情を実にうまく捉えていると思う。私にはできない。
娘がたまにスマホの共有アルバムに写真を送ってくれる。
実にいい写真だな。と思って「いいね」ボタンをクリックする。
なんだかほんのりあったかい気持ちになるのは、ほんの少しでも彼らに手渡せた
ものがあったのかもしれない・・と、どこかで自己満足的に思っているからなの
だろうと思う。
歳とともに涙腺が緩んでくると人は言うけれど、私の流す涙の量に関して言えば
以前に比べてそんなに大きな違いがあるとは思わない。
違いがあるとすれば、涙と結びつきやすい感情の種類が、若い時とは
ずいぶん違っているということだ。
若い時は、悲しみだったり怒りだったりと、負の感情でよく泣いたものだ。
悲しくてもあまり泣かず、怒って泣くなど皆無と言える今は、その空きスペース
を埋めるように不思議な涙が増えた気がする。
「かわいい」「愛おしい」という類の形容詞を使う時、人は優しい穏やかな表情
をたたえているに違いない。愛犬の寝顔を目の前にして、平和で、ひとつの塵もない澄み
切った心で、「ハル、かわいいね・・」と私はその時つぶやいていた。
ハルの温かい寝息が私の頬を規則的になでる。その安心しきった小さな寝姿をじっと眺めている
うちに、私の目から温かな涙が流れ落ちた。
「可愛くて泣く」という、とても心地よい涙は、若さを手放したかわりに得ることのできる、
ささやかな特権なのかもしれない。
でも私はわかってるんだ。この涙はそんなに単純なものではないことを。
この涙の背景には、ハルのその無力さと健気さに助けられてきた日々への感謝の思いがある。
そして何よりも、その日々が永遠には続かないことをどこかで覚悟している私が、その
ことに気づかぬふりをして、ただひたすら彼をかわいくいとおしく思って泣くのである。
この文章を書きながら、また私は泣いている。
これだけ私の感情を揺さぶることのできるあの小さな生き物は、いったい何者だろう?
この感情の揺さぶられ加減は、まるで恋愛だ。
恋をすると人が弱点をたくさん抱えるように、ハルは私の弱点そのものです。
かわいい いとおしい は、恐い さみしい と同義語になりえることも、大人になって
から知った不思議な矛盾です。
以前に比べてそんなに大きな違いがあるとは思わない。
違いがあるとすれば、涙と結びつきやすい感情の種類が、若い時とは
ずいぶん違っているということだ。
若い時は、悲しみだったり怒りだったりと、負の感情でよく泣いたものだ。
悲しくてもあまり泣かず、怒って泣くなど皆無と言える今は、その空きスペース
を埋めるように不思議な涙が増えた気がする。
「かわいい」「愛おしい」という類の形容詞を使う時、人は優しい穏やかな表情
をたたえているに違いない。愛犬の寝顔を目の前にして、平和で、ひとつの塵もない澄み
切った心で、「ハル、かわいいね・・」と私はその時つぶやいていた。
ハルの温かい寝息が私の頬を規則的になでる。その安心しきった小さな寝姿をじっと眺めている
うちに、私の目から温かな涙が流れ落ちた。
「可愛くて泣く」という、とても心地よい涙は、若さを手放したかわりに得ることのできる、
ささやかな特権なのかもしれない。
でも私はわかってるんだ。この涙はそんなに単純なものではないことを。
この涙の背景には、ハルのその無力さと健気さに助けられてきた日々への感謝の思いがある。
そして何よりも、その日々が永遠には続かないことをどこかで覚悟している私が、その
ことに気づかぬふりをして、ただひたすら彼をかわいくいとおしく思って泣くのである。
この文章を書きながら、また私は泣いている。
これだけ私の感情を揺さぶることのできるあの小さな生き物は、いったい何者だろう?
