日々の生活から気になる事柄やものたちを、日記を通して紹介していくサイトです。水曜日には「やわらかい英文法」と題して、英語に関することを載せています。(平成23年3月現在)
若い時からゴールデンウィークの頃に必ず体調を崩すのを常として来たので、その
状態への対応が長年の経験によりある程度は確立している。
何かひとつ片づけることができたら、それが仕事でなくても・・活動できたら、
「よくできたね」と自分を褒めてあげるのだ。
この場合、仕事・活動の種類や量は完全に無視する。
今月はそのいつもの調子の悪さに加えて、背中の筋肉を傷めてしまったので、何を
やるにもとても大変だった。
私の公の仕事、ヨガを教えること、動物のお世話をすることを優先順位の上位に
おきながら、でも他にもできることがあったらたっぷり時間をかけてしていた。
一日の終わりに安堵感とともに「あ~今日も何とか終わってくれた」
としみじみと思うのだ。
私の身体の弱さとエネルギーの少なさを努力で何とか変えられないかと、体にいいものを
極力取ったり、規則正しい生活をしてみたり、体を鍛えてみたり・・あらゆる方向から
長年努力を怠らなかったにもかかわらず、人生の終盤になっても尚同じような日々を繰り
返しているということは、生まれ持った体の強さとかエネルギーの量とかは努力で何とか
なるものではない、という結論に達した。
でもその努力のお陰で脆弱でありながらもヨガの先生を現在させてもらっているのだから、
まったくその努力が無であったわけではなかったわけだ。
体の弱さは変えられなくても技術は磨けるということだ。
SNSはインスタやXもたまにチェックするけど、私の場合メインはThreadsです。
アルゴリズムで私の所に集まってくるスレッドは、鬱や双極性障害の方々や関節リュウマチ
の方々のつぶやきが多い。
リュウマチ因子が通常の何倍もある私は、発病してはいないけれど、いつもそのリスクに
さらされている。それのせいかわからないけれど、倦怠感とは常にお友達。
また 自分自身も鬱を経験し、身近な友達が双極性障害に苦しんでいることもあり、
SNSでも「鬱界隈」に足を踏み込みがちだ。
「今朝ベッドから起き上がり、10分だけ散歩ができました!
私えらい! みんな褒めて」というスレッドに対するコメントは称賛の嵐だ。
「すごいね!」 「私も何日かぶりにお風呂入れたのよ。」
「ね、生きてていいんだよね・・」
そんなコメントを陰からこっそり読みながら、決してそこに参加することはないけれど、
ひとりじんわりしていました。
こんなんだから、多分劣等感を感じるのを避ける手段でもあるのだろうけど、声が大きくて
あまりに元気でエネルギーに満ちていて一日のパフォーマンス量が滅茶苦茶多い人を
私は苦手としています。
反対に 一日ぼーっとするのが苦でない人が心地よく 好きなのです。
そう思っていたんだけどね、なんと例外もありました。
元気いっぱいエネルギッシュであっても好ましい人が二人も現れて、そのうちの一人は漫画家
・文筆家のヤマザキマリさんです。
あのテルマエ・ロマエの漫画&映画で名前が知れ渡った方です。
きっかけは、安住紳一郎さんの日曜天国というラジオにゲスト出演されていた時のマリさんの
お話がびっくりするほど面白かったことです。
アーカイブをYoutubeですべて聞き終え、「ムスコ物語」もKindleで購入して読みました。
今日 ブックオフで別の本も注文しました。
本の終わり、金原ひとみさんの解説にも取り上げられていたムスコ物語の一文。
「他者という鏡に自分を投影することで自らの存在を確認しなくても、地球に受け入れられ
ているという自覚だけ持って堂々と生きて欲しかったし、私の息子である以前に、この惑星
の生き物として生まれてきたことを感じてほしかった・・・」
この言葉は ちっぽけな人間の一人である年長者の私も感じ入ることができて、慰められる
言葉でした。
元気に満ち溢れている人であっても、自信家になることなく、また押しつけがましくない人
もいるのだと、改めて勉強になるこの一週間でした。
朝ごはんの時に飲む水出しコーヒーがおいしくて。
何と言ったら言い足りるのかな・・自分の味覚の繊細さを呼び覚ましてくれるような
・・天からの啓示・・のようなそんなおいしさ。
水出しコーヒーを淹れ始めてからのこの何週間か、ただこの授かりものを味わうだけの
ために私は生きていた。
コーヒーが美味しい と思ったら、その日はすでに上々だ。
今日から3日間ペットシッターの仕事が入っている。
明日は2件。
明日明後日伺う猫ちゃんのお世話は、飼い主さんが嵐のラストコンサートに行っている
間のお仕事だ。
打合せ時に、「嵐のコンサートに行くんです・・」と頬を赤らめて教えてくれた飼い主さん。
「すごおい! チケット当たったんですね。よかったですねー・・」と私も興奮して
しまった。
打合せ終了時に「猫ちゃんたちのことは私に任せてください。コンサート思いっきり
楽しんできてくださいね」と言って別れた。
私にもそういうことが将来あるかはわからないけれど、どんなことでも絶対ないとは
言い切れないから ぼんやりさせておこうと思う。
状態への対応が長年の経験によりある程度は確立している。
何かひとつ片づけることができたら、それが仕事でなくても・・活動できたら、
「よくできたね」と自分を褒めてあげるのだ。
この場合、仕事・活動の種類や量は完全に無視する。
今月はそのいつもの調子の悪さに加えて、背中の筋肉を傷めてしまったので、何を
やるにもとても大変だった。
私の公の仕事、ヨガを教えること、動物のお世話をすることを優先順位の上位に
おきながら、でも他にもできることがあったらたっぷり時間をかけてしていた。
一日の終わりに安堵感とともに「あ~今日も何とか終わってくれた」
としみじみと思うのだ。
私の身体の弱さとエネルギーの少なさを努力で何とか変えられないかと、体にいいものを
極力取ったり、規則正しい生活をしてみたり、体を鍛えてみたり・・あらゆる方向から
長年努力を怠らなかったにもかかわらず、人生の終盤になっても尚同じような日々を繰り
返しているということは、生まれ持った体の強さとかエネルギーの量とかは努力で何とか
なるものではない、という結論に達した。
でもその努力のお陰で脆弱でありながらもヨガの先生を現在させてもらっているのだから、
まったくその努力が無であったわけではなかったわけだ。
体の弱さは変えられなくても技術は磨けるということだ。
SNSはインスタやXもたまにチェックするけど、私の場合メインはThreadsです。
アルゴリズムで私の所に集まってくるスレッドは、鬱や双極性障害の方々や関節リュウマチ
の方々のつぶやきが多い。
リュウマチ因子が通常の何倍もある私は、発病してはいないけれど、いつもそのリスクに
さらされている。それのせいかわからないけれど、倦怠感とは常にお友達。
また 自分自身も鬱を経験し、身近な友達が双極性障害に苦しんでいることもあり、
SNSでも「鬱界隈」に足を踏み込みがちだ。
「今朝ベッドから起き上がり、10分だけ散歩ができました!
