日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
ここ10日間で本を3冊読んだ・・のではなくて 聴いた。
アマプラ会員の特典 ひと月99円で4か月間の「audibule」体験に
申し込んでのことだ。
年齢と共に視力と集中力は右肩下がりで、加えてそんなに読書好きとは言えない私は、
読む冊数が年々減って行っていた。
「audibule」のいいところは、雑用をしながら進められること。
本を読むってそれのみに集中しなくては成り立たないでしょ。
方や「audibule」は、掃除をしたりお茶碗を洗ったりしながらでも、耳から入る描写
や会話でその本の世界に浸っている内に、面倒な家事が終わっているという便利さ。
家事時間や就寝前に聞いていたら、あっという間に三冊読了・・聴了?したという
わけだ。
聴いたうち2冊は、私の好きな「美しい彼」 の原作者でもある凪良ゆうさんの
「汝、星のごとく」とその続編「星を編む」。
「汝、星のごとく」は、10/9から映画が封切りされるので、観に行きたいと思って
います。脚本が安達奈緒子さんであることも楽しみの一つだ。
推しのひとりが出ているのももちろん楽しみ
長い時間の経過やシリアスな出来事がたくさん盛り込まれているそのお話の内容を、
2時間でどのようにまとめ上げ表現されているのか興味深くて 期待してしまう。
どの部分を一番大切にして切り取り広げるのかということだ。
映画はね、もう一本「Ryuji 竜二」も観たいと思っています。
彼の裏社会のチンピラ役はもう絶対観たい。
若い頃からデニムが好きで、相当な数のジーンズを持っている。
Gパンで押入れの1/4は占められている。
太さや丈、形も様々、ベーシックなものからダメージ系まで、もうこれ以上買っては
いけない・・と自分に制約をかけなくてはいけない程の極限状態に達していると思う。
自分が30代の頃、60代になってもジーンズを履いているとは夢にも思っていなかった。
その年齢にはその年齢に見合った服装があると思っていたのだ。
でも蓋を開けてみると、軽く週の半分くらいはジーンズで暮らしている。
年を取るごとに、逆にあらゆる場面で年を気にしなくなってきたようだ。
図太くなったのだろうか。
この分だと、ずっとジーンズ履いていそう。
ジーンズ、好きな気持ちは変わらないけれど、もう増やさないと決意を新たにして
いたのに・・。
ねえ、ピンク色のGパンて見たことある?
私はピンク初めてで、インスタで宣伝動画が流れてきた時、わっ!何これ?と 一瞬で体温が
上がり、とてつもなくワクワクした。
服を見て、こんなにワクワクすることなんて最近あっただろうか?
欲しい!・・と思った。
でも、ピンクねえ・・とちょっと躊躇した後、とりあえず一度閉じようか。
そしてまたもしももう一回この動画が流れて来たらその時は迷うことなく買おうという
結論に達し、その場はやり過ごした。
そしたらそのあと頭の中がピンクのGパンだらけになっちゃって。
一日経たずしてしびれ切らし、積極的に宣伝動画を標的にザッピングしていたら、なんと、
私の元に再びやって来てくれた!
秒で購入しちゃった。
それからはずっ~とピンクのジーンズにご執心。
上だけとっかえひっかえしながらピンクデニムを履き続けている。
履きやすくて可愛くて しっくり行って、なんかね 運命の人に出会ったみたいなの。
10/4 娘の命日のお墓参りにもそのピンクジーンズで言った。
「チエコったら、相変わらずだね・・」と娘のちょっとあきれ気味の声が聞こえたような
気がした。
墓地に向かう階段を降りた所、通路沿いにフェンス状に植えられた金木犀が続いていた。
あの独特の香りだ。
忘れないように何度も何度も鼻を近づけた。
そう言えば、洋服ここ数か月間買ってなくて、前回は夏前に薄い生地のサロペットを買った
んだった。これもね、ちょっと迷ったのよ。でもね、いいじゃん、誰に迷惑かけるわけじゃなし、好きなもの着ようって。
というわけで、恥ずかしながら、ピンクのジーンズとサロペットを着ている自分です。


さて、最近食べ物でハマっているのはラタトゥイユ。
作るのに美味しくなるためにじっくり向き合う時間が好き。
24時間テレビの特集で、「亡き母のレシピの再現」みたいなのがあって、興味深く
見させてもらっていた。
娘さんが大好きだったお母様のラタトゥイユ。
生前お母様が残してくれたたくさんのレシピの中に、なぜかラタトゥイユだけがなかった。
その味を恋しく思い、娘さんは何度も作ってみるのだけれど、お母様の味とは程遠いという
結果を繰り返し・・やがてプロに助けを求める。
味の再現を縦横無尽にこなす味覚のプロの登場が実に頼もしい。
ほんのひとかたまりの冷凍されたお母様手作りのラタトゥイユ。
悲しみの歳月を経て その愛のかたまりを解凍する。
「セロリが入っているね・・」とひとサジ口に入れた瞬間プロは言う。
玉ねぎやニンニク、野菜を充分なくらい炒めることも重要なようだ。
再現されたお母様の味を口にした途端、娘さんの目から涙があふれる。
「母の味です」と溢れる思いを抑制した声でしっかりと言う。
甘酸っぱい肉団子、チャーハン、肉じゃが・・私にも母から授かった味覚の想い出が
豊富にある。
時々食卓で、「あ~、きみさんの肉団子が食べたいな・・」となんとはなしに呟いている。
味覚の想い出は、純白な真綿のような柔らかさの中にひっそりと隠れていて、
時折なんかの拍子にひょいと顔を出すような繊細さだ。
料理人だった息子が転職して、味をクリエイトしたり再現するプロとして今会社に勤めている。
夫も私も料理のことで何かと息子に尋ねることが多い。
今思い返すとヘタレな母親だったと反省しきりで、「まったくチエコは・・」というスタンス
が通常で、名前呼び捨て上から目線の息子が、唯一褒めてくれたことがある。
「ちいちゃんは俺らが小さい時から細かな段階を省かず、きちっと最初から料理をして
くれていたよね。俺が今料理や味覚のプロになっているのはそのおかげだと思ってる。
小さい時にしっかり繊細な味覚が育ったんだよ」
これはすごく嬉しかった。
母親としてはこの言葉でずっと生きていける。
アメリカの友人カーラが10月後半から来日する。
滞在中、彼女と金沢に旅行することになっている。
今日こそ新幹線予約しなきゃ。
アマプラ会員の特典 ひと月99円で4か月間の「audibule」体験に
申し込んでのことだ。
年齢と共に視力と集中力は右肩下がりで、加えてそんなに読書好きとは言えない私は、
読む冊数が年々減って行っていた。
「audibule」のいいところは、雑用をしながら進められること。
本を読むってそれのみに集中しなくては成り立たないでしょ。
方や「audibule」は、掃除をしたりお茶碗を洗ったりしながらでも、耳から入る描写
や会話でその本の世界に浸っている内に、面倒な家事が終わっているという便利さ。
家事時間や就寝前に聞いていたら、あっという間に三冊読了・・聴了?したという
わけだ。
聴いたうち2冊は、私の好きな「美しい彼」 の原作者でもある凪良ゆうさんの
「汝、星のごとく」とその続編「星を編む」。
「汝、星のごとく」は、10/9から映画が封切りされるので、観に行きたいと思って
います。脚本が安達奈緒子さんであることも楽しみの一つだ。
推しのひとりが出ているのももちろん楽しみ
長い時間の経過やシリアスな出来事がたくさん盛り込まれているそのお話の内容を、
2時間でどのようにまとめ上げ表現されているのか興味深くて 期待してしまう。
どの部分を一番大切にして切り取り広げるのかということだ。
映画はね、もう一本「Ryuji 竜二」も観たいと思っています。
彼の裏社会のチンピラ役はもう絶対観たい。
若い頃からデニムが好きで、相当な数のジーンズを持っている。
Gパンで押入れの1/4は占められている。
太さや丈、形も様々、ベーシックなものからダメージ系まで、もうこれ以上買っては
いけない・・と自分に制約をかけなくてはいけない程の極限状態に達していると思う。
自分が30代の頃、60代になってもジーンズを履いているとは夢にも思っていなかった。
その年齢にはその年齢に見合った服装があると思っていたのだ。
でも蓋を開けてみると、軽く週の半分くらいはジーンズで暮らしている。
年を取るごとに、逆にあらゆる場面で年を気にしなくなってきたようだ。
図太くなったのだろうか。
この分だと、ずっとジーンズ履いていそう。
ジーンズ、好きな気持ちは変わらないけれど、もう増やさないと決意を新たにして
いたのに・・。
ねえ、ピンク色のGパンて見たことある?
