日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
私の心が凪いでいる
歌の文句みたいだけれど、本当に。
何にも邪魔されず あたりが静まり返っている。
はるか彼方 地平線の向こうを眺め、深呼吸をひとつ。
私はすでにゆだねてしまったのかもしれない すべてを 何者かに。
その者は味方なのか敵なのかもわかりゃしないのに
それでもゆだねてしまったんだ。
きっと私は何かを信じる代わりにそうすることを選んで、
涙を流しても その涙の温度に温められ、悲しみ色は 柔らかくやさしく心をにじませる。
娘よ。30年前の小さなあなたを世話していたように、あなたの体を清め あなたの髪をとかし
あなたの体を撫でて、蜜月の日々、こんな悲しい幸せがやってこようとは。
背後に大きな黒雲を背負いながら、一瞬一瞬あなたを愛し味わい尽くすこの幸せは、
私の想像をはるかに大きく超えるものだったのです。
客観的に見て不幸のどん底にいるはずの私が、幸せ感じていると言ったら、強がり、やせ我慢
のように聞こえることでしょう。
もしかしたら娘を失うかもしれない、という恐怖はいつも頭のどこかにあるのだから。
でも今本当に私は幸せを感じています。
これは経験した人にしかわからないと思う。
たぶん人はずっと不幸ではいられないんだと思う。
不幸の時間が長くなるにつれ、目の前のことへの集中が深くなっていく。
個人差はあると思うけど、私の場合はそうだった。
大雑把な私が目の前にある一つ一つのことを丁寧にこなし、積み重ねていく。
そうやって時間が過ぎて 気づいたら、今 何もかもが愛おしい
物に対してもそうだ。何気ないお皿をこれまでになく大切に扱う。植木に話しかける。
私はここに来て、アニミズム思想(あらゆる事物に霊魂があるという信仰)にからめとられてし
まったのかもしれない。
普通じゃなくなってるのかもしれないな・・と うすうす感じている。
でも抗うことはしない。
だって満ち足りているから。愛にあふれているから。
若い時、自分のことを二の次にするなんて考えられなかった。
いつも、どこか自分の欲望に突き動かされるか、それがかなわず悶々としていた。
だから若い、いや幼いあなたがそうしたと知った時、大きな衝撃を受けた。
あなたが10代で到達したことを、私は60になってやっと理解できたのよ。
ちょっと前に「天空の城ラピュタ」を久しぶりに観てね。
家には金属廃材で作られた、あの「可哀そうなロボット」が出窓にいる。
そのロボットと目が合った後、何回かに一回は、ラピュタを観直してきたかもしれない。
今マンションの大規模改修工事中であることは前にも書いたと思うけど
足場が組まれていたため、6階の窓にも頻繁に人影が通る。
私がある日マンション敷地内を歩いていたら、私の名前を呼ぶ声が背後からした。
振り返ると、この工事のリーダーであるT氏であった。
「出窓の所にナウシカのロボットがあってびっくりしました!あれかっこいいですねー」
と 無邪気な笑顔で臆面もなく私に言う。
ウソでしょ・・工事人のプロが 人のプライバシーをのぞいちゃだめだよね。
見えちゃったとしても知らんぷりしなきゃ、でしょ。
リーダーのあなたが若い人たちに、それはだめだよ。って教える立場なのに。
しかも ナウシカ じゃないし。ラピュタだし。
と、電流のように頭に駆け巡った思いとは裏腹に、私はロボットが家に来た経緯を彼に丁寧に
話し、ジブリ映画のことにも少し触れたりしてT氏との会話を楽しんでしまった。
天空の城ラピュタで墓守をしているロボットは、お花を摘んではお墓に供え、鳥の卵を大切にする感情を持っている優しいロボット。
家のロボットも感情が芽生えて、きっと窓辺から私を見守ってくれているにちがいない。
数日前 4か月ぶりに足場が外された。
もう家の窓の外に人が通ることはない。
6階の窓の外に人が通るとね、なんか家自体が空中都市になったような、天空の城になったよう
な気分にもなれたのだけど。
ああ でもこれでやっと、バスタオル巻いたまま、リビングで羽目を外せる。





歌の文句みたいだけれど、本当に。