私えらい! みんな褒めて」というスレッドに対するコメントは称賛の嵐だ。
「すごいね!」 「私も何日かぶりにお風呂入れたのよ。」
「ね、生きてていいんだよね・・」
そんなコメントを陰からこっそり読みながら、決してそこに参加することはないけれど、
ひとりじんわりしていました。
こんなんだから、多分劣等感を感じるのを避ける手段でもあるのだろうけど、声が大きくて
あまりに元気でエネルギーに満ちていて一日のパフォーマンス量が滅茶苦茶多い人を
私は苦手としています。
反対に 一日ぼーっとするのが苦でない人が心地よく 好きなのです。
そう思っていたんだけどね、なんと例外もありました。
元気いっぱいエネルギッシュであっても好ましい人が二人も現れて、そのうちの一人は漫画家
・文筆家のヤマザキマリさんです。
あのテルマエ・ロマエの漫画&映画で名前が知れ渡った方です。
きっかけは、安住紳一郎さんの日曜天国というラジオにゲスト出演されていた時のマリさんの
お話がびっくりするほど面白かったことです。
アーカイブをYoutubeですべて聞き終え、「ムスコ物語」もKindleで購入して読みました。
今日 ブックオフで別の本も注文しました。
本の終わり、金原ひとみさんの解説にも取り上げられていたムスコ物語の一文。
「他者という鏡に自分を投影することで自らの存在を確認しなくても、地球に受け入れられ
ているという自覚だけ持って堂々と生きて欲しかったし、私の息子である以前に、この惑星
の生き物として生まれてきたことを感じてほしかった・・・」
この言葉は ちっぽけな人間の一人である年長者の私も感じ入ることができて、慰められる
言葉でした。
元気に満ち溢れている人であっても、自信家になることなく、また押しつけがましくない人
もいるのだと、改めて勉強になるこの一週間でした。
朝ごはんの時に飲む水出しコーヒーがおいしくて。
何と言ったら言い足りるのかな・・自分の味覚の繊細さを呼び覚ましてくれるような
・・天からの啓示・・のようなそんなおいしさ。
水出しコーヒーを淹れ始めてからのこの何週間か、ただこの授かりものを味わうだけの
ために私は生きていた。
コーヒーが美味しい と思ったら、その日はすでに上々だ。
今日から3日間ペットシッターの仕事が入っている。
明日は2件。
明日明後日伺う猫ちゃんのお世話は、飼い主さんが嵐のラストコンサートに行っている
間のお仕事だ。
打合せ時に、「嵐のコンサートに行くんです・・」と頬を赤らめて教えてくれた飼い主さん。
「すごおい! チケット当たったんですね。よかったですねー・・」と私も興奮して
しまった。
打合せ終了時に「猫ちゃんたちのことは私に任せてください。コンサート思いっきり
楽しんできてくださいね」と言って別れた。
私にもそういうことが将来あるかはわからないけれど、どんなことでも絶対ないとは
言い切れないから ぼんやりさせておこうと思う。
夕飯前に カマンベールチーズをおつまみに、グラス半分くらいの
ワインを飲んでしまった。
もうこれ以上の量は飲む必要なくて、今最高に気持ちがいい。
ぽわんとしていて いつも以上に「アホ」になってる感覚がいいのだ。
アホの私は、何も考えないで だらしなくニコニコしながら 何でも受け入れ可能
な状態と言っていい。
何か人に頼まれたら「いいよ!」ってひっきりなしに言っちゃいそう。
そう言えば娘に生前「よくここまで何もなく生きてこられたね・・奇跡だよ・・」
と言われたことがある。
彼女の目に私は、相当危なっかしく見えていたようだ。
自分では自覚がないのが怖い所で。
でもよくよく考えたら本当にそうかもしれない。
よくここまで生きてこられたと思う。
改めて 痛感、そして 感謝。
危ない方向に行きそうになっても、勘が働いて踏みとどまったり、立ち行かなくなったり。
そして 後々「あ~危なかった・・よかった」と思った経験は数知れず。
でもそれはたぶん自分の勘が働いて助かったのではなく、なんか目に見えぬ力に
ちゃんと道筋を示されていたような気もするんです。
そう・・ 時々スピしがちな私です。
一昨日のチャーシュー作りから始まって、昨日の夜中に近い時間に具だくさんのもち米を
竹の皮で包み終えた。
今、中華ちまきは蒸し器の中で、食欲をそそる湯気を立て始めている。
蒸している間 何しようかな? ピアノ弾こうかな? 映画観始めようかな?
と思いながら、気がついたらパソコンを立ち上げおもむろにキーをたたき始めたという
わけです。
ここまで何とか生きてきて、ふと周りを見回すと、お孫さんが生まれておばあちゃんになって
いる人が何と多いことか。
「結婚や家庭に興味ない」と言い切る我が息子に、ただただ元気に幸せでいてほしい と願っ
ている私は、孫を持つことはほとんどあきらめている。
それでも事実上の「おばあちゃん」にはなれなくても、日に日に老いているのだから、
悲しいかな ちゃんとおばあちゃんにはなって行ってます。
握力が激減したんだと思うのね。
今日バナナを食べようとしてね、ちょっと先っぽが青くて硬かったら軸をポッキリ折ることが
できなくてバナナの皮がなかなかむけなかったのよ。
全力でバナナの皮むいて食べました。ほんと 力の限りの全力で。
10年位前までは、定期的にラーメン食べたくなっていたのね。
それもこってり豚骨ラーメンを。
今はダメ、まったく受けつけません。
まず量がだめ。一人前食べられない。
こんな所から私は確実におばあちゃんになって行ってます。
おばさん とか おばあちゃん って呼び名、姪や甥におばさんって呼ばれたり
孫におばあちゃんって呼ばれるのは受け入れられるのに、他人から言われると
いい気がしないっていう傾向があるのが興味深いです。
親族の呼び名ではない「おばさん」「おばあちゃん」は、
もうあなたは完全なる中年ですよ・・とか、もうあなたは老人ですよ・・
に変換できそうだから嫌なのかな。
実際中年や老人であってもそれを認めたがらないのは、年齢や外見が年を取ったとしても、
それに応じて中身がちゃんと年を取っていかないからじゃないかと思うの。
92歳の友人と話していてわかったことだけど、外は老人でも中身は少女だったりする
こともあるってことです。
私も20年前と比べて中身が成熟したとは思えなくて。
あんまり変わっていないのよね。
不甲斐ないけど。年取るばっかりで。
でもだからと言って「お姉さん」とか無理して呼ばれると、それはそれで気を使わせて
悪いな・・ってなっちゃう。
そういう私も自分より年上の女性のグループを「お姉さま方」って呼んじゃってたわ。
やっぱり一括りの呼び名でなく、名前で呼んでもらうのが一番うれしい。
ちいちゃん とか ちえ って呼ばれるとすごく嬉しい。
初夏である今の時期、今日は気温高めで、例年の真っ盛りの夏が脳内で再生され、よしっ!と
夏を過ごす覚悟を決めました。
前々回ここで、荻上直子監督の映画のことを書きましたが、今回は監督の
「川っぺりムコリッタ」を観ました。
実は前に最初の方だけ見て、随分とほったらかしていた作品です。