私はピンク初めてで、インスタで宣伝動画が流れてきた時、わっ!何これ?と 一瞬で体温が
上がり、とてつもなくワクワクした。
服を見て、こんなにワクワクすることなんて最近あっただろうか?
欲しい!・・と思った。
でも、ピンクねえ・・とちょっと躊躇した後、とりあえず一度閉じようか。
そしてまたもしももう一回この動画が流れて来たらその時は迷うことなく買おうという
結論に達し、その場はやり過ごした。
そしたらそのあと頭の中がピンクのGパンだらけになっちゃって。
一日経たずしてしびれ切らし、積極的に宣伝動画を標的にザッピングしていたら、なんと、
私の元に再びやって来てくれた!
秒で購入しちゃった。
それからはずっ~とピンクのジーンズにご執心。
上だけとっかえひっかえしながらピンクデニムを履き続けている。
履きやすくて可愛くて しっくり行って、なんかね 運命の人に出会ったみたいなの。
10/4 娘の命日のお墓参りにもそのピンクジーンズで言った。
「チエコったら、相変わらずだね・・」と娘のちょっとあきれ気味の声が聞こえたような
気がした。
墓地に向かう階段を降りた所、通路沿いにフェンス状に植えられた金木犀が続いていた。
あの独特の香りだ。
忘れないように何度も何度も鼻を近づけた。
そう言えば、洋服ここ数か月間買ってなくて、前回は夏前に薄い生地のサロペットを買った
んだった。これもね、ちょっと迷ったのよ。でもね、いいじゃん、誰に迷惑かけるわけじゃなし、好きなもの着ようって。
というわけで、恥ずかしながら、ピンクのジーンズとサロペットを着ている自分です。
さて、最近食べ物でハマっているのはラタトゥイユ。
作るのに美味しくなるためにじっくり向き合う時間が好き。
24時間テレビの特集で、「亡き母のレシピの再現」みたいなのがあって、興味深く
見させてもらっていた。
娘さんが大好きだったお母様のラタトゥイユ。
生前お母様が残してくれたたくさんのレシピの中に、なぜかラタトゥイユだけがなかった。
その味を恋しく思い、娘さんは何度も作ってみるのだけれど、お母様の味とは程遠いという
結果を繰り返し・・やがてプロに助けを求める。
味の再現を縦横無尽にこなす味覚のプロの登場が実に頼もしい。
ほんのひとかたまりの冷凍されたお母様手作りのラタトゥイユ。
悲しみの歳月を経て その愛のかたまりを解凍する。
「セロリが入っているね・・」とひとサジ口に入れた瞬間プロは言う。
玉ねぎやニンニク、野菜を充分なくらい炒めることも重要なようだ。
再現されたお母様の味を口にした途端、娘さんの目から涙があふれる。
「母の味です」と溢れる思いを抑制した声でしっかりと言う。
甘酸っぱい肉団子、チャーハン、肉じゃが・・私にも母から授かった味覚の想い出が
豊富にある。
時々食卓で、「あ~、きみさんの肉団子が食べたいな・・」となんとはなしに呟いている。
味覚の想い出は、純白な真綿のような柔らかさの中にひっそりと隠れていて、
時折なんかの拍子にひょいと顔を出すような繊細さだ。
料理人だった息子が転職して、味をクリエイトしたり再現するプロとして今会社に勤めている。
夫も私も料理のことで何かと息子に尋ねることが多い。
今思い返すとヘタレな母親だったと反省しきりで、「まったくチエコは・・」というスタンス
が通常で、名前呼び捨て上から目線の息子が、唯一褒めてくれたことがある。
「ちいちゃんは俺らが小さい時から細かな段階を省かず、きちっと最初から料理をして
くれていたよね。俺が今料理や味覚のプロになっているのはそのおかげだと思ってる。
小さい時にしっかり繊細な味覚が育ったんだよ」
これはすごく嬉しかった。
母親としてはこの言葉でずっと生きていける。
アメリカの友人カーラが10月後半から来日する。
滞在中、彼女と金沢に旅行することになっている。
今日こそ新幹線予約しなきゃ。
雨音にしっぽりと包まれながら これ書き始めました。
現在、耳にまだそれほど馴染みのない「シルバーウィーク」とやら。
本当はペットシッターの仕事・・うさぎの団子ちゃんのお世話をするはずだった
のですが、飼い主様の息子さんがインフルエンザにかかられて急遽キャンセルに
なり、5日間の連休が目の前に降ってきた。
だらだらと家で時間を過ごすことが何よりも好きな私にとって、雨降りのお休みは大変
性に合っていると言える。
窓ガラスに付く無数の雨粒がこんなにもいとおしい。
太陽神を信じて太陽に敬意と愛情を持っていながら、曇天や雨降りも好きなのです。
分厚い雨雲が空を覆い、薄暗くて鈍い揺らぎのようなものの中にじっといるととても
落ち着くのだ。
私は朝の活動量が多いタイプで、一通りのルーティンを午前中に終える。
夕方はエネルギー切れになることが多いから。
雑用は私にとって生きる意味の一つです。
雑用ひとつひとつをこなしていくことで自分自身を保っていられるんだとさえ思う。
そして毎日のルーティンを終わらせ、身なりを整えなおしたら、必ずすることがあるの。
自分の中ではここをひとつの区切りまたは一つ上のステージへの到達と考えていて、
私はここを「レモン・ジンジャー ステージ」と愛をこめて呼んでいる。
なんのことはない、レモン半個を絞り、はちみつとジンジャーパウダー加えて
(黒糖ショウガパウダーがある時はそれを使います)
なめらかになるまで混ぜ合わせ、炭酸水で割って氷を浮かべ、ただ飲むだけです。
秋から冬にかけては炭酸水の代わりにお湯を入れてホットで飲みます。
この飲み物が 慌ただしい雑用からのスイッチオフの役目を果たしてくれている。
レモンジンジャー飲みながら、Tverで見逃し配信観たり、これを機にだらだらと
やりたいことをし始める。
今日はレモンジンジャー片手にパソコンを開き、これを書き始めた次第です。
そういうわけで 柑橘系はレモンを中心に何かしら毎日取っています。
一昨日スーパーでまだ青いミカンとレモンを見つけて買いました。
青いミカン 青いレモン・・て言っても本当は緑でしょ。
青って・・多面的で奥深いなって思う。
~ブルーっていうのも他の色に比べて多いし。
ほらフェルメールブルーとか。
AIに一番好きな色は何色ですか? って聞くとブルーって答えたって言う記事を
読んだ。
私も時々好んでブルーの服を着ます。
