Admin / Write / Res
日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
[687]  [686]  [684]  [683]  [682]  [681]  [680]  [679]  [678]  [677]  [676
東の窓から朝日の差し込む寝室、本を読んでいる私のお腹の上でハルが寝そべっていた。
ハルの可愛らしい重みと共に読書をする・・・私のお気に入りのルーティンだ。
ただし残念ながらこれはそう長く続くことはない。

ハルは私が彼以外のことに集中しているのが嫌いだからである。
それは子供たちが小さかった時にも感じていた「愛すべき・懐かしき 不自由」

水色を基調にした背景に、アシンメトリーな人の顔いっぱいの表紙を持つ単行本に
夢中になっていたら、その下端からハルのマズルがにょきりと現れた。

斜め上に筆圧の強い斜線を引くようなマズルの動きに順応して、分厚い本がひょいと持ち上がり、横側にそれた。その何分の一秒の間に、私の動体視力は、文字の羅列が蛇のからだのように
ぐにゃりと流れるのを捉えていた。

逆らわない。もう逆らいたくない。
私は本を横に置き、ハルと対峙する。

そして ハルのまなざしに向かって私が口を開く。

「ハル。さきちゃんね、死んじゃうんだよ。さきちゃん死んじゃうの・・」

悲しみも喜びもない平坦なトーンで私は言葉を放つ。
わずかな空気の振動がハルにまばたきをさせたのも一瞬のこと。

いつも私は中立なハルに救われる。
ビー玉のように動じることなく私を見つめるハルの目は、感情を手放し ありのままを
受け入れる包容力に満ちていた。

ーーーーーーー上の私の言葉に違和感を感じたならば、あなたの日常は幸福な証拠だ。

ここに来るまで、どれだけそしてどんな時間を過ごしてきたかを他人に想像しろ というのは
無理な話だ。無理ならば、無関心の方がありがたい。と感じたこともある。

完璧でない想像力は時として暴力にもなりうる。
不完全な想像力が結んだ映像を土台に、確信を作り上げてはならない。

一年後二年後にはほとんど全滅に近い難病であることを知らずに、5年生存率90パーセント
の病気を例に出して、「その人、元気になったんだよ・・だからさきちゃんも絶対大丈夫
だよ!」と励まし方をする人が少なからずいたのは事実。

私を慰めようと思って一生懸命言ってくれているのだから、ありがとう、と受け入れる。
でも、違うんだよ、そんな簡単なことじゃないんだよ。って心の中で思ってた。
絶対・・って言葉、そんなに簡単に使ってもいいものなの?って。

娘の旦那さんのヨッシイにそのことを言ったら、彼は フフッ と小さく笑って、
うるせっ!!って思いますよね・・と吐き捨てるように 言った。
・・・彼は普段からとんでもなく穏やかな人であることを付け加えておきたい。

不治の病に冒された子の母親として、私はいつも自分に問うていたことがある。
娘の立場に立って考え、行動し、感じているのか?

ここにも想像力が必要となって来る。しかも研ぎ澄まされた隙のない想像力が。
想像力の限界を思い知らされながら、私こそが全面的に想像力に頼らなければならなかった
のだ。

そう、そして私は問い続けた。
娘を失う可哀そうな母親と 自分を可哀想がってはいないか?
そういう風に周りから見られる自分を憐れんではいないか?

自分を可愛そうと思い始めたら、なんだか終わりなんじゃないかと直感で感じていた。
そうなりそうな時は、何とかして踏ん張った。

前回ここにあげた温泉旅行、行けたのは奇跡だったと思う。
あの直後、娘は口から何も受け付けなくなり、経管食のための管を入れる目的で
火曜日に入院した。

経管食に慣れるために、2週間の入院が必要と聞かされた。

ここに来て閉じ込めの状態で一人の時間を2週間も過ごすのは娘にとって地獄だろう・・
と私は想像した。

「自分の家で最後まで過ごしたい・・という娘の願いを叶えるために、これまで家族で
協力し合ってやってきました。彼女の傍には誰かしら家族がいて、話しかけ世話をし、
スキンシップを取ってきました。今彼女の生が残りわずかのこの時期に、一人ぼっちで
病院のベッドに置き去りにされるのはたぶん娘にとっても私にとっても耐え難いことです。
母親として、できる限り早く娘を自宅に戻してあげたい。
先生にその旨を伝えておいてくださいませんか?」

翌日、先生を交えて家族との話し合いを持たせていただき、経管食を中止し、代わりに
栄養水分補充の点滴をすることで退院許可をもらった。

娘は昨日退院して、念願の自宅に戻った。
ヨッシイは娘に24時間向き合うために会社の休みを取った。

「早希ちゃん、大好きだよ・・」と私は彼女の頬を掌で包みながら何度も言う。
彼女が初潮を迎えたころから 言ってこなかった言葉を、私は今何度でも繰り返す。

昨日ずっとお世話になっている訪問看護師の石黒さんとお話をする時間があった。
立場上、彼女は看護師さんとして最期の時の確認をしなければならなかった。
延命治療をするか否か、等。
全てを自然に任せるが、最後だけはモルヒネを使ってほしい、とアイトラッキングで伝えて
きた娘の意志を、再度石黒さんに伝えた。

石黒さんが「完璧なまでの家族の協力、温かい支えを見ることができました」と言ってくれた。

私は言った。「昨日ね、ヨッシイママが言ったの。大変だったけど充実してたって。
何か大事なものをもらった気がするって。私はその言葉が本当にうれしかった。
だって私達、嚥下食のシェフになれるんじゃないかってくらい、いろんな物作ってきた
からね。子供を失うって、私が考えうる中で一番の不幸だと思うけど、そんな不幸のさなか
でさえも幸せを感じることができるんだってわかってびっくりしたの。
悔しいけどね。ほんとに、なんで?って、誰彼に問いただしたくなるけれど、たぶんそこには
何の理由も意味もないんだと思うんだ」

石黒さんの目から、きれいな涙が一粒ポロリと落ちた。


















この記事にコメントする
Name
Title
Color
Mail
URL
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret(管理人のみ表示)
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 25 26 27
28 29 30
フリーエリア
最新CM
[11/06 https://propranolol-global.github.io/]
[02/01 extiday]
[01/28 innori]
[01/20 innori]
[12/29 extiday]
最新TB
プロフィール
HN:
Chie
性別:
女性
職業:
主婦 英語教師
趣味:
バレエ 映画鑑賞 
バーコード
ブログ内検索
最古記事
(11/15)
(11/16)
(11/19)
(11/21)
(11/24)
P R
Copyright ©  My favorite things All Rights Reserved.
*Material by Pearl Box  * Template by tsukika