ムロツヨシさん演じる島田の厚かましさが、初めて見た時ちょっと恐怖で、観るのを
止めてしまったのですが、今回最後まで観たら島田の事が好きになれました。
松山ケンイチさん演じる主人公・山田も 島田も この映画に出てくる人たちは何らかの
生きづらさを抱えながら、それでも働き、風呂に入り、ご飯をモリモリ食べ、野菜を育てる。
真夏に描かれるこの映画の世界は、川べりにある古いアパート、ムコリッタの住人たちのお話
です。
映画一本分の夏を存分に感じながら、蜃気楼の揺らぎの中で起こっているようなできごと
に目を細めていたら、いつの間にかエンドロールが流れていた。
この映画は「死」の捉え方も独特で、随所に「死」が散りばめられている。
それ故なお一層のこと、山田や島田の「生」が、夏の太陽に照らされて、こっちに迫りくる
ようだった。
今の時期にこの映画を観てすごくよかったと思う。
今年の夏も生き抜こうと思えたので。
今年初めての水出しコーヒーを淹れました。
明日の朝ごはんが待ち遠しい。
季節が私の目の前を転がっていきます。
バラの季節ですね。
ヨガの生徒さんに、お庭のバラを切りに来ませんか?と誘ってもらい、行ってきました。
家に帰って花瓶に活け、つぼみからお花が開き、はなびらが緩んでいく過程を見るのが
とても好きです。
前回、もう見つけられない・・と言ってた私のお気に入りのインスタ、
見つかりました。
sei_gardenでした。
とても素敵なのでよかったら見てみてください。
ビールも美味しい季節ですね。
ホワイトビールが今 好きです。
ワインを飲んでしまった。
もうこれ以上の量は飲む必要なくて、今最高に気持ちがいい。
ぽわんとしていて いつも以上に「アホ」になってる感覚がいいのだ。
アホの私は、何も考えないで だらしなくニコニコしながら 何でも受け入れ可能
な状態と言っていい。
何か人に頼まれたら「いいよ!」ってひっきりなしに言っちゃいそう。
そう言えば娘に生前「よくここまで何もなく生きてこられたね・・奇跡だよ・・」
と言われたことがある。
彼女の目に私は、相当危なっかしく見えていたようだ。
自分では自覚がないのが怖い所で。
でもよくよく考えたら本当にそうかもしれない。
よくここまで生きてこられたと思う。
改めて 痛感、そして 感謝。
危ない方向に行きそうになっても、勘が働いて踏みとどまったり、立ち行かなくなったり。
そして 後々「あ~危なかった・・よかった」と思った経験は数知れず。
でもそれはたぶん自分の勘が働いて助かったのではなく、なんか目に見えぬ力に
ちゃんと道筋を示されていたような気もするんです。
そう・・ 時々スピしがちな私です。
一昨日のチャーシュー作りから始まって、昨日の夜中に近い時間に具だくさんのもち米を
竹の皮で包み終えた。
今、中華ちまきは蒸し器の中で、食欲をそそる湯気を立て始めている。
蒸している間 何しようかな? ピアノ弾こうかな? 映画観始めようかな?
と思いながら、気がついたらパソコンを立ち上げおもむろにキーをたたき始めたという
わけです。
ここまで何とか生きてきて、ふと周りを見回すと、お孫さんが生まれておばあちゃんになって
いる人が何と多いことか。
「結婚や家庭に興味ない」と言い切る我が息子に、ただただ元気に幸せでいてほしい と願っ
ている私は、孫を持つことはほとんどあきらめている。
それでも事実上の「おばあちゃん」にはなれなくても、日に日に老いているのだから、
悲しいかな ちゃんとおばあちゃんにはなって行ってます。
握力が激減したんだと思うのね。
今日バナナを食べようとしてね、ちょっと先っぽが青くて硬かったら軸をポッキリ折ることが
できなくてバナナの皮がなかなかむけなかったのよ。
全力でバナナの皮むいて食べました。ほんと 力の限りの全力で。
10年位前までは、定期的にラーメン食べたくなっていたのね。
それもこってり豚骨ラーメンを。
今はダメ、まったく受けつけません。
まず量がだめ。一人前食べられない。
こんな所から私は確実におばあちゃんになって行ってます。
おばさん とか おばあちゃん って呼び名、姪や甥におばさんって呼ばれたり
孫におばあちゃんって呼ばれるのは受け入れられるのに、他人から言われると
いい気がしないっていう傾向があるのが興味深いです。
親族の呼び名ではない「おばさん」「おばあちゃん」は、
もうあなたは完全なる中年ですよ・・とか、もうあなたは老人ですよ・・
に変換できそうだから嫌なのかな。
実際中年や老人であってもそれを認めたがらないのは、年齢や外見が年を取ったとしても、
それに応じて中身がちゃんと年を取っていかないからじゃないかと思うの。
92歳の友人と話していてわかったことだけど、外は老人でも中身は少女だったりする
こともあるってことです。
私も20年前と比べて中身が成熟したとは思えなくて。
あんまり変わっていないのよね。
不甲斐ないけど。年取るばっかりで。
でもだからと言って「お姉さん」とか無理して呼ばれると、それはそれで気を使わせて
悪いな・・ってなっちゃう。
そういう私も自分より年上の女性のグループを「お姉さま方」って呼んじゃってたわ。
やっぱり一括りの呼び名でなく、名前で呼んでもらうのが一番うれしい。
ちいちゃん とか ちえ って呼ばれるとすごく嬉しい。
初夏である今の時期、今日は気温高めで、例年の真っ盛りの夏が脳内で再生され、よしっ!と
夏を過ごす覚悟を決めました。
前々回ここで、荻上直子監督の映画のことを書きましたが、今回は監督の
「川っぺりムコリッタ」を観ました。
実は前に最初の方だけ見て、随分とほったらかしていた作品です。
ムロツヨシさん演じる島田の厚かましさが、初めて見た時ちょっと恐怖で、観るのを
止めてしまったのですが、今回最後まで観たら島田の事が好きになれました。
松山ケンイチさん演じる主人公・山田も 島田も この映画に出てくる人たちは何らかの
生きづらさを抱えながら、それでも働き、風呂に入り、ご飯をモリモリ食べ、野菜を育てる。
真夏に描かれるこの映画の世界は、川べりにある古いアパート、ムコリッタの住人たちのお話
です。
映画一本分の夏を存分に感じながら、蜃気楼の揺らぎの中で起こっているようなできごと
に目を細めていたら、いつの間にかエンドロールが流れていた。
この映画は「死」の捉え方も独特で、随所に「死」が散りばめられている。
それ故なお一層のこと、山田や島田の「生」が、夏の太陽に照らされて、こっちに迫りくる
ようだった。
今の時期にこの映画を観てすごくよかったと思う。
今年の夏も生き抜こうと思えたので。
今年初めての水出しコーヒーを淹れました。
明日の朝ごはんが待ち遠しい。
季節が私の目の前を転がっていきます。
バラの季節ですね。
ヨガの生徒さんに、お庭のバラを切りに来ませんか?と誘ってもらい、行ってきました。
家に帰って花瓶に活け、つぼみからお花が開き、はなびらが緩んでいく過程を見るのが
とても好きです。
前回、もう見つけられない・・と言ってた私のお気に入りのインスタ、