推しの俳優利久君が出ているというだけで、ネトフリで「ダウンタイム」を観た。
とてもプラスティックな世界で ある意味とても現代的。
面白かったけど、正直どの人にも共感できなかった。
なんでこの人泣いてるんだろう?ってよくわからないところがたくさんあった。
SNSなどでは感激して涙があふれ出た・・みたいな感想も多かったので、私はちょっと
不感症気味なのかもしれない。
このシリーズを見終えて納得したことは、自分の見た目が脅かされるくらいなら生きて
いる意味がないから死にたい・・と思う人が存在するということだ。
命にかかわるケースなのに豊胸手術のシリコンを抜くことを拒否し、医者判断で
それを抜かれたことで本当に命を絶ってしまうという女性が出てくる。
正面切っては全く理解できないけど、ちょっとはす向かいから手探りで触れてみようと
することで、ちょっとはわかる気もする。
私自身はとても泥臭い人間で、ディズニーランドより山歩きの方が断然好きなタイプなの
ですが、このようなプラスティックな世界の美しさ・・シャープで無機質な美しさ、土に
還らないしぶとさ、徹底した虚像の追求などをネガティブに捉えるのではなく、ふと見上
げてしまうような瞬間があったのは事実。
現代に生きていて、SNSやAIやプラスティックな世界を真っ向から否定していては身が持た
ない・・という私の防御本能がそうさせたのかもしれない。
何においても極端な二極化はよくないんじゃないかと思うし。
推しのアイドルの人たちがコンサート中だったりすると、夕飯時に あ、今の時間たくさん
の人達を楽しませているのね・・とふと思ったりする。
私がコンサートに行くことは、いろんな意味で考えにくいけど、こんな風なアンタッチャブル
な関係性もロマンティックだなって思ったりもする。先のことはわかんないけどね。
夫が我が家の昔の家族写真をチャッピーに頼んでアニメ化してもらった。
愛犬ハルはそのまんま。子供たちはちょっとかわいくなっている。
私はというと本物に比べてメチャ可愛くなってる。目がでかい。
夫は・・うそーっていう位バリかっこよくなってる。
でも洋服とか背景は本当オリジナルに忠実で感心する。
面白いから何枚か貼り付けておこう。
これ、自分の家族をすごい客観的に見られる。
幸せだったんだなって思う。
思い出は 私の大切な宝物。
現在、耳にまだそれほど馴染みのない「シルバーウィーク」とやら。
本当はペットシッターの仕事・・うさぎの団子ちゃんのお世話をするはずだった
のですが、飼い主様の息子さんがインフルエンザにかかられて急遽キャンセルに
なり、5日間の連休が目の前に降ってきた。
だらだらと家で時間を過ごすことが何よりも好きな私にとって、雨降りのお休みは大変
性に合っていると言える。
窓ガラスに付く無数の雨粒がこんなにもいとおしい。
太陽神を信じて太陽に敬意と愛情を持っていながら、曇天や雨降りも好きなのです。
分厚い雨雲が空を覆い、薄暗くて鈍い揺らぎのようなものの中にじっといるととても
落ち着くのだ。
私は朝の活動量が多いタイプで、一通りのルーティンを午前中に終える。
夕方はエネルギー切れになることが多いから。
雑用は私にとって生きる意味の一つです。
雑用ひとつひとつをこなしていくことで自分自身を保っていられるんだとさえ思う。
そして毎日のルーティンを終わらせ、身なりを整えなおしたら、必ずすることがあるの。
自分の中ではここをひとつの区切りまたは一つ上のステージへの到達と考えていて、
私はここを「レモン・ジンジャー ステージ」と愛をこめて呼んでいる。
なんのことはない、レモン半個を絞り、はちみつとジンジャーパウダー加えて
(黒糖ショウガパウダーがある時はそれを使います)
なめらかになるまで混ぜ合わせ、炭酸水で割って氷を浮かべ、ただ飲むだけです。
秋から冬にかけては炭酸水の代わりにお湯を入れてホットで飲みます。
この飲み物が 慌ただしい雑用からのスイッチオフの役目を果たしてくれている。
レモンジンジャー飲みながら、Tverで見逃し配信観たり、これを機にだらだらと
やりたいことをし始める。
今日はレモンジンジャー片手にパソコンを開き、これを書き始めた次第です。
そういうわけで 柑橘系はレモンを中心に何かしら毎日取っています。
一昨日スーパーでまだ青いミカンとレモンを見つけて買いました。
青いミカン 青いレモン・・て言っても本当は緑でしょ。
青って・・多面的で奥深いなって思う。
~ブルーっていうのも他の色に比べて多いし。
ほらフェルメールブルーとか。
AIに一番好きな色は何色ですか? って聞くとブルーって答えたって言う記事を
読んだ。
私も時々好んでブルーの服を着ます。
推しの俳優利久君が出ているというだけで、ネトフリで「ダウンタイム」を観た。
とてもプラスティックな世界で ある意味とても現代的。
面白かったけど、正直どの人にも共感できなかった。
なんでこの人泣いてるんだろう?ってよくわからないところがたくさんあった。
SNSなどでは感激して涙があふれ出た・・みたいな感想も多かったので、私はちょっと
不感症気味なのかもしれない。
このシリーズを見終えて納得したことは、自分の見た目が脅かされるくらいなら生きて
いる意味がないから死にたい・・と思う人が存在するということだ。
命にかかわるケースなのに豊胸手術のシリコンを抜くことを拒否し、医者判断で
それを抜かれたことで本当に命を絶ってしまうという女性が出てくる。
正面切っては全く理解できないけど、ちょっとはす向かいから手探りで触れてみようと
することで、ちょっとはわかる気もする。
私自身はとても泥臭い人間で、ディズニーランドより山歩きの方が断然好きなタイプなの
ですが、このようなプラスティックな世界の美しさ・・シャープで無機質な美しさ、土に
還らないしぶとさ、徹底した虚像の追求などをネガティブに捉えるのではなく、ふと見上
げてしまうような瞬間があったのは事実。
現代に生きていて、SNSやAIやプラスティックな世界を真っ向から否定していては身が持た
ない・・という私の防御本能がそうさせたのかもしれない。
何においても極端な二極化はよくないんじゃないかと思うし。
推しのアイドルの人たちがコンサート中だったりすると、夕飯時に あ、今の時間たくさん