何にも邪魔されず あたりが静まり返っている。
はるか彼方 地平線の向こうを眺め、深呼吸をひとつ。
私はすでにゆだねてしまったのかもしれない すべてを 何者かに。
その者は味方なのか敵なのかもわかりゃしないのに
それでもゆだねてしまったんだ。
きっと私は何かを信じる代わりにそうすることを選んで、
涙を流しても その涙の温度に温められ、悲しみ色は 柔らかくやさしく心をにじませる。
娘よ。30年前の小さなあなたを世話していたように、あなたの体を清め あなたの髪をとかし
あなたの体を撫でて、蜜月の日々、こんな悲しい幸せがやってこようとは。
背後に大きな黒雲を背負いながら、一瞬一瞬あなたを愛し味わい尽くすこの幸せは、
私の想像をはるかに大きく超えるものだったのです。
客観的に見て不幸のどん底にいるはずの私が、幸せ感じていると言ったら、強がり、やせ我慢
のように聞こえることでしょう。
もしかしたら娘を失うかもしれない、という恐怖はいつも頭のどこかにあるのだから。
でも今本当に私は幸せを感じています。
これは経験した人にしかわからないと思う。
たぶん人はずっと不幸ではいられないんだと思う。
不幸の時間が長くなるにつれ、目の前のことへの集中が深くなっていく。
個人差はあると思うけど、私の場合はそうだった。
大雑把な私が目の前にある一つ一つのことを丁寧にこなし、積み重ねていく。
そうやって時間が過ぎて 気づいたら、今 何もかもが愛おしい
物に対してもそうだ。何気ないお皿をこれまでになく大切に扱う。植木に話しかける。
私はここに来て、アニミズム思想(あらゆる事物に霊魂があるという信仰)にからめとられてし
まったのかもしれない。
普通じゃなくなってるのかもしれないな・・と うすうす感じている。
でも抗うことはしない。
だって満ち足りているから。愛にあふれているから。
若い時、自分のことを二の次にするなんて考えられなかった。
いつも、どこか自分の欲望に突き動かされるか、それがかなわず悶々としていた。
だから若い、いや幼いあなたがそうしたと知った時、大きな衝撃を受けた。
あなたが10代で到達したことを、私は60になってやっと理解できたのよ。
ちょっと前に「天空の城ラピュタ」を久しぶりに観てね。
家には金属廃材で作られた、あの「可哀そうなロボット」が出窓にいる。
そのロボットと目が合った後、何回かに一回は、ラピュタを観直してきたかもしれない。
今マンションの大規模改修工事中であることは前にも書いたと思うけど
足場が組まれていたため、6階の窓にも頻繁に人影が通る。
私がある日マンション敷地内を歩いていたら、私の名前を呼ぶ声が背後からした。
振り返ると、この工事のリーダーであるT氏であった。
「出窓の所にナウシカのロボットがあってびっくりしました!あれかっこいいですねー」
と 無邪気な笑顔で臆面もなく私に言う。
ウソでしょ・・工事人のプロが 人のプライバシーをのぞいちゃだめだよね。
見えちゃったとしても知らんぷりしなきゃ、でしょ。
リーダーのあなたが若い人たちに、それはだめだよ。って教える立場なのに。
しかも ナウシカ じゃないし。ラピュタだし。
と、電流のように頭に駆け巡った思いとは裏腹に、私はロボットが家に来た経緯を彼に丁寧に
話し、ジブリ映画のことにも少し触れたりしてT氏との会話を楽しんでしまった。
天空の城ラピュタで墓守をしているロボットは、お花を摘んではお墓に供え、鳥の卵を大切にする感情を持っている優しいロボット。
家のロボットも感情が芽生えて、きっと窓辺から私を見守ってくれているにちがいない。
数日前 4か月ぶりに足場が外された。
もう家の窓の外に人が通ることはない。
6階の窓の外に人が通るとね、なんか家自体が空中都市になったような、天空の城になったよう
な気分にもなれたのだけど。
ああ でもこれでやっと、バスタオル巻いたまま、リビングで羽目を外せる。
アナログネイティブ世代 の私。
まごつきながらではあるけれど、現代テクノロジーの恩恵に浴している方だと思う。
なかなか毎日はできないけれど、スカイプを通してフィリピンのチューターを相手に、英語記事を読み、ディスカッションするようにしている。