見つかりました。
sei_gardenでした。
とても素敵なのでよかったら見てみてください。
ビールも美味しい季節ですね。
ホワイトビールが今 好きです。
ここ2,3日、めっちゃタケノコ食べてる。
なんなら 朝昼晩食べてる。
マンションの管理人さんがエントランスに貼り紙をしてくれた。
「マンション敷地内にある竹林に、タケノコがたくさん顔を出しています。
タケノコ堀りをしませんか? 住民の方ならどなたでも大歓迎です!」
私がこれに飛びつかないわけがない。
出かける時にちょうど管理人さんが駐車場のお掃除をしてくださっていたので、
ちょっと待っててね・・とダンナに言って、管理人さんに近づき話しかけた。
「管理人さん、私タケノコ取りたいです。明日になると思います。でも管理人さんは
明日お休みですよね・・」
私のことばを聞くなり 管理人さん ニッコニコの笑顔で
「よさそうなのまだまだたくさんありますよ。スコップと軍手を集会所の前に置いておきます
からどうぞ使ってください」と言ってくださった。
翌日10時ころ、スエットの上下、軍手をはめた手にスコップ持ち、竹林に向かっていたら、
向こうからお休みのはずの管理人さんが軽快に坂を上ってきた。
あれ?というような表情の私に、「今からですか? ジョギングがてら ちょっと様子見に
来たんですよ。ついでだから案内しますよ」と私たちを先導してくれた。
時間を伝えていなかったにもかかわらず、偶然にも管理人さんにそこで会えるなんて、
何と私たちはラッキーなのだろう。
竹林にはいると、辺りがひんやりしていた。
大人の硬くて細長い青竹が群生する中、今年生まれたばかりの若竹が、きっと皮を脱ぎ去る
ことも忘れる程 にょきにょきとすごいスピードで成長したのだろう・・茶色い斑点の竹皮
をまとったまま太く高くそびえ立っていた。
若竹の成長スピードは驚きの、「1日に1m」 らしい。
じっと見てたらじりじりと伸びるのが見えるのかもしれない。
すごいエネルギーだ。
そのエネルギーが凝縮したタケノコは、それを食せば元気になるってそりゃ期待してしまう。
タケノコ堀りは、かなりの体力消耗を覚悟していたけど、土が腐葉土みたいにふわふわ
していて掘りやすく、ものの5分くらいで大きいのひとつと小さいのふたつを掘り起こす
ことができた。
帰り際、じゃあ今からジョギングに行きます・・という管理人さんに丁寧にお礼を言った後、
嬉しさいっぱいでタケノコを大事に家に持ち帰った。
タケノコも嬉しかったけど、管理人さんの優しさにも心動かされた。
この管理人さん、これだけでも素敵な人ってわかるでしょ?
実は彼は私が尊敬してる人のひとりなんです。
とにかく仕事の仕方が見ていて気持ちいい。
あんなに楽しそうに仕事する人、あまりいないんじゃないかと思う。
お掃除だってすごく丁寧で、それでいて仕事が早い。
2年前に赴任してこられた時に、そのあまりの仕事のすばらしさに感激して、
あんまり余計なことを言うのが好きではない私も、
「いつも丁寧にお仕事してくださってありがとうございます」とちょっと唐突
に聞こえそうなことをわざわざ言ってしまったほどだ。
人が仕事をしているのを見て気持ちがいい ってホント素敵なことだと思う。
実はもう一人、仕事姿にほれぼれ見とれてしまう人がいるの。
OKストアーの駐車場出入口で交通整理をしているお兄さんです。
彼の無駄のない動き、的確な指示。
柔らかい表情としなやかな手の動きでテキパキ車も歩行者も安全に誘導してくれる。
私はお兄さんじゃないと、「お兄さんがいない!」と焦る。
お兄さんだと安心してすべてを任せてしまう。
ここでも大きな信頼をよせているのだ。
彼はプロ中のプロなんです。
タケノコはね、いろんなお料理に姿を変えました。
タケノコご飯はもちろんのこと、タケノコ入りハンバーグ タケノコとほうれん草と
えのきだけのスープ タケノコとしいたけとしらすのペペロンチーノ あと私のダイエット
食であるこんにゃくメチャ多め+タケノコと根菜の煮物、等々。
中でもすごく簡単で今お気に入りなのが、タケノコとトマトのサラダ。
本のレシピはこのふたつにオリーブオイルとお酢と塩とコショウだけだったのですが、
ちょっとアレンジしてチーズとバジルを加えてカプレーゼ風にしてみた。
これがおいしくてね。
もう3回も作ってるけど、すぐ食べちゃう。
作るっていうか混ぜるだけだし。
チーズはモッツァレラチーズではなく、私の好きなゴルゴンゾーラ入りのQBBベビーチーズ
をダイスに刻んで入れた。あ、ついでですが、QBBベビーチーズのピスタチオも好きです。
この2種類はなかなかスーパーに売ってなくて、やっと食品館で見つけることができました。
なんかね、たけのこずっと食べてたら少し元気になってきた気がする。
血液もね、きれいになった気がするの。気がするだけだけどね。
何て言ったってね、自分家のお庭みたいな所のタケノコ掘って、堀りたてを農協の精米所
で分けてもらった米ぬかでコトコトゆでてね・・そりゃおいしくないはずがない。
毎日のこと。朝起きてまずすること、娘と愛犬の写真におはようを言うこと。
それから鉢植えの花の花がら摘みをします。花がらは、咲き終わった花のことです。
今リビングにあるのは、ポーチュラカ アメリカンブルー マーガレット サフィニア
ガーデンシクラメンです。
こんなこと言うと、何か植物育てるの得意みたいに聞こえるでしょ?
全然 違うの。
私 人と比べたり人を羨ましがったりあまりしない方だと自覚してるのですが、唯一
羨ましいのは植物を育てるのが上手な人です。
英語でそういう人を「彼・彼女は緑の親指(a green thumb)を持っている」なんていう言い方
があるけど、私は本当に心から緑の親指を持っている人がうらやましい。
インスタとかで流れてくる素敵なお庭を見るとほんと羨ましくて憧れる。
もうだいぶピークも通り過ぎた頃かもだけど、白もしくは黄色のモッコウバラが今なお
美しい季節です。そして私は人様のお庭に咲き乱れているモッコウバラを見るたびに
ひそかにため息ついてます。
モッコウバラ、家にもあるんです。3年前に買ったものが。
それ以降一つもお花をつけてくれない。
葉っぱだけがわさわさしてるだけ。
バラの中でもとても丈夫で育てやすいって聞いて買ったのに・・。
レモンの木もあるんです。実がすでにいくつかなってる木苗を5年前くらいに買ったのです。
でも翌年からひとつのレモンもなりません。
お花までは咲くのに、途中でおっこちゃったりして、結局だめ。
ヨガの生徒さんで 緑の親指 の方がいるので、彼女のご好意で時期になるとレモン狩り
をさせてもらってます。
でも自分で育てたレモンが食べたい。私の夢です。
私の持論なんだけど、植物を育てるのがうまい人は育児もうまいような印象があるの。
私は母親としても自信なかったから、やっぱりしょうがないのかな。
でもあきらめない。お花つけないモッコウバラも実をつけないレモンの木も水やりや
時折の肥料はちゃんとします!