の人達を楽しませているのね・・とふと思ったりする。
私がコンサートに行くことは、いろんな意味で考えにくいけど、こんな風なアンタッチャブル
な関係性もロマンティックだなって思ったりもする。先のことはわかんないけどね。
夫が我が家の昔の家族写真をチャッピーに頼んでアニメ化してもらった。
愛犬ハルはそのまんま。子供たちはちょっとかわいくなっている。
私はというと本物に比べてメチャ可愛くなってる。目がでかい。
夫は・・うそーっていう位バリかっこよくなってる。
でも洋服とか背景は本当オリジナルに忠実で感心する。
面白いから何枚か貼り付けておこう。
これ、自分の家族をすごい客観的に見られる。
幸せだったんだなって思う。
思い出は 私の大切な宝物。
生まれてまだ3か月の子犬のお世話が今日から始まった。
私のセカンドジョブはペットシッターです。
オーナー様のお宅に一昨日やってきたばかりのポメックスのムギちゃん。
昨日打合せをして、そして今日から2週間ほどのお世話の予定です。
ご夫婦ともにお仕事をお持ちのオーナー様宅は、平日はおこちゃま達も保育園に行っているので、ムギちゃんひとりになってしまいます。
慣れるまで心配なので・・ということで、私が雇われました。
だから仕事と言ってもすることはムギちゃんと遊ぶこと。
ご飯の用意やトイレのシート替えなんてものの5分で終わってしまうから、あと残りの55分は
ひたすら遊んでました。
手のひらに乗っちゃうほど小さくて、じっとしてたらめちゃくちゃ可愛いぬいぐるみにしか
見えないムギちゃんは、この世に生まれてまだ3か月しか経っていない。
つい最近68歳になった私は、そのまぶしい程に輝かしい新しさと鮮やかさ・・つまり新鮮って
ことよね・・そのあまりの新鮮さに気が遠くなるような思いでした。
あんなちっちゃいのにエネルギーのかたまりで果てしなく動いている。
そして何でもかんでも興味を示して甘噛みをする。
この世に生を受けたばかりのムギちゃんは、この世界に足を踏み入れて探検を始めたばかり。
きっと見るものすべて触るものすべてが刺激で、あの小さな体は、好奇心に満ち満ちて
いるのね。
自分が古いから余計にそう思うのかもしれないけど、新しい とか 若い ってそれだけで
やはり素晴らしい。始まりや若さはあらゆる可能性を含んでいるものね。
人間も若い時代が開拓の時期だとしたら、終わりに近い私は今そぎ落としの時期に入っている
んだと思う。
自分にとって大切なものがだんだんわかりかけてきたら、自分軸をその辺りに確実にして、
その周りにへばりついているものを必要最低限にそぎ落として行く作業をしている感じ
かな。
最近しみじみ思うことは、自分自身がとても大切ってこと。
何が自分自身なのかよくはわかってないけど、とりあえず自分のご機嫌を伺いながら
ご機嫌取りつつ、温和に暮らしている。
自分の身体もとても大切にしている。
だから無理しない。
私、自分の体って借り物だと思っているのね。
大切にきれいに扱って、さよならする時まで仲良しでいたい。
欠点だらけの私だけど、欠点もコンプレックスもすべて愛していこうと思う。
すぐ疲れちゃうのよ。だから休み休みできることをやってます。
体力なくても今日は午前中にムギちゃんのお世話して午後からヨガのクラスも教えることが
できた。なんてありがたい。
ヨガの生徒さんに お庭になったイチジクをたくさんいただいたので、白ワインで煮て
コンポートにしました。そのまま食べても美味しかったけど、食パン生地に混ぜたら
すごく独特の風味がしてより美味しい。初めての味でした。
私にだってまだ「初めて」はいっぱいあります。
あ、そう言えば5日の土曜に、とうとうオープンマイクのピアノ弾き語りに「初めて」
挑戦しました。下手くそだったけど、最後まで歌い終えることができて満足です。
夫が自分が演奏するより緊張したって言ってカチンコチンに固まってた。
申し訳ない。
さっきね、無理しない って書いたと思うけど、無理はしないけど時々チャレンジは
しようと思ってる。
年取ると自分の心地よい領域から出ずに 波風立たないところにいようとしがちなのね。
そう、だからこのピアノ弾き語りは、前にも書いたと思うけど、コンフォートゾーンから
のステップアウトが目的だった。だから目的達成です。自分におめでとう!だ。
さて次は何しようかな。
推しがいるのは嬉しいね。楽しいね。
たくさんいるからたくさん嬉しくて楽しい。
若い時の恋愛って、今思い返すと一点に色濃く狭まる感じがあったけど、今の私は複数の
推しを追いかけながら世界が広がり続けてます。
ドラマの主題歌ってドラマ観ながら何度も何度も聞いているうちに特別なものになって行く
ことが多い。だから歌番組であらためて聴けるとなかなか感慨深い。
明日もムギちゃんのお世話です。
生をなんの疑いもなく完全肯定しているムギちゃんのエネルギーを浴びてきます。
私のセカンドジョブはペットシッターです。
オーナー様のお宅に一昨日やってきたばかりのポメックスのムギちゃん。
昨日打合せをして、そして今日から2週間ほどのお世話の予定です。
ご夫婦ともにお仕事をお持ちのオーナー様宅は、平日はおこちゃま達も保育園に行っているので、ムギちゃんひとりになってしまいます。
慣れるまで心配なので・・ということで、私が雇われました。
だから仕事と言ってもすることはムギちゃんと遊ぶこと。
ご飯の用意やトイレのシート替えなんてものの5分で終わってしまうから、あと残りの55分は
ひたすら遊んでました。
手のひらに乗っちゃうほど小さくて、じっとしてたらめちゃくちゃ可愛いぬいぐるみにしか
見えないムギちゃんは、この世に生まれてまだ3か月しか経っていない。
つい最近68歳になった私は、そのまぶしい程に輝かしい新しさと鮮やかさ・・つまり新鮮って
ことよね・・そのあまりの新鮮さに気が遠くなるような思いでした。
あんなちっちゃいのにエネルギーのかたまりで果てしなく動いている。
そして何でもかんでも興味を示して甘噛みをする。
この世に生を受けたばかりのムギちゃんは、この世界に足を踏み入れて探検を始めたばかり。
きっと見るものすべて触るものすべてが刺激で、あの小さな体は、好奇心に満ち満ちて
いるのね。