言葉は使わないと錆びてしまうから、一日25分、好きな時に好きな先生を選んで授業を受けら
れるというのは、本当に便利で効率的。
だって ほんの一分前までキッチンで立ち働いていた私が、次の瞬間もう英語の授業を受けてい
るのよ。ノーメイクでもパジャマ着てても大丈夫なんだからホントありがたい
パソコンとプライベートスペースさえあれば場所が変わっても平気、というのも強み。
というわけで、昨日は娘の所でオンラインレッスンを受けていた。
初めての先生の声。先生がビデオカメラをONにした。
40代くらいの賢そうな女性が画面に現れた。
礼儀として、私もONにする。
すると 画面の先生の口が 縦長のOの形になった。
その口の形のまま 彼女は半眼で首をゆっくりと左右に振り始めた。
「Oh! You're so beautiful !」
何という賛辞
嬉しくないわけがない。
ありがとう!そんなこと言ってくれて嬉しいです、と私が返す。
実際、「美しい」はくすぐったい。だって違うのわかっているから。
私の顔のつくりは「愛嬌がある」かもしれないけど けっして美しくはない。
美しい顔のつくりには鼻筋が必要。残念ながら 私の顔には 鼻筋は 見当たらない
ぽちゃっとした上向きの私の鼻。
「ちいこ、陶器の豚ちょき (豚の貯金箱) に似てて 可愛い!」
高校時代の友達に当時言われ、内心傷ついていたけれど、うまいこと言うなと 感心もして
いた。
褒められた喜びを押し殺しながらの英語の授業。
私が英語に集中しだしたその時、先生が驚いたことに嗚咽しだした。
何事が起きたのかと思って私は、進めていたアーティクルの音読を中断した。
「ごめんなさい・・あなたは私の大好きな人に似ているの。その人は私に優しくしてくれて
私の不幸な人生を変えてくれた人で・・でも今は訳あって音信不通になってしまったの。
あなたの表情 声のトーン 醸し出す雰囲気、すべてが彼女に似ていて・・ごめんなさい・・」
そう言って彼女は 少しの間泣き続けた。
こんな時 どういう言葉を私は発したらよかったのか。
私はしばし絶句して 彼女が落ち着くのを待った。
「あなたの大好きな人に似ているなんて光栄だわ・・」みたいなことを私は言ったと思う。
彼女はその後も、ディスカッションしながら時々涙を流し鼻をすすっていた。
・・・なるほどね。私を「美しい」と言ってくれた背景にはそういうことがあったのか。
一日経って思う。めちゃくちゃ私情を挟んだ プロフェッショナルとは程遠い授業だったな
って。でも なんだか甘く 重く 心に残っている。
高価な香水買ったのに、今 私の傍に来た人は、香水ではなく 精油のフランキンセンスの
香りがすると思う。
私は今 マッサージおばさん です。
娘の体を、精油で数時間かけてマッサージしている。
麻痺でくるんと握りがちな左手を ゆっくりとほぐして広げていく。
足の裏を 特に親指をもみほぐす。
足をマッサージしながら でかいな と思う。
生まれたばかり、あの時のあの小さなアンヨが 私を大きく追い越して、こんなにデカくな
っちゃって。
スキンシップは心を安定させてくれる。
大きな心配事を抱えていても、娘の体を直に感じる私の掌 指が、肉体的精神的な一体感
を与えてくれる。
この年になって解放されて楽ちん、と思うことの一つに 敢えて言うと
性欲からの解放 がある。若い時、これはホント厄介だった。
でも今でも好きな人と、こう・・一体感を感じたいな、って思うのは、また性欲とは違う
次元だと思うけど。
実際のスキンシップとは全く真逆の、見ることも触ることもできない距離感というのは
またこれはこれで違ったものを私の中に育ててくれる。
心の存在位置が自覚できるほど、胸の辺にあったかい拠り所を感じたり
愛おしくなって涙が出たり
インスタライブはどうも縁がないみたい。
一度も見れたことがない。
でも拾う神あり・・で、他の方がシェアしてくれていた可愛いスクショが 私の元に
届いた
まごつきながらではあるけれど、現代テクノロジーの恩恵に浴している方だと思う。
なかなか毎日はできないけれど、スカイプを通してフィリピンのチューターを相手に、英語記事を読み、ディスカッションするようにしている。