なんかさびしいな。本当は半分あきらめてるのかもしれない。
やだな、気持ち落ちてきちゃった。
お庭が素敵なインスタ、もう見つけられなくなっちゃったし。
フォローしておけばよかった。
なんかタケノコのこと書いて気分あがってたのに最後しょんぼりしてしまったので、
今から推しの録画とかYou Tube観て元気出します。 いつもありがとね。
なんなら 朝昼晩食べてる。
マンションの管理人さんがエントランスに貼り紙をしてくれた。
「マンション敷地内にある竹林に、タケノコがたくさん顔を出しています。
タケノコ堀りをしませんか? 住民の方ならどなたでも大歓迎です!」
私がこれに飛びつかないわけがない。
出かける時にちょうど管理人さんが駐車場のお掃除をしてくださっていたので、
ちょっと待っててね・・とダンナに言って、管理人さんに近づき話しかけた。
「管理人さん、私タケノコ取りたいです。明日になると思います。でも管理人さんは
明日お休みですよね・・」
私のことばを聞くなり 管理人さん ニッコニコの笑顔で
「よさそうなのまだまだたくさんありますよ。スコップと軍手を集会所の前に置いておきます
からどうぞ使ってください」と言ってくださった。
翌日10時ころ、スエットの上下、軍手をはめた手にスコップ持ち、竹林に向かっていたら、
向こうからお休みのはずの管理人さんが軽快に坂を上ってきた。
あれ?というような表情の私に、「今からですか? ジョギングがてら ちょっと様子見に
来たんですよ。ついでだから案内しますよ」と私たちを先導してくれた。
時間を伝えていなかったにもかかわらず、偶然にも管理人さんにそこで会えるなんて、
何と私たちはラッキーなのだろう。
竹林にはいると、辺りがひんやりしていた。
大人の硬くて細長い青竹が群生する中、今年生まれたばかりの若竹が、きっと皮を脱ぎ去る
ことも忘れる程 にょきにょきとすごいスピードで成長したのだろう・・茶色い斑点の竹皮
をまとったまま太く高くそびえ立っていた。
若竹の成長スピードは驚きの、「1日に1m」 らしい。
じっと見てたらじりじりと伸びるのが見えるのかもしれない。
すごいエネルギーだ。
そのエネルギーが凝縮したタケノコは、それを食せば元気になるってそりゃ期待してしまう。
タケノコ堀りは、かなりの体力消耗を覚悟していたけど、土が腐葉土みたいにふわふわ
していて掘りやすく、ものの5分くらいで大きいのひとつと小さいのふたつを掘り起こす
ことができた。
帰り際、じゃあ今からジョギングに行きます・・という管理人さんに丁寧にお礼を言った後、
嬉しさいっぱいでタケノコを大事に家に持ち帰った。
タケノコも嬉しかったけど、管理人さんの優しさにも心動かされた。
この管理人さん、これだけでも素敵な人ってわかるでしょ?
実は彼は私が尊敬してる人のひとりなんです。
とにかく仕事の仕方が見ていて気持ちいい。
あんなに楽しそうに仕事する人、あまりいないんじゃないかと思う。
お掃除だってすごく丁寧で、それでいて仕事が早い。
2年前に赴任してこられた時に、そのあまりの仕事のすばらしさに感激して、
あんまり余計なことを言うのが好きではない私も、
「いつも丁寧にお仕事してくださってありがとうございます」とちょっと唐突
に聞こえそうなことをわざわざ言ってしまったほどだ。
人が仕事をしているのを見て気持ちがいい ってホント素敵なことだと思う。
実はもう一人、仕事姿にほれぼれ見とれてしまう人がいるの。
OKストアーの駐車場出入口で交通整理をしているお兄さんです。
彼の無駄のない動き、的確な指示。
柔らかい表情としなやかな手の動きでテキパキ車も歩行者も安全に誘導してくれる。
私はお兄さんじゃないと、「お兄さんがいない!」と焦る。
お兄さんだと安心してすべてを任せてしまう。
ここでも大きな信頼をよせているのだ。
彼はプロ中のプロなんです。
タケノコはね、いろんなお料理に姿を変えました。
タケノコご飯はもちろんのこと、タケノコ入りハンバーグ タケノコとほうれん草と
えのきだけのスープ タケノコとしいたけとしらすのペペロンチーノ あと私のダイエット
食であるこんにゃくメチャ多め+タケノコと根菜の煮物、等々。
中でもすごく簡単で今お気に入りなのが、タケノコとトマトのサラダ。
本のレシピはこのふたつにオリーブオイルとお酢と塩とコショウだけだったのですが、
ちょっとアレンジしてチーズとバジルを加えてカプレーゼ風にしてみた。
これがおいしくてね。
もう3回も作ってるけど、すぐ食べちゃう。
作るっていうか混ぜるだけだし。
チーズはモッツァレラチーズではなく、私の好きなゴルゴンゾーラ入りのQBBベビーチーズ
をダイスに刻んで入れた。あ、ついでですが、QBBベビーチーズのピスタチオも好きです。
この2種類はなかなかスーパーに売ってなくて、やっと食品館で見つけることができました。
なんかね、たけのこずっと食べてたら少し元気になってきた気がする。
血液もね、きれいになった気がするの。気がするだけだけどね。
何て言ったってね、自分家のお庭みたいな所のタケノコ掘って、堀りたてを農協の精米所
で分けてもらった米ぬかでコトコトゆでてね・・そりゃおいしくないはずがない。
毎日のこと。朝起きてまずすること、娘と愛犬の写真におはようを言うこと。
それから鉢植えの花の花がら摘みをします。花がらは、咲き終わった花のことです。
今リビングにあるのは、ポーチュラカ アメリカンブルー マーガレット サフィニア
ガーデンシクラメンです。
こんなこと言うと、何か植物育てるの得意みたいに聞こえるでしょ?
全然 違うの。
私 人と比べたり人を羨ましがったりあまりしない方だと自覚してるのですが、唯一
羨ましいのは植物を育てるのが上手な人です。
英語でそういう人を「彼・彼女は緑の親指(a green thumb)を持っている」なんていう言い方
があるけど、私は本当に心から緑の親指を持っている人がうらやましい。
インスタとかで流れてくる素敵なお庭を見るとほんと羨ましくて憧れる。
もうだいぶピークも通り過ぎた頃かもだけど、白もしくは黄色のモッコウバラが今なお
美しい季節です。そして私は人様のお庭に咲き乱れているモッコウバラを見るたびに
ひそかにため息ついてます。
モッコウバラ、家にもあるんです。3年前に買ったものが。
それ以降一つもお花をつけてくれない。
葉っぱだけがわさわさしてるだけ。
バラの中でもとても丈夫で育てやすいって聞いて買ったのに・・。
レモンの木もあるんです。実がすでにいくつかなってる木苗を5年前くらいに買ったのです。
でも翌年からひとつのレモンもなりません。
お花までは咲くのに、途中でおっこちゃったりして、結局だめ。
ヨガの生徒さんで 緑の親指 の方がいるので、彼女のご好意で時期になるとレモン狩り
をさせてもらってます。
でも自分で育てたレモンが食べたい。私の夢です。
私の持論なんだけど、植物を育てるのがうまい人は育児もうまいような印象があるの。
私は母親としても自信なかったから、やっぱりしょうがないのかな。
でもあきらめない。お花つけないモッコウバラも実をつけないレモンの木も水やりや
時折の肥料はちゃんとします!