自分が古いから余計にそう思うのかもしれないけど、新しい とか 若い ってそれだけで
やはり素晴らしい。始まりや若さはあらゆる可能性を含んでいるものね。
人間も若い時代が開拓の時期だとしたら、終わりに近い私は今そぎ落としの時期に入っている
んだと思う。
自分にとって大切なものがだんだんわかりかけてきたら、自分軸をその辺りに確実にして、
その周りにへばりついているものを必要最低限にそぎ落として行く作業をしている感じ
かな。
最近しみじみ思うことは、自分自身がとても大切ってこと。
何が自分自身なのかよくはわかってないけど、とりあえず自分のご機嫌を伺いながら
ご機嫌取りつつ、温和に暮らしている。
自分の身体もとても大切にしている。
だから無理しない。
私、自分の体って借り物だと思っているのね。
大切にきれいに扱って、さよならする時まで仲良しでいたい。
欠点だらけの私だけど、欠点もコンプレックスもすべて愛していこうと思う。
すぐ疲れちゃうのよ。だから休み休みできることをやってます。
体力なくても今日は午前中にムギちゃんのお世話して午後からヨガのクラスも教えることが
できた。なんてありがたい。
ヨガの生徒さんに お庭になったイチジクをたくさんいただいたので、白ワインで煮て
コンポートにしました。そのまま食べても美味しかったけど、食パン生地に混ぜたら
すごく独特の風味がしてより美味しい。初めての味でした。
私にだってまだ「初めて」はいっぱいあります。
あ、そう言えば5日の土曜に、とうとうオープンマイクのピアノ弾き語りに「初めて」
挑戦しました。下手くそだったけど、最後まで歌い終えることができて満足です。
夫が自分が演奏するより緊張したって言ってカチンコチンに固まってた。
申し訳ない。
さっきね、無理しない って書いたと思うけど、無理はしないけど時々チャレンジは
しようと思ってる。
年取ると自分の心地よい領域から出ずに 波風立たないところにいようとしがちなのね。
そう、だからこのピアノ弾き語りは、前にも書いたと思うけど、コンフォートゾーンから
のステップアウトが目的だった。だから目的達成です。自分におめでとう!だ。
さて次は何しようかな。
推しがいるのは嬉しいね。楽しいね。
たくさんいるからたくさん嬉しくて楽しい。
若い時の恋愛って、今思い返すと一点に色濃く狭まる感じがあったけど、今の私は複数の
推しを追いかけながら世界が広がり続けてます。
ドラマの主題歌ってドラマ観ながら何度も何度も聞いているうちに特別なものになって行く
ことが多い。だから歌番組であらためて聴けるとなかなか感慨深い。
明日もムギちゃんのお世話です。
生をなんの疑いもなく完全肯定しているムギちゃんのエネルギーを浴びてきます。
ずっと観たかった濱口竜介監督の映画「急に具合が悪くなる」を昨日やっと観ることができた。
近場の劇場はもう上映期間が過ぎてしまっていたので、みなとみらいのKino Cinema
まで行って観てきた。
3時間16分という長編なので、楽しみな気持ちと共に、自分の集中力がちゃんと終わり
まで持つのだろうかとか、最近頻尿気味の私がぶっ通しで座っていられるのだろうか・・等、
懸念要素も存在していた。
でもよかった。全然問題なかったの。
最初から最後までずっとスクリーンに流れる世界に引き込まれていたし、水分摂取量もいつも
より抑えめにした甲斐あってか、途中座席を立つことはなかった。
観たあとにじんわりと感じたことは、
「残りの人生、あらゆる所に存在するであろう『境界線』を取っ払いながら、柔らかく自由に
生きたい」ってことです。
国境という境界線を始め、人間社会は本当に分断したりカテゴライズするのが好きだなって
思う。
レベル分けや格差による差別だったり・・きっと人間の本能なんでしょうね、優位に立ちたい
とか優越感を感じたいというのは。つまり備わった防衛本能の一つなんだと思う。
その究極の愚かな形が戦争だ。
この映画は、私自身が普段思っていたことをすくい取って浮き彫りにしてくれた。
優位を目指すだけでは何も生まれない。
自分のイメージとしてはね、画用紙の上に油性ペンで直線を容赦なく描くと、白の画用紙が
まっぷたつに分断されてしまうけど、例えば2色の水彩絵の具の交わり部分が浸透しあって、
にじみ出して、分かれ目があいまいになって、グラデーションの層を成して行くような・・
全てにおいてそんな関わり合い方がいいなって思えるのです。
だって正常と異常の境界線なんてとても難しいでしょう。
「自分は正常です」と自信をもって言える人と私はお友達になれないと思う。
この映画では 人と人が目を閉じて互いの肩にもたれかかり合ったり、芝生の上に寝ころん
だり、互いの足をマッサージしあったりする場面がある。
人と人との間にある境界線も、人と自然との境界線も、溶け合う感覚に意識を定めれば、
混ざり合っていくように思える。
その柔らかな世界にこそ 何かが生まれるって信じている。
娘や愛犬を失くしている私は、他の人よりも 生 と 死 の境界線が極端に薄い。
毎日死を意識して生きていると言っても過言ではない。
山田五郎さんと東野圭吾さんがお亡くなりになりました。
おふたりとも私と同い年です。
山田五郎さんは特に世田谷区で自分と同じ地域に住んでいらしたこともあったようで、隣の
小学校出身であってかつ私と同じ中学の友人たちは、山田五郎さんを唯一の有名人の同級生
と言ってました。
闘病されているんだなあ・・と知ってはいましたが、亡くなられて初めてこんなに寂しいと
思ってしまう方も珍しいです。
ついでに言うようで申し訳ありませんが、みうらじゅんさん、長生きしてください。
よろしくお願いします。
3時間の大作を観たのに、昨日帰ってから観始めてさっき見終えたドラマシリーズがある。
「西園寺さんは家事をしない」です。
このドラマの中でも「家族」という孤立した閉鎖社会にとらわれずに新しい形の家族を模索
する様子が描かれている。しかし ルカちゃん&ボーダーコリーのリキ 可愛かったな。
あ~、あと他に「急に具合が悪くなる」を観て感じたことは、人の付き合いって長さじゃない
なって。
もちろん長年の付き合いは、共に成長していく時間をシェアできる素晴らしい要素もあるけど、この映画の中でのマリーと真理の出会いから深く共感しあい理解し合う速度に驚嘆した。