言葉は使わないと錆びてしまうから、一日25分、好きな時に好きな先生を選んで授業を受けら
れるというのは、本当に便利で効率的。
だって ほんの一分前までキッチンで立ち働いていた私が、次の瞬間もう英語の授業を受けてい
るのよ。ノーメイクでもパジャマ着てても大丈夫なんだからホントありがたい
パソコンとプライベートスペースさえあれば場所が変わっても平気、というのも強み。
というわけで、昨日は娘の所でオンラインレッスンを受けていた。
初めての先生の声。先生がビデオカメラをONにした。
40代くらいの賢そうな女性が画面に現れた。
礼儀として、私もONにする。
すると 画面の先生の口が 縦長のOの形になった。
その口の形のまま 彼女は半眼で首をゆっくりと左右に振り始めた。
「Oh! You're so beautiful !」
何という賛辞
嬉しくないわけがない。
ありがとう!そんなこと言ってくれて嬉しいです、と私が返す。
実際、「美しい」はくすぐったい。だって違うのわかっているから。
私の顔のつくりは「愛嬌がある」かもしれないけど けっして美しくはない。
美しい顔のつくりには鼻筋が必要。残念ながら 私の顔には 鼻筋は 見当たらない
ぽちゃっとした上向きの私の鼻。
「ちいこ、陶器の豚ちょき (豚の貯金箱) に似てて 可愛い!」
高校時代の友達に当時言われ、内心傷ついていたけれど、うまいこと言うなと 感心もして
いた。
褒められた喜びを押し殺しながらの英語の授業。
私が英語に集中しだしたその時、先生が驚いたことに嗚咽しだした。
何事が起きたのかと思って私は、進めていたアーティクルの音読を中断した。
「ごめんなさい・・あなたは私の大好きな人に似ているの。その人は私に優しくしてくれて
私の不幸な人生を変えてくれた人で・・でも今は訳あって音信不通になってしまったの。
あなたの表情 声のトーン 醸し出す雰囲気、すべてが彼女に似ていて・・ごめんなさい・・」
そう言って彼女は 少しの間泣き続けた。
こんな時 どういう言葉を私は発したらよかったのか。
私はしばし絶句して 彼女が落ち着くのを待った。
「あなたの大好きな人に似ているなんて光栄だわ・・」みたいなことを私は言ったと思う。
彼女はその後も、ディスカッションしながら時々涙を流し鼻をすすっていた。
・・・なるほどね。私を「美しい」と言ってくれた背景にはそういうことがあったのか。
一日経って思う。めちゃくちゃ私情を挟んだ プロフェッショナルとは程遠い授業だったな
って。でも なんだか甘く 重く 心に残っている。
高価な香水買ったのに、今 私の傍に来た人は、香水ではなく 精油のフランキンセンスの
香りがすると思う。
私は今 マッサージおばさん です。
娘の体を、精油で数時間かけてマッサージしている。
麻痺でくるんと握りがちな左手を ゆっくりとほぐして広げていく。
足の裏を 特に親指をもみほぐす。
足をマッサージしながら でかいな と思う。
生まれたばかり、あの時のあの小さなアンヨが 私を大きく追い越して、こんなにデカくな
っちゃって。
スキンシップは心を安定させてくれる。
大きな心配事を抱えていても、娘の体を直に感じる私の掌 指が、肉体的精神的な一体感
を与えてくれる。
この年になって解放されて楽ちん、と思うことの一つに 敢えて言うと
性欲からの解放 がある。若い時、これはホント厄介だった。
でも今でも好きな人と、こう・・一体感を感じたいな、って思うのは、また性欲とは違う
次元だと思うけど。
実際のスキンシップとは全く真逆の、見ることも触ることもできない距離感というのは
またこれはこれで違ったものを私の中に育ててくれる。
心の存在位置が自覚できるほど、胸の辺にあったかい拠り所を感じたり
愛おしくなって涙が出たり
インスタライブはどうも縁がないみたい。
一度も見れたことがない。
でも拾う神あり・・で、他の方がシェアしてくれていた可愛いスクショが 私の元に
届いた
ぼそっと独り言をつぶやく自分
あっ と我に返り その独り言を覚えておく
それをほとんどそのままtweetする。
これはね、楽しい!