なんかさびしいな。本当は半分あきらめてるのかもしれない。
やだな、気持ち落ちてきちゃった。
お庭が素敵なインスタ、もう見つけられなくなっちゃったし。
フォローしておけばよかった。
なんかタケノコのこと書いて気分あがってたのに最後しょんぼりしてしまったので、
今から推しの録画とかYou Tube観て元気出します。 いつもありがとね。
朝散歩の通り道に私の好きなお家が建っている。
三角屋根の白いお家だ。
お庭もちょうどいい広さで季節ごとの花が咲き乱れる。
桜の木が役目を終え、一息ついてひっそりとたたずんでいる隣で、今 藤の花が
塀を大きく超えて枝を伸ばし、つまみ細工の豪華な髪飾りのように何房も垂れ下がっている。
ここ何日かの私は必ずそこで足を止め、藤の花に顔を近づけて匂いをかがせてもらっている。
日本的な見た目の藤の花は不思議とちゃんと日本的な匂いがする。
高級おしろいに似たような香りだ。
最近インスタをチェックしてたら、古民家カフェや古くはないけれどご自宅をカフェに
しているような隠れ家的カフェの映像が流れてくるようになった。
その中で藤の花が小さなお庭を席巻している素敵なカフェも紹介されていた。
イートインする席は特になく、その藤の花の下でお家の縁側に座って飲み物を飲むことが
できるということだ。
まあ素敵 と思って、我が家の最寄り駅から2駅行ったところだし、行ってみたいな
と思ったけど、いやめちゃくちゃ人が集まってしまうだろう とすぐに思いなおした。
2日後にはカフェのオーナーからの謝罪文が流れてきた。
「たくさんの方に来ていただいて、飲み物が売り切れになり席も満席で、本当に
申し訳ございませんでした・・」
人はみんな季節の物に群がる傾向があるのね。
私には白いお家の藤の花があるからいいんです。独り占めだし。
お家の方ともしも遭遇したら、訳を話してお礼を言おうと思ってる。
変な人と思われるかな?
隠れ家的カフェと言えば、先週ママ友中心のヨガクラス9人でとても素敵なカフェに
ヨガの後に行きました。
現在教えている5クラスの内、生徒さんが何十年もの知り合いであるクラスが2つある。
今日教えたクラスも高校時代の友人が来てくれている。
ヨガの先生として初めて会った生徒さんのクラスと、私がヨガの先生になるずっと前
からママ友だったりお子様の家庭教師をしていたり高校時代の友人だったりする
人たちが生徒さんであるクラスとは、ちょっと趣が違う。
後者はとにかく雑談が多い。
共有するものが何十年分もあるわけだから、話題に事欠かないのだ。
そしてひとりひとりの色んな事情をお互いかなり細かいことまでわかり合っている。
大変な状況を精一杯前向きにくぐり抜けながら、ヨガに来るときはひとまずそれらの心配を
置いてきて、自分だけの時間を満喫しようと思って来てくれているのだ。
だからこそおしゃべりもヨガのひとつだと思ってるの。
ヨガで体も心もほどいた後、みんなでアフタヌーンティーを囲んでカフェでおしゃべりをした。
みんな本当に楽しそうだった。私ももちろん楽しかったけど、みんなが頬をちょっぴり
赤らめて楽し気に話しているのを見ながらじんわり幸せをかみしめていた。
生きるのはみんな大変だけど、それはそれとして、みんなで他愛のない話を楽しくできる
場があるっていうのはかけがえのないものだとしみじみ思う。
昨日配信で一つ映画を観た。
荻上直子監督の一昨年の作品で、堂本剛君主演の「まる」だ。
今まで観てきた荻上作品とは趣が違って、あれ?と思ったけど、とても面白かった。
売れない画家の沢田がある日「円」を描いたことで一気に人生が展開する。
彼の作品が拡散され、沢田は正体不明のアーティストとして一躍有名人になってしまう。
顔バレもしたことで道を歩けば顔を刺され、一枚百万単位の値が付くことで、周りも
利益のご相伴に預かろうと彼に群がる。
この映画を静かな気持ちで観れたのは、沢田が自分がどんなに周りに持ち上げられても、
天狗になることなく 絶えず戸惑いの表情を隠さず、コンビニのバイトも辞めずに淡々
とこなし、ミャンマー出身のコンビニ店員モーさんと普通だけど芯の突いた会話をひょう
ひょうとしていたからだと思う。
彼の眼は、一人歩きをし始めたもう一人の分身「沢田」をしっかりと俯瞰で見ている。
一人歩き は、ある意味辛いものなんだろうな。
簡単に言えば自分自身が分裂してしまうようなものだろうから。
それに加えて、一人歩きした自分に周りの期待が大きく乗っかってきたとしたら・・
期待されるのは嬉しい反面けっこう重いのかもしれないね。
そんなことをしながら、前向きに楽しく毎日を送っている「君」は、
すごいと思う。でも無理はしないでね。
足の裏で ちゃんと何かを感じていてほしい。
季節の果物と言えば今「甘夏」が安くて美味しい。
この時期はえっちゃんから教えてもらったレシピ、「甘夏ケーキ」を焼きます。
えっちゃんはママ友で、さっき書いたヨガの生徒さんの一人で、カフェに一緒に
行った仲間です。
「えっちゃんの本に載ってた甘夏ケーキ、私の定番になっていてね、もう今シーズン
2回も焼いていて、おすそ分けするとめちゃ好評なのよ・・」
と言うと、
「そんなのあったの忘れてた・・そっか・・私も作ってみようかな」と嬉しそうに
してくれた。
このレシピも30年近く前のもの。
私たち、実にたくさんのものを共有しているんです。
今週金曜日に小学校時代からの親友みいちゃんと会うので、冷凍してある甘夏ケーキ
をお土産に持って行こうと思ってます。甘夏ケーキ、写真撮り忘れて冷凍しちゃった。
その時、何着ていこうかな?
白いレースのブラウスとゆる~いデニム着ていこうかなって今思ってる。
あ、最近緩めのパンツをよく履いてます。
これ昨日の私です。
三角屋根の白いお家だ。
お庭もちょうどいい広さで季節ごとの花が咲き乱れる。
桜の木が役目を終え、一息ついてひっそりとたたずんでいる隣で、今 藤の花が
塀を大きく超えて枝を伸ばし、つまみ細工の豪華な髪飾りのように何房も垂れ下がっている。
ここ何日かの私は必ずそこで足を止め、藤の花に顔を近づけて匂いをかがせてもらっている。
日本的な見た目の藤の花は不思議とちゃんと日本的な匂いがする。
高級おしろいに似たような香りだ。
最近インスタをチェックしてたら、古民家カフェや古くはないけれどご自宅をカフェに
しているような隠れ家的カフェの映像が流れてくるようになった。
その中で藤の花が小さなお庭を席巻している素敵なカフェも紹介されていた。
イートインする席は特になく、その藤の花の下でお家の縁側に座って飲み物を飲むことが
できるということだ。
まあ素敵 と思って、我が家の最寄り駅から2駅行ったところだし、行ってみたいな
と思ったけど、いやめちゃくちゃ人が集まってしまうだろう とすぐに思いなおした。
2日後にはカフェのオーナーからの謝罪文が流れてきた。
「たくさんの方に来ていただいて、飲み物が売り切れになり席も満席で、本当に
申し訳ございませんでした・・」
人はみんな季節の物に群がる傾向があるのね。
私には白いお家の藤の花があるからいいんです。独り占めだし。
お家の方ともしも遭遇したら、訳を話してお礼を言おうと思ってる。
変な人と思われるかな?