そういうこともあるんだろうなって思う。
この年になってもそういう出会いがあるかもしれない ってことが、私にとってのほんの小さな
希望です。
推しの数が増えてるのよ。
どんどん好きになっちゃって、もう誰だとかほのめかすのも恥ずかしいから黙っておく。
興味を引かれるっていう状況は紛れもなく幸せなことだと思うから。
最近の傾向としては見た目はまぶしいほどに美しかったり色んな才能あったりするんだろう
けど、喋ってみるととてもフツーな感じの印象が好きだったりします。
今この時間、みんな何してるのかな?なんて考えて にんまりしたりしてます。
死と隣り合わせの私だけど、今の時代を、 時間を、一緒に生きて行ってください。
近場の劇場はもう上映期間が過ぎてしまっていたので、みなとみらいのKino Cinema
まで行って観てきた。
3時間16分という長編なので、楽しみな気持ちと共に、自分の集中力がちゃんと終わり
まで持つのだろうかとか、最近頻尿気味の私がぶっ通しで座っていられるのだろうか・・等、
懸念要素も存在していた。
でもよかった。全然問題なかったの。
最初から最後までずっとスクリーンに流れる世界に引き込まれていたし、水分摂取量もいつも
より抑えめにした甲斐あってか、途中座席を立つことはなかった。
観たあとにじんわりと感じたことは、
「残りの人生、あらゆる所に存在するであろう『境界線』を取っ払いながら、柔らかく自由に
生きたい」ってことです。
国境という境界線を始め、人間社会は本当に分断したりカテゴライズするのが好きだなって
思う。
レベル分けや格差による差別だったり・・きっと人間の本能なんでしょうね、優位に立ちたい
とか優越感を感じたいというのは。つまり備わった防衛本能の一つなんだと思う。
その究極の愚かな形が戦争だ。
この映画は、私自身が普段思っていたことをすくい取って浮き彫りにしてくれた。
優位を目指すだけでは何も生まれない。
自分のイメージとしてはね、画用紙の上に油性ペンで直線を容赦なく描くと、白の画用紙が
まっぷたつに分断されてしまうけど、例えば2色の水彩絵の具の交わり部分が浸透しあって、
にじみ出して、分かれ目があいまいになって、グラデーションの層を成して行くような・・
全てにおいてそんな関わり合い方がいいなって思えるのです。
だって正常と異常の境界線なんてとても難しいでしょう。
「自分は正常です」と自信をもって言える人と私はお友達になれないと思う。
この映画では 人と人が目を閉じて互いの肩にもたれかかり合ったり、芝生の上に寝ころん
だり、互いの足をマッサージしあったりする場面がある。
人と人との間にある境界線も、人と自然との境界線も、溶け合う感覚に意識を定めれば、
混ざり合っていくように思える。
その柔らかな世界にこそ 何かが生まれるって信じている。
娘や愛犬を失くしている私は、他の人よりも 生 と 死 の境界線が極端に薄い。
毎日死を意識して生きていると言っても過言ではない。
山田五郎さんと東野圭吾さんがお亡くなりになりました。
おふたりとも私と同い年です。
山田五郎さんは特に世田谷区で自分と同じ地域に住んでいらしたこともあったようで、隣の
小学校出身であってかつ私と同じ中学の友人たちは、山田五郎さんを唯一の有名人の同級生
と言ってました。
闘病されているんだなあ・・と知ってはいましたが、亡くなられて初めてこんなに寂しいと
思ってしまう方も珍しいです。
ついでに言うようで申し訳ありませんが、みうらじゅんさん、長生きしてください。
よろしくお願いします。
3時間の大作を観たのに、昨日帰ってから観始めてさっき見終えたドラマシリーズがある。
「西園寺さんは家事をしない」です。
このドラマの中でも「家族」という孤立した閉鎖社会にとらわれずに新しい形の家族を模索
する様子が描かれている。しかし ルカちゃん&ボーダーコリーのリキ 可愛かったな。
あ~、あと他に「急に具合が悪くなる」を観て感じたことは、人の付き合いって長さじゃない
なって。
もちろん長年の付き合いは、共に成長していく時間をシェアできる素晴らしい要素もあるけど、この映画の中でのマリーと真理の出会いから深く共感しあい理解し合う速度に驚嘆した。
そういうこともあるんだろうなって思う。
この年になってもそういう出会いがあるかもしれない ってことが、私にとってのほんの小さな
希望です。
推しの数が増えてるのよ。
どんどん好きになっちゃって、もう誰だとかほのめかすのも恥ずかしいから黙っておく。
興味を引かれるっていう状況は紛れもなく幸せなことだと思うから。
最近の傾向としては見た目はまぶしいほどに美しかったり色んな才能あったりするんだろう
けど、喋ってみるととてもフツーな感じの印象が好きだったりします。
今この時間、みんな何してるのかな?なんて考えて にんまりしたりしてます。
死と隣り合わせの私だけど、今の時代を、 時間を、一緒に生きて行ってください。
パン生地の一次発酵が終了し、耳たぶのような柔らかさ・・いや女性のおっぱい・・と言った
方がより近いかもしれない・・その生地を三等分して麺棒で縦長にのした後、それぞれをくるくる巻きにして 食パン型に律儀に並べて二次発酵に入ったところだ。
成型したての生地は、食パン型の高さの三分の一程なのだが、一時間もすれば発酵が進んで、型いっぱいいっぱいまで膨らんでくれる。
今こうして私がタイピングしている間も、発酵がじわりじわりと進み、空気を抱き込んでは、縮こまった腕をゆっくり空に向かって広げるかのような拡大と解放の課程を 耳の後ろあたりで感じている。
今日は同時進行で、水出しコーヒーも淹れている。
テーブルの上で琥珀色のコーヒーが雨だれのように ぽとんぽとん とリズミカルに落ちている。
水出しコーヒーは熱さで無理強いしないので、ただ水の重みとじわじわと進む浸透力という
優しいアプローチにより まったく雑味のないこの上なく香り高いコーヒーが抽出される。
私、夏場はこの水出しアイスコーヒーのために生きているの。
そろそろ落ち切ったようだから、ミッキー&ミニーのガラスピッチャーに移して冷蔵庫で
冷やします。水出しコーヒー、ちょっと面倒な印象でしょ?