新たな楽しみを見つけてしまったって思うくらい。
初めての経験は、お笑いのコンテストをテレビで見ていた時。
はなしょーのはなちゃんが優勝できずに画面で泣いていた。
その姿を見ながら ほとんど無意識に私は何かをつぶやいた
そう、・・あなたが一番・・って私は言ったんだ。
本来のつぶやきはこの形だ!
私は興奮してはなちゃんのツイッターにアクセスした
「私にとっては あなたが一番!」
気持ちよかったあ。
だって心から出たつぶやきを、そのまま本人に向けられたんだもの。
気持ちがめちゃくちゃ沈んでいるときに、漫才コンビ ぺこぱ のUtubeを見ていた。
でも私の表情は暗いまま。そのまま見終えるかと思いきや、私はブッと噴出した。
笑っちゃった・・もう一人の私が言った。
だからそのままコメントに残した。
笑っちゃった
だからね、私のリプは口からついた言葉をそのまま書いただけなの。
裏はない。
問題はね、相手が自分のことを知っていて、しかもいくらか私に親しみを持ってくれていた
場合だと思う。だってそのリプされた人は、きっとその言葉の裏の意味を考えて、私の
ためにもっと何かをしなきゃって思うかもしれないでしょ。
まったく必要ないから。ほんとに。普段のままに戻ってください
今朝起きてトイレに行った。
おバカな私は朝から変なことをつぶやいた
「冬の朝、ヒーターONの便座まで 近づきゆくお尻ほど 期待に膨らむものはない」
これはさすがにどこにもリプで残せないなー・・と用を足しながらうなだれる私、
がいた。
あっ と我に返り その独り言を覚えておく
それをほとんどそのままtweetする。
これはね、楽しい!
新たな楽しみを見つけてしまったって思うくらい。
初めての経験は、お笑いのコンテストをテレビで見ていた時。
はなしょーのはなちゃんが優勝できずに画面で泣いていた。
その姿を見ながら ほとんど無意識に私は何かをつぶやいた
そう、・・あなたが一番・・って私は言ったんだ。
本来のつぶやきはこの形だ!
私は興奮してはなちゃんのツイッターにアクセスした
「私にとっては あなたが一番!」
気持ちよかったあ。
だって心から出たつぶやきを、そのまま本人に向けられたんだもの。
気持ちがめちゃくちゃ沈んでいるときに、漫才コンビ ぺこぱ のUtubeを見ていた。
でも私の表情は暗いまま。そのまま見終えるかと思いきや、私はブッと噴出した。
笑っちゃった・・もう一人の私が言った。
だからそのままコメントに残した。
笑っちゃった
だからね、私のリプは口からついた言葉をそのまま書いただけなの。
裏はない。
問題はね、相手が自分のことを知っていて、しかもいくらか私に親しみを持ってくれていた
場合だと思う。だってそのリプされた人は、きっとその言葉の裏の意味を考えて、私の
ためにもっと何かをしなきゃって思うかもしれないでしょ。
まったく必要ないから。ほんとに。普段のままに戻ってください
今朝起きてトイレに行った。
おバカな私は朝から変なことをつぶやいた
「冬の朝、ヒーターONの便座まで 近づきゆくお尻ほど 期待に膨らむものはない」
これはさすがにどこにもリプで残せないなー・・と用を足しながらうなだれる私、
がいた。
マンションの大規模 修繕工事もピークを迎え、今日はすべての窓のサッシを二重サッシに
変える大変な日。主人が会社を休んでくれたので、私はハルと娘の所へ一日避難 プラス
家事手伝い。
色々調べ物もしたかったのでPC持ってきたため、かえって更新が可能になり、写真も
載せられ嬉しいです。
でも初七日過ぎてからのお供え餅は、12月26日に売れ残ったクリスマスケーキのようだけど。
ガラス製の置物だから関係ないか
可愛いでしょ? 年中見える所に置いておきたいと思うくらい。
カボチャもうさぎも光を通して、まばゆいくらいに輝くのよ。
ぼんやりといつまでも眺めてられる
洋服の柄であんまり着ないものにチェックがある。
でも自分好みのチェックが見つかると着ることもあるけど。