隠れ家的カフェと言えば、先週ママ友中心のヨガクラス9人でとても素敵なカフェに
ヨガの後に行きました。
現在教えている5クラスの内、生徒さんが何十年もの知り合いであるクラスが2つある。
今日教えたクラスも高校時代の友人が来てくれている。
ヨガの先生として初めて会った生徒さんのクラスと、私がヨガの先生になるずっと前
からママ友だったりお子様の家庭教師をしていたり高校時代の友人だったりする
人たちが生徒さんであるクラスとは、ちょっと趣が違う。
後者はとにかく雑談が多い。
共有するものが何十年分もあるわけだから、話題に事欠かないのだ。
そしてひとりひとりの色んな事情をお互いかなり細かいことまでわかり合っている。
大変な状況を精一杯前向きにくぐり抜けながら、ヨガに来るときはひとまずそれらの心配を
置いてきて、自分だけの時間を満喫しようと思って来てくれているのだ。
だからこそおしゃべりもヨガのひとつだと思ってるの。
ヨガで体も心もほどいた後、みんなでアフタヌーンティーを囲んでカフェでおしゃべりをした。
みんな本当に楽しそうだった。私ももちろん楽しかったけど、みんなが頬をちょっぴり
赤らめて楽し気に話しているのを見ながらじんわり幸せをかみしめていた。
生きるのはみんな大変だけど、それはそれとして、みんなで他愛のない話を楽しくできる
場があるっていうのはかけがえのないものだとしみじみ思う。
昨日配信で一つ映画を観た。
荻上直子監督の一昨年の作品で、堂本剛君主演の「まる」だ。
今まで観てきた荻上作品とは趣が違って、あれ?と思ったけど、とても面白かった。
売れない画家の沢田がある日「円」を描いたことで一気に人生が展開する。
彼の作品が拡散され、沢田は正体不明のアーティストとして一躍有名人になってしまう。
顔バレもしたことで道を歩けば顔を刺され、一枚百万単位の値が付くことで、周りも
利益のご相伴に預かろうと彼に群がる。
この映画を静かな気持ちで観れたのは、沢田が自分がどんなに周りに持ち上げられても、
天狗になることなく 絶えず戸惑いの表情を隠さず、コンビニのバイトも辞めずに淡々
とこなし、ミャンマー出身のコンビニ店員モーさんと普通だけど芯の突いた会話をひょう
ひょうとしていたからだと思う。
彼の眼は、一人歩きをし始めたもう一人の分身「沢田」をしっかりと俯瞰で見ている。
一人歩き は、ある意味辛いものなんだろうな。
簡単に言えば自分自身が分裂してしまうようなものだろうから。
それに加えて、一人歩きした自分に周りの期待が大きく乗っかってきたとしたら・・
期待されるのは嬉しい反面けっこう重いのかもしれないね。
そんなことをしながら、前向きに楽しく毎日を送っている「君」は、
すごいと思う。でも無理はしないでね。
足の裏で ちゃんと何かを感じていてほしい。
季節の果物と言えば今「甘夏」が安くて美味しい。
この時期はえっちゃんから教えてもらったレシピ、「甘夏ケーキ」を焼きます。
えっちゃんはママ友で、さっき書いたヨガの生徒さんの一人で、カフェに一緒に
行った仲間です。
「えっちゃんの本に載ってた甘夏ケーキ、私の定番になっていてね、もう今シーズン
2回も焼いていて、おすそ分けするとめちゃ好評なのよ・・」
と言うと、
「そんなのあったの忘れてた・・そっか・・私も作ってみようかな」と嬉しそうに
してくれた。
このレシピも30年近く前のもの。
私たち、実にたくさんのものを共有しているんです。
今週金曜日に小学校時代からの親友みいちゃんと会うので、冷凍してある甘夏ケーキ
をお土産に持って行こうと思ってます。甘夏ケーキ、写真撮り忘れて冷凍しちゃった。
その時、何着ていこうかな?
白いレースのブラウスとゆる~いデニム着ていこうかなって今思ってる。
あ、最近緩めのパンツをよく履いてます。
これ昨日の私です。
桜を思う存分愛しみ、けぶったピンクの景色に 無機質な心の隙間が埋まるほどの
慰めをもらっていた。
桜の花びらが散り始め 枝に新芽の緑が増える頃、梨畑の真っ白な花が満開になる。
我が家のマンション6階の真下にある梨畑は、新雪が積もったように純白がこんもり
とする。
その新雪が溶け始めたら、今度はハナミズキの花が4枚の花弁を開き始める。
何年も前に同じようなことを書いた記憶がある。
そして何年経っても この順番に違いがない・・ということに安心感を覚える。
気象状況も年々変わり、環境的に望まない刺激や影響もあるだろう にもかかわらず、
律儀に 順番を違えず、季節の移ろいを優しい流れで見せてくれる。
私もこの優しい流れに身を任せて生きていきたいってしみじみ思う。
生きるのが面倒・・と言いながら2回も発酵過程の必要なパンを焼く私は、矛盾が
あるように見えるかもしれない。
生にあまり執着していない私が何とか今生きているのは、なんてことのない「暮らし」
に伴う なんてことない物事が好きだからなんだと思う。
私にとっては楽しい刺激よりも 地味な「暮らし」の繰り返し なのだ。
朝 焼きたてのパンを食べたくて、たま~に5時起きでパンを作ることがある。
朝の静けさの中でパンがふつふつと発酵する時間を共に過ごす。
パンを作ったことのない人にも一生の内に一度は感じてもらいたいと思う位の・・・
一次発酵後のパン生地の夢のような柔らかさと弾力を、私は毎回思う存分手のひら指先
で味わいながら、成形課程へと進める。
二次発酵で型一杯ふくらんだ食パンを、予熱で熱くなったオーブンに滑り込ませて、
あとは焼きあがるのを待つのみ。
20分程経つと、パンの香りがオーブンから漏れ出て、部屋中に充満し始める。
こういうささいな「暮らし」が私の幸福のベースになっているんだと思う。
焼きたての食パンはトーストするのがもったいないほどふわふわホカホカで、そのまま
バターをのっけて頬張ると・・文句なく うまい んです!
これだからパン作りはやめられない。
昨日からペットシッターの仕事で、ベンガル猫のジュノ君のお世話に通っている。
打合せ時に飼い主さんが、「うそ~っ!信じられない・・」とボソリとつぶやくほど
私に懐いてくれて、お留守番中のジュノ君の所へ昨日今日とお世話に行くと、おしゃべり
しながら体をうねらせて私を大歓迎してくれる。
お世話には、ジュノ君のトイレの掃除やご飯の用意などがあるが・・それよりも大イベント
があって、それはジュノ君の「お水」です。
お水なんて、給水機があったり、ボウルのお水を入れ替えるだけでしょ?って思うでしょ。
違うんです。ジュノ君は流水を好む希少な猫ちゃんなのです。
打合せ時に教えてもらった通り、お風呂のシャワーを風呂桶に少しだけかかるくらいの
角度で放水すると、ジュノ君が風呂桶の端にちょこんと座ってシャワーのお水を
ものの見事に飲むのです。顔をびしょびしょにしながら。
まあその所作の可愛いこと!