明日の朝ごはんを楽しみたいという単純な理由で、少し面倒でも頑張れるんです。
そうだ、ちょうど一週間前の今日、しんちゃん きみちゃんのお宅にお呼ばれして
かなり分厚め時間を過ごしていたんだ。
これまでもしんちゃん宅に呼ばれるたびにここに記しているので、説明済みではあるけれど、
しんちゃんは大学時代の音楽サークルで私の一つ上の先輩、きみちゃんは彼のお嫁さんです。
どれくらい前になるのかなあ・・10年位かなあ・・しんちゃんはかなり深刻な脳出血で
倒れた後、ハードなリハビリをこなし、現在は車いすで元気に生活しています。
サークル仲間が遊びに行くのをいつもとても楽しみにしてくれていて、本当にたくさんの
仲間がしんちゃん宅にお邪魔しています。何よりも、それを笑顔で受け入れてくれるきみ
ちゃんが素晴らしいから実現可能なのです。
今回は私たち夫婦としんさん&たえ夫婦、Y氏とヒロさんの6名で遊びに行かせてもらった。
きみちゃんの負担を減らしたくて、鮭ずしと、みんなで巻いたり挟んだりしながら食べられる
タコスミートやワカモレ チーズ レタス千切り 好みでパクチー・・外側はピタパンとトルティーヤを作って持って行った。 あとデザートにレモンケーキ。
選んだメニューはなかなか良かったと思う。
みんなでワイワイおしゃべりと食事に盛り上がった。
おしゃべり、盛り上がったのだけどね、Y氏が私の隣で言った一言で完全に空気が変わった。
「俺らの一つ上の代は女性がみんなきれいで当たり年だったけど、俺らの代はハズレで
ほんとブスばっかだった・・・」
あまりにも突然だったので、私も彼が何を言っているのかわかるのに少し時間がかかったと
思う。場がシラーっと冷えていくのを感じた。
私はなんか言わなきゃと思って、
「あのさ・・もう70年近くもみんな生きてきて、いまだにそんなルッキズムに執着している人
がいるなんて、もう心底びっくりで逆に感動だわ・・」とボソッとつぶやくように言った。
そしたら夫が「それ完全なるお前の主観だろ!」とY氏に向けてかなり強い調子で言ったので、
まあまあまあと少しなだめて、
「でも思うんだけどね、もうこの年になって人は変わらないと思うの・・だから、そうなのか・・そうなんだ・・と思うしかないのかなと。だからヒロさん、流して・・」
と、Y氏と同期であるヒロさんに言ったら、ヒロさんが
「流せないよ・・」と苦みのある表情で言った。
「そうだよね、流せないよね・・」
私の中にフツフツと沸き上がるものがあった。
Y氏に向けての言いたい言葉も一緒にせりあがってきた。
でも一生懸命飲み込んだ。
「自分の人生がひとつの円だとしてね、人の見かけやステイタス、経済状態やブランドなど
外側にある円周のみにこだわって真ん中の神髄を見ないまま死ぬって、悲しいと思わないの?」
これ、言った方がよかったのかな?・・どうかわかんない。
その後もY氏は「俺は自分が正しいと思ってるから」と、何度も繰り返していた。
まるで自分を守るかのように。
そしてそのあと彼が独り言のように私の隣でブツブツと言っていたのは・・
「俺の周りの女は歯向かわない。嫁さんも歯向かわないのに・・」
これ、聞こえてしまったら黙っているわけにはいかず、
「え?何ブツブツ言ってんの? 周りの女性も奥さんも歯向かわないって?
それね、悪いけど半分あきらめてるよ。歯向かわれている内が花だよ・・」
ときついことを言ってしまった。
この感じは今に始まったことではなくて、Y氏はこういうことを言いがちで、正義感の強い
イコさんなどは「ほんとに嫌いです!」と本人目の前に何度も言っていて、Y氏も
「イコには俺完全嫌われているからなあ・・」とよく言っている。
私も今回のようなことを言うY氏は嫌いなんだけど、長年の付き合いで、面倒見がよかったり
フットワークが軽かったりマメだったりと、いいところも知っているので、付き合いは続いて
行くのだろうな。
来年知り合ってから50年にもなる私たちは、サークル仲間ひとりひとりのいいところも
悪いところもよくわかっているのです。
それを踏まえてお互い死ぬまで付き合っていくのだと思う。
しんちゃんときみちゃんが旅行したい って初めて口にしたので、50周年記念に実現
したいね って言っている。
娘が体動けなくなってから旅行に行きたいって言ったのをきっかけに、車いすの人でも
楽しめる温泉を探して行った経験が私たちにはある。
お風呂の天井からブランコみたいなのがぶら下がっていてね、それを電動で移動させたり上下も
動かせたりできる優れものなの。これならしんちゃんも温泉楽しめると思う。
ラジオを深堀りするバラエティー番組を観ていたら、見た目に極度のコンプレックスを持つ女の子の相談に中島みゆきさんが答えるラジオが流れた。
みゆきさんの言葉は、相談した女の子だけでなく、聞いている人全員、もちろん私のことも、
「あなたのまんまでいいんだよ・・」と優しく包み込み、肯定してくれる強さを持っていた。
そのまんまでいい って言ってもらえるの、肯定してもらえるのって、ゆりかごから墓場まで、
どのステージの人間にとっても、自分らしさを大切にするきっかけを与えてくれる魔法の
ような言葉だと思う。
ルッキズムについてはこれからよく考えてみたい。
そしてY氏の「歯向かわない女性」についても考察を深めたい。
牛丸亮監督の映画「クオリア」には、夫の不倫相手が家の中で一緒に暮らすようになっても、
なんの文句も言わずニコニコしている女性が出てくる。
彼女の存在があるからこそ すごく印象的な映画だった。
養鶏所が舞台のこの映画。
何匹ものにわとりが空を飛ぶ場面がある。
にわとりって空飛ぶんだ。
書いているうちにパンも焼けました。
朝ごはんの準備万全です。
方がより近いかもしれない・・その生地を三等分して麺棒で縦長にのした後、それぞれをくるくる巻きにして 食パン型に律儀に並べて二次発酵に入ったところだ。
成型したての生地は、食パン型の高さの三分の一程なのだが、一時間もすれば発酵が進んで、型いっぱいいっぱいまで膨らんでくれる。
今こうして私がタイピングしている間も、発酵がじわりじわりと進み、空気を抱き込んでは、縮こまった腕をゆっくり空に向かって広げるかのような拡大と解放の課程を 耳の後ろあたりで感じている。
今日は同時進行で、水出しコーヒーも淹れている。
テーブルの上で琥珀色のコーヒーが雨だれのように ぽとんぽとん とリズミカルに落ちている。
水出しコーヒーは熱さで無理強いしないので、ただ水の重みとじわじわと進む浸透力という
優しいアプローチにより まったく雑味のないこの上なく香り高いコーヒーが抽出される。
私、夏場はこの水出しアイスコーヒーのために生きているの。
そろそろ落ち切ったようだから、ミッキー&ミニーのガラスピッチャーに移して冷蔵庫で
冷やします。水出しコーヒー、ちょっと面倒な印象でしょ?