この感情の揺さぶられ加減は、まるで恋愛だ。
恋をすると人が弱点をたくさん抱えるように、ハルは私の弱点そのものです。
かわいい いとおしい は、恐い さみしい と同義語になりえることも、大人になって
から知った不思議な矛盾です。
修理の人を呼ぶのが億劫で、不具合に目をつぶって使っていた物の数が片手を
超えたのを機に、やおら受話器を取り、修理の手はずを次々と整えた。
ひとつずつ物が直るたびに、体のどこかに隠れていたストレスが、
個体から液体、液体から気体になって空中へと霧散し、気持ちが軽く
なっていった。
こうなることはわかっていたのだから、早くやればよかったのに・・と一応自分に
言い聞かせてはみるけれど、もうひとつ確かなことは「できないときはできない。」
面倒くさがりやの私が動くには、状況の危機感と自分の向上心がうまい具合にシンク
する必要がある。
切り替えコックを軽くひねれば、浄水が眩しいほどにやかんを満たし、魚を
食べたければ、魚グリルが自信あり気にすぐそこにスタンバイしてくれている。
支障なく家の中で動き回れると、主婦であることが楽しい。
おかしなことに、おくての私は、30年の結婚生活を経験した今になって、一番いい
お母さん、いい妻をしているような気がする。めちゃくちゃ遅すぎるというのはわか
っている。ただ物事を理解するのに、頭の悪い私は30年かかってしまったというだけだ。
若い時は、まだまだ血気盛んで、家族の気持ちや家族の状況に自分の気持ちを
心地よく沿わせることができなかったのだ。今になって自分が鼻息荒くしてきたこと
の数々を思い出しては、ため息をついてしまうことも多々あるけれど、過去はどうにも
変えられないので、現在(いま)を生きていくしかない。
30年近く家計簿をつけることができなかった私が、現代のテクノロジーの力を借りて
今順調につけ続けている。スマホのアプリ、「ReceReco」を使って。
買い物をする。レシートをスマホのカメラで撮影する。それだけであとはアプリが
映像を文字変換してくれて、支出を総計してくれる。自分で食費とか消耗品とか
に区分けすれば、月々のカテゴリーの支出を、一目瞭然の棒グラフで表してくれる。
家計簿を付けることができる奥さんになる夢が、30年の時を経てやっと実現した。
年を取るごとに、より「すっとして」「すっきりと」生きて行くことができる自信が、
ちょっぴりだけど顔をのぞかせた今日この頃です。
超えたのを機に、やおら受話器を取り、修理の手はずを次々と整えた。
ひとつずつ物が直るたびに、体のどこかに隠れていたストレスが、
個体から液体、液体から気体になって空中へと霧散し、気持ちが軽く
なっていった。
こうなることはわかっていたのだから、早くやればよかったのに・・と一応自分に
言い聞かせてはみるけれど、もうひとつ確かなことは「できないときはできない。」
面倒くさがりやの私が動くには、状況の危機感と自分の向上心がうまい具合にシンク
する必要がある。
切り替えコックを軽くひねれば、浄水が眩しいほどにやかんを満たし、魚を
食べたければ、魚グリルが自信あり気にすぐそこにスタンバイしてくれている。
支障なく家の中で動き回れると、主婦であることが楽しい。
おかしなことに、おくての私は、30年の結婚生活を経験した今になって、一番いい
お母さん、いい妻をしているような気がする。めちゃくちゃ遅すぎるというのはわか
っている。ただ物事を理解するのに、頭の悪い私は30年かかってしまったというだけだ。
若い時は、まだまだ血気盛んで、家族の気持ちや家族の状況に自分の気持ちを
心地よく沿わせることができなかったのだ。今になって自分が鼻息荒くしてきたこと
の数々を思い出しては、ため息をついてしまうことも多々あるけれど、過去はどうにも
変えられないので、現在(いま)を生きていくしかない。
30年近く家計簿をつけることができなかった私が、現代のテクノロジーの力を借りて
今順調につけ続けている。スマホのアプリ、「ReceReco」を使って。
買い物をする。レシートをスマホのカメラで撮影する。それだけであとはアプリが
映像を文字変換してくれて、支出を総計してくれる。自分で食費とか消耗品とか
に区分けすれば、月々のカテゴリーの支出を、一目瞭然の棒グラフで表してくれる。
家計簿を付けることができる奥さんになる夢が、30年の時を経てやっと実現した。
年を取るごとに、より「すっとして」「すっきりと」生きて行くことができる自信が、
ちょっぴりだけど顔をのぞかせた今日この頃です。
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