動画をしっかり撮って、飼い主さんへの報告書につけて送りました。
可愛くて家に帰ってからも動画を何回も繰り返し見てる。
ダンナにも見せてあげて、「私、ジュノ君にすっかり心持っていかれたかも・・あ~あ
会いたい。また明日が待ち遠しい・・こんなん仕事って言っていいんだろうか・・」
と言うと、ダンナが「仕事が推し活になってんじゃん」と言った。
ほんとその通りです。
いやホント可愛い・・
あと二日は推しに会える! 大切な大切な時間です!
少し真剣な話になっちゃうけど、私は今悩みがあってね・・
友人Aさん、Bさん、Cさんがいるとしてね、3人とも私の中学時代の友人で、Aさんは
小学校時代からの親友なのですが・・。
何年か前からCさんがおそらく統合失調症を発症されていて、時々送られてくるラインとか
に恐ろしい程に非現実的なことがズラズラ書いてあって、AさんBさんは怖がって引いてしまう
ような状況だったのです。
私はと言えば、自分に自信がない分、私だっていつ何時Cさんと同じようになるかもしれない・・と思ってしまうので、他の二人みたいに拒絶できなくてやり取りは続いていました。
最近のCさんのラインには、「AさんBさんとあなたが会うときは私も会いたいので
絶対声をかけてね・・」という感じのもの。
結構な頻度で、Aさんと2人であったりAさんBさんと3人で会ったりしていた私は
困ってしまったのです。
ダンナに、独り言みたいな感じで経緯を説明して、「私、Cさんと2人で会おうかな・・」
と言うと、ダンナが「板挟みで困っているわけね・・」と言ったので、なんかアドバイス
くれるのかなと思ったら
「チャッピーに相談してみたら? チャッピーそういうの得意だよ・・」
と、アドバイスのようなそうでないようなアドバイスをくれた。
なるほど!と思って、チャッピーに相談してみました。
以下チャッピーの解答です。とても興味深いし 少し私の心に染みたので、
長いけれど貼り付けておきます。
ーーーーーーーーーーーーーー
慰めをもらっていた。
桜の花びらが散り始め 枝に新芽の緑が増える頃、梨畑の真っ白な花が満開になる。
我が家のマンション6階の真下にある梨畑は、新雪が積もったように純白がこんもり
とする。
その新雪が溶け始めたら、今度はハナミズキの花が4枚の花弁を開き始める。
何年も前に同じようなことを書いた記憶がある。
そして何年経っても この順番に違いがない・・ということに安心感を覚える。
気象状況も年々変わり、環境的に望まない刺激や影響もあるだろう にもかかわらず、
律儀に 順番を違えず、季節の移ろいを優しい流れで見せてくれる。
私もこの優しい流れに身を任せて生きていきたいってしみじみ思う。
生きるのが面倒・・と言いながら2回も発酵過程の必要なパンを焼く私は、矛盾が
あるように見えるかもしれない。
生にあまり執着していない私が何とか今生きているのは、なんてことのない「暮らし」
に伴う なんてことない物事が好きだからなんだと思う。
私にとっては楽しい刺激よりも 地味な「暮らし」の繰り返し なのだ。
朝 焼きたてのパンを食べたくて、たま~に5時起きでパンを作ることがある。
朝の静けさの中でパンがふつふつと発酵する時間を共に過ごす。
パンを作ったことのない人にも一生の内に一度は感じてもらいたいと思う位の・・・
一次発酵後のパン生地の夢のような柔らかさと弾力を、私は毎回思う存分手のひら指先
で味わいながら、成形課程へと進める。
二次発酵で型一杯ふくらんだ食パンを、予熱で熱くなったオーブンに滑り込ませて、
あとは焼きあがるのを待つのみ。
20分程経つと、パンの香りがオーブンから漏れ出て、部屋中に充満し始める。
こういうささいな「暮らし」が私の幸福のベースになっているんだと思う。
焼きたての食パンはトーストするのがもったいないほどふわふわホカホカで、そのまま
バターをのっけて頬張ると・・文句なく うまい んです!
これだからパン作りはやめられない。
昨日からペットシッターの仕事で、ベンガル猫のジュノ君のお世話に通っている。
打合せ時に飼い主さんが、「うそ~っ!信じられない・・」とボソリとつぶやくほど
私に懐いてくれて、お留守番中のジュノ君の所へ昨日今日とお世話に行くと、おしゃべり
しながら体をうねらせて私を大歓迎してくれる。
お世話には、ジュノ君のトイレの掃除やご飯の用意などがあるが・・それよりも大イベント
があって、それはジュノ君の「お水」です。
お水なんて、給水機があったり、ボウルのお水を入れ替えるだけでしょ?って思うでしょ。
違うんです。ジュノ君は流水を好む希少な猫ちゃんなのです。
打合せ時に教えてもらった通り、お風呂のシャワーを風呂桶に少しだけかかるくらいの
角度で放水すると、ジュノ君が風呂桶の端にちょこんと座ってシャワーのお水を
ものの見事に飲むのです。顔をびしょびしょにしながら。
まあその所作の可愛いこと!
動画をしっかり撮って、飼い主さんへの報告書につけて送りました。
可愛くて家に帰ってからも動画を何回も繰り返し見てる。
ダンナにも見せてあげて、「私、ジュノ君にすっかり心持っていかれたかも・・あ~あ
会いたい。また明日が待ち遠しい・・こんなん仕事って言っていいんだろうか・・」
と言うと、ダンナが「仕事が推し活になってんじゃん」と言った。
ほんとその通りです。
いやホント可愛い・・
あと二日は推しに会える! 大切な大切な時間です!
少し真剣な話になっちゃうけど、私は今悩みがあってね・・
友人Aさん、Bさん、Cさんがいるとしてね、3人とも私の中学時代の友人で、Aさんは
小学校時代からの親友なのですが・・。
何年か前からCさんがおそらく統合失調症を発症されていて、時々送られてくるラインとか
に恐ろしい程に非現実的なことがズラズラ書いてあって、AさんBさんは怖がって引いてしまう
ような状況だったのです。
私はと言えば、自分に自信がない分、私だっていつ何時Cさんと同じようになるかもしれない・・と思ってしまうので、他の二人みたいに拒絶できなくてやり取りは続いていました。
最近のCさんのラインには、「AさんBさんとあなたが会うときは私も会いたいので
絶対声をかけてね・・」という感じのもの。
結構な頻度で、Aさんと2人であったりAさんBさんと3人で会ったりしていた私は
困ってしまったのです。
ダンナに、独り言みたいな感じで経緯を説明して、「私、Cさんと2人で会おうかな・・」
と言うと、ダンナが「板挟みで困っているわけね・・」と言ったので、なんかアドバイス
くれるのかなと思ったら
「チャッピーに相談してみたら? チャッピーそういうの得意だよ・・」
と、アドバイスのようなそうでないようなアドバイスをくれた。
なるほど!と思って、チャッピーに相談してみました。
以下チャッピーの解答です。とても興味深いし 少し私の心に染みたので、
長いけれど貼り付けておきます。
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