あさイチMCの華丸さんのチェックシャツをよくチェックしてます。
ネットで見つけたシャツとバルーンスカート。最近よく着てる。
バルーンスカートは極端に膨らんでなくて、すごくシルエットがきれいに出るから
気に入ってます。作家さんの手作りサイトで見つけました。
ちょっと変わったコートと帽子の組み合わせも。
写真だと色があまりうまく出ない。もう少し落ち着いた色なのに
メチャ軽くてあったかいので重宝してます。
逃げてるのかな。
こういう事書いていると気が紛れる。
私は物にも励まされるタイプ。いわんや人をや。
好きなものを着たり、好きなものに囲まれていたい。
好きな人たちと一緒にいたい
・・ぎりぎり お煮しめとお雑煮を作ったくらいで、後は文字通りの寝正月だった。
年末にひいた風邪が結構しぶとく残り、ゴロゴロしながらテレビを観ていた。
画面の中で頑張っているこの姿、あの姿を、寝っころがりながら見るなんて、申し訳ないし
情けなかったけれど。
この感覚や感情、そして体感は、私の根本に流れるもので、無力感?無能感?ていうのかな、
落ちるときは、体力が底なし沼へのダイブのように落ちるタイプなので、その間に色んなもの
を手放すことになる。例えば、余計な自信 とか プライド とか その他諸々を。
そして今、自分自身をコントロールできない焦りと諦観の上に、娘に対する思いも積み重なって
いく。
何もしてあげられない。身代わりになることもできない。
この無能感は半端ない。
つまるところ 今の私は無能感の塊なのである。
できることなら路傍にころがっている 石 になりたい。
いや、石になってる場合じゃないだろ! 思い出した!
私は家族の中で、「いじられキャラ」という大切な役割を全うしなげればならないのだ。
妙なことだが、家族しか理解できない、でも頻繁に家族間で使われる形容詞がある。
それは 「Chieい / ちえい」という、私の名前が入り込んでいる形容詞。
どういう意味なのでしょう。
実は私にも詳しい定義はわからないのです。
どういう場面で使われるかというと、その都度、それぞれの文脈中における意味は異なってる
ようなのだけど、例えば娘が「昨日映画観てたら、寝落ちしちゃってさ・・」と言ったとする。
すると、息子もしくは旦那が顔を少し歪めて笑いながら「うっわあ・・Chieい・・」
という具合。
で、それを言われた本人は、それは心外だ!というような反応をするのだが。
・・いや心外なのは私の方なのだけど
正直言ってたまに傷つくこともあるの。
でもみんな楽しそうだからやらせとくけどね
だって今や娘のだんなさんまで「Chieい」を軽妙に使いこなすんだよ。
昨日もそんなこんなで、彼の肩をパシーン!とひっぱたいてやったわ
久しぶりに家族全員が揃った昨日。
娘と娘の旦那さん、息子、私の兄 お義母さんと義弟。 そして私達夫婦。
お義母さんの米寿のお祝いを兼ねて中華料理店に行く。
脳幹の腫瘍が娘の手を麻痺させ、嚥下を難しくさせる。
息子がサーバーの人にフォークとナイフを頼む。
娘の真向かいに座る息子が、彼女の点心をナイフで小さく刻む。
娘がたどたどしい箸使いでそれを口に運び、ほほ笑む。
そんな何でもない風景がとても胸に来るんだ
明日から仕事が始まる。
仕事の合間を縫って娘の所にも通う。
このブログも更新できなくなるかもって書くつもりでこのテキストを書き始めた。
でも今書きながら、滅茶苦茶落ちていた自分の気持ちが、少し明るくなってくるのを感じて
いる。文字にするって凄いんだね。
窓辺に置いたガラスでできた鏡餅のミカンが、太陽光を反射してオレンジ色の光を放っている。
ガラス製の物が好きで、気に入ったものを見つけると買ってしまう。
うさぎとカボチャの置物もお気に入りだ。
アイビーのリースも窓辺に飾ってある。
(後でそれらの写真を載せるかもしれないし載せないかもしれない・・)
娘が言ってたな。「・・Chieいこと しちゃったよ・・また不要な買い物してものが増えた」
って。