明日の朝ごはんを楽しみたいという単純な理由で、少し面倒でも頑張れるんです。
そうだ、ちょうど一週間前の今日、しんちゃん きみちゃんのお宅にお呼ばれして
かなり分厚め時間を過ごしていたんだ。
これまでもしんちゃん宅に呼ばれるたびにここに記しているので、説明済みではあるけれど、
しんちゃんは大学時代の音楽サークルで私の一つ上の先輩、きみちゃんは彼のお嫁さんです。
どれくらい前になるのかなあ・・10年位かなあ・・しんちゃんはかなり深刻な脳出血で
倒れた後、ハードなリハビリをこなし、現在は車いすで元気に生活しています。
サークル仲間が遊びに行くのをいつもとても楽しみにしてくれていて、本当にたくさんの
仲間がしんちゃん宅にお邪魔しています。何よりも、それを笑顔で受け入れてくれるきみ
ちゃんが素晴らしいから実現可能なのです。
今回は私たち夫婦としんさん&たえ夫婦、Y氏とヒロさんの6名で遊びに行かせてもらった。
きみちゃんの負担を減らしたくて、鮭ずしと、みんなで巻いたり挟んだりしながら食べられる
タコスミートやワカモレ チーズ レタス千切り 好みでパクチー・・外側はピタパンとトルティーヤを作って持って行った。 あとデザートにレモンケーキ。
選んだメニューはなかなか良かったと思う。
みんなでワイワイおしゃべりと食事に盛り上がった。
おしゃべり、盛り上がったのだけどね、Y氏が私の隣で言った一言で完全に空気が変わった。
「俺らの一つ上の代は女性がみんなきれいで当たり年だったけど、俺らの代はハズレで
ほんとブスばっかだった・・・」
あまりにも突然だったので、私も彼が何を言っているのかわかるのに少し時間がかかったと
思う。場がシラーっと冷えていくのを感じた。
私はなんか言わなきゃと思って、
「あのさ・・もう70年近くもみんな生きてきて、いまだにそんなルッキズムに執着している人
がいるなんて、もう心底びっくりで逆に感動だわ・・」とボソッとつぶやくように言った。
そしたら夫が「それ完全なるお前の主観だろ!」とY氏に向けてかなり強い調子で言ったので、
まあまあまあと少しなだめて、
「でも思うんだけどね、もうこの年になって人は変わらないと思うの・・だから、そうなのか・・そうなんだ・・と思うしかないのかなと。だからヒロさん、流して・・」
と、Y氏と同期であるヒロさんに言ったら、ヒロさんが
「流せないよ・・」と苦みのある表情で言った。
「そうだよね、流せないよね・・」
私の中にフツフツと沸き上がるものがあった。
Y氏に向けての言いたい言葉も一緒にせりあがってきた。
でも一生懸命飲み込んだ。
「自分の人生がひとつの円だとしてね、人の見かけやステイタス、経済状態やブランドなど
外側にある円周のみにこだわって真ん中の神髄を見ないまま死ぬって、悲しいと思わないの?」
これ、言った方がよかったのかな?・・どうかわかんない。
その後もY氏は「俺は自分が正しいと思ってるから」と、何度も繰り返していた。
まるで自分を守るかのように。
そしてそのあと彼が独り言のように私の隣でブツブツと言っていたのは・・
「俺の周りの女は歯向かわない。嫁さんも歯向かわないのに・・」
これ、聞こえてしまったら黙っているわけにはいかず、
「え?何ブツブツ言ってんの? 周りの女性も奥さんも歯向かわないって?
それね、悪いけど半分あきらめてるよ。歯向かわれている内が花だよ・・」
ときついことを言ってしまった。
この感じは今に始まったことではなくて、Y氏はこういうことを言いがちで、正義感の強い
イコさんなどは「ほんとに嫌いです!」と本人目の前に何度も言っていて、Y氏も
「イコには俺完全嫌われているからなあ・・」とよく言っている。
私も今回のようなことを言うY氏は嫌いなんだけど、長年の付き合いで、面倒見がよかったり
フットワークが軽かったりマメだったりと、いいところも知っているので、付き合いは続いて
行くのだろうな。
来年知り合ってから50年にもなる私たちは、サークル仲間ひとりひとりのいいところも
悪いところもよくわかっているのです。
それを踏まえてお互い死ぬまで付き合っていくのだと思う。
しんちゃんときみちゃんが旅行したい って初めて口にしたので、50周年記念に実現
したいね って言っている。
娘が体動けなくなってから旅行に行きたいって言ったのをきっかけに、車いすの人でも
楽しめる温泉を探して行った経験が私たちにはある。
お風呂の天井からブランコみたいなのがぶら下がっていてね、それを電動で移動させたり上下も
動かせたりできる優れものなの。これならしんちゃんも温泉楽しめると思う。
ラジオを深堀りするバラエティー番組を観ていたら、見た目に極度のコンプレックスを持つ女の子の相談に中島みゆきさんが答えるラジオが流れた。
みゆきさんの言葉は、相談した女の子だけでなく、聞いている人全員、もちろん私のことも、
「あなたのまんまでいいんだよ・・」と優しく包み込み、肯定してくれる強さを持っていた。
そのまんまでいい って言ってもらえるの、肯定してもらえるのって、ゆりかごから墓場まで、
どのステージの人間にとっても、自分らしさを大切にするきっかけを与えてくれる魔法の
ような言葉だと思う。
ルッキズムについてはこれからよく考えてみたい。
そしてY氏の「歯向かわない女性」についても考察を深めたい。
牛丸亮監督の映画「クオリア」には、夫の不倫相手が家の中で一緒に暮らすようになっても、
なんの文句も言わずニコニコしている女性が出てくる。
彼女の存在があるからこそ すごく印象的な映画だった。
養鶏所が舞台のこの映画。
何匹ものにわとりが空を飛ぶ場面がある。
にわとりって空飛ぶんだ。
書いているうちにパンも焼けました。
朝ごはんの準備万全です。