年末にひいた風邪が結構しぶとく残り、ゴロゴロしながらテレビを観ていた。
画面の中で頑張っているこの姿、あの姿を、寝っころがりながら見るなんて、申し訳ないし
情けなかったけれど。
この感覚や感情、そして体感は、私の根本に流れるもので、無力感?無能感?ていうのかな、
落ちるときは、体力が底なし沼へのダイブのように落ちるタイプなので、その間に色んなもの
を手放すことになる。例えば、余計な自信 とか プライド とか その他諸々を。
そして今、自分自身をコントロールできない焦りと諦観の上に、娘に対する思いも積み重なって
いく。
何もしてあげられない。身代わりになることもできない。
この無能感は半端ない。
つまるところ 今の私は無能感の塊なのである。
できることなら路傍にころがっている 石 になりたい。
いや、石になってる場合じゃないだろ! 思い出した!
私は家族の中で、「いじられキャラ」という大切な役割を全うしなげればならないのだ。
妙なことだが、家族しか理解できない、でも頻繁に家族間で使われる形容詞がある。
それは 「Chieい / ちえい」という、私の名前が入り込んでいる形容詞。
どういう意味なのでしょう。
実は私にも詳しい定義はわからないのです。
どういう場面で使われるかというと、その都度、それぞれの文脈中における意味は異なってる
ようなのだけど、例えば娘が「昨日映画観てたら、寝落ちしちゃってさ・・」と言ったとする。
すると、息子もしくは旦那が顔を少し歪めて笑いながら「うっわあ・・Chieい・・」
という具合。
で、それを言われた本人は、それは心外だ!というような反応をするのだが。
・・いや心外なのは私の方なのだけど
正直言ってたまに傷つくこともあるの。
でもみんな楽しそうだからやらせとくけどね
だって今や娘のだんなさんまで「Chieい」を軽妙に使いこなすんだよ。
昨日もそんなこんなで、彼の肩をパシーン!とひっぱたいてやったわ
久しぶりに家族全員が揃った昨日。
娘と娘の旦那さん、息子、私の兄 お義母さんと義弟。 そして私達夫婦。
お義母さんの米寿のお祝いを兼ねて中華料理店に行く。
脳幹の腫瘍が娘の手を麻痺させ、嚥下を難しくさせる。
息子がサーバーの人にフォークとナイフを頼む。
娘の真向かいに座る息子が、彼女の点心をナイフで小さく刻む。
娘がたどたどしい箸使いでそれを口に運び、ほほ笑む。
そんな何でもない風景がとても胸に来るんだ
明日から仕事が始まる。
仕事の合間を縫って娘の所にも通う。
このブログも更新できなくなるかもって書くつもりでこのテキストを書き始めた。
でも今書きながら、滅茶苦茶落ちていた自分の気持ちが、少し明るくなってくるのを感じて
いる。文字にするって凄いんだね。
窓辺に置いたガラスでできた鏡餅のミカンが、太陽光を反射してオレンジ色の光を放っている。
ガラス製の物が好きで、気に入ったものを見つけると買ってしまう。
うさぎとカボチャの置物もお気に入りだ。
アイビーのリースも窓辺に飾ってある。
(後でそれらの写真を載せるかもしれないし載せないかもしれない・・)
娘が言ってたな。「・・Chieいこと しちゃったよ・・また不要な買い物してものが増えた」
って。
カレンダー
06 | 2025/07 | 08 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
2 | 3 | 4 | 5 | |||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
カテゴリー
フリーエリア
最新CM
[04/01 Stevenurift]
[02/03 <a href="https://aclf.ru/">selector casino vojti</a>]
[02/01 JamesDwems]
[01/29 Kophes]
[11/06 https://propranolol-global.github.io/]
最新TB
ブログ内検